STAY WITH ME 4 
--- 嬉シ恥ズカシVD物語 1 --- 























 製菓会社の思惑に乗るのはしゃくなんだけど。
 大体僕、オトコなんですけど。
 でもなまじっか料理自慢で知られちゃってるし。
 卵やバター泡立てるのとかって、男の方が向いてるんですよね。あれ、体力勝負。
 僕はキッチンの前に腕を組んで立っていた。悩んでいた。…近付くあの日の為に。
 どうしよう。
 キッチン共同じゃないですか。
 いや、サプライズパーティーじゃないから見つかったって構わないんですよね。
 …でも贈るなら贈るで、ビックリさせたい気持ちもあるでしょう?

「大体…オーヴンがないのが痛いですよね」
 トリュフや生チョコやチョコレートプディングも良いけれど、チョコレートのシフォンケーキやザッハトルテ、ガトーショコラも魅力的だ。焼き菓子が最初っから選択範囲にないというのはちょっと残念な気がする。
 ああ、でもアマンドショコラやアーモンドドラジェも上品で食べやすくて良いのかも。洋酒たっぷりのチョコレートトリュフを箱一杯に詰めたりしたら、喜ばれそうな気もするし。…チョコとクリームチーズのムース、なんていうのも美味しそうだなあ……。

「あ?なんか言ったか?八戒」
 三蔵が歯を磨きながらバスルームの扉を開けた。広がるミントの香り。シャワーを浴びたての髪からは、まだ滴が垂れている。試験も終わったし、なんだか余裕の今日この頃。そう言えば「バイトでも探そうかな」…なんてこの間言ってましたっけ?

「いえ、別に。バイト見つかったんですか?」
「ああ」
「なんの?」
「……」
「……?」
「犬の散歩」
「……それ、バイトなんですか?」
「ああ。運動不足らしくてな。1日3時間、日給8000円」
「…普段、石橋を叩いて渡る三蔵が、随分とまた美味し過ぎる条件じゃないですか」
「短期で客商売じゃなくて家庭教師でもないとなると、結構少ねェんだよ」
「ああ。気が短くて、愛想笑いが苦手で、同じこと2度言うのが嫌いだと、大変なんですねえ」
「…オマエ、喧嘩売ってんのか」
「いえいえ。頑張って肉体労働に従事して下さい。…でもなんでバイトなんかするんです?三蔵、バイトの必要なんて…ないですよね?」
 口をゆすいで、三蔵はバスルームから出て来た。コットンシャツと褪せたジーンズ。滴の落ちる髪をタオルでごしごし拭いている。梳かす前の髪の毛が、ラフに跳ねたり顔にかかったりしていると、妙に子供顔になる。
「今まで理事の書庫整理くらいしか、バイトしたことねェんだ。悟浄のヤツ、それを甘チャンだとか言いやがる」
「それでバイトを…?」
「そうだ」
 悟浄はまた余計なことを言って、この人をからかって遊んでるんだな。素知らぬ顔で、実は三蔵は負けん気が強い。それが判ると、面白くてしょうがないという気持ちは判るんだけど。でもこの一途な人をからかうのはやっぱり悟浄だからなんでしょうね。
「まあ、何事もお勉強ですから」
「…ああ。じゃ、そろそろ行って来る」
「健闘を祈りますよ」
「……ああ」

 本人も、見送る僕もなんとなく前途が明るくない様な予感を持ちつつ、エントランスで分かれる。
 三蔵もいなくなったし、図書館で借りたお菓子の本でも物色してみようかな。

「……八戒君」
「わあっ。ああ、花喃さんか」
「私で悪かったわねーだ。…あのね、私、八戒君にこっそりお願いがあるの」
「なんなんです?」
「その前に…八戒君、チョコ、作る?」
 三蔵に、作るのか?ということですよねえ。花喃さん、何時でも核心突くんですよねえ。思わず苦笑が顔に出てしまう。
「ええ。そうしようかなとは思ってます」
 花喃さんは途端に嬉しそうな表情になった。
「実は……バレンタインのチョコレートで悩んでるの。何にすればいいのか。作るにしても失敗しそうで怖いの。八戒君、私と一緒に作って!お願い!」
「婚約者への、結婚前の、最後のバレンタインデイですか。…渡りに船ですねえ。いいですよ。僕でお役に立てるんなら幾らでもお手伝いしますよ。僕も女の子のお手伝いの方が、色々やり易いし。そちらのキッチン使えると助かるんですけど」
「そう言ってくれると信じてたんだあ。材料買うのも、堂々と!作るのも贈るのも、堂々と!!…の方が、八戒君らしいよね。きっと三蔵君もその方が喜んでくれるよね」
 力説する花喃さん。
「女は愛に生きるのよ。堂々と!立派なチョコレート贈るのよ!受け取ったらビックリするくらいの力作、作りたいの!!」
 もうちょっと可憐なイメージの女性だったんだけど…。バレンタインデイにかける情熱って、女の子凄いなあ。
「じゃ、まず何を作るか相談しましょう。…ビックリされるくらいのですね」
「そうよ。…三蔵君にもびっくりされるくらいのね」
 僕たちは、にやりと笑った。

   スウィーツ
   スウィーツ
   心をこめて
   甘い心を、沢山こめて
   こんなにも甘い気持ちを、どうぞあなた、受け取って
 僕たちは買い出しに行く。
 新鮮な卵、生クリーム、スウィートチョコレート。ふんわり泡立つ甘い気持ち。ココアに粉砂糖にグラニュー糖。さらさら甘い、きらきら甘い。レーズンをたっぷり、中身に詰めて。ほら、たっぷりと詰め込んで。アーモンドパウダーでずっしりと焼き上げるジェノワーズ。噛み締める度、味が広がるジェノワーズ。甘くて濃厚なラム酒のシロップを沢山染み込ませて。どうぞ、酔って下さいね。甘さとラム酒の香りに酔って下さいね。

「結構な分量よね。随分と手がかかるのね、ダークチョコレートケーキって」
「材料全部、濃厚ですからね。下準備も多少はあるし。その替わり、香り最高、食べたら美味しいですよ」
 僕は大家さんのキッチンのオーブンの扉を撫でる。
「…はったり効かせるんだったら、やっぱりこのくらいずっしりしたケーキ、焼きたいですよね。オーヴンちゃん、頑張って下さいね。愛の贈り物は君次第なんですからね」

 そして僕らは体力勝負。
 飾り用のチョコレートコポーを大量に作る。時折チョコレートを冷蔵庫で冷やしながら、くるんくるんと丸く薄く削り出す。
「チョコが暖まっちゃうと、薄く綺麗に丸まらないんですよ。掌も暖かくちゃ駄目」
「…真冬に、水道で手を冷やさなくちゃいけないなんて。かなりハードね、お菓子作りって。ああ、でも私頑張るわ。美しいチョココポーを削るわよ」
「その意気です!後でレーズンのラム酒漬けを作って、今日はそれで終わり!」
「ケーキ2台分だと、明日は2回焼くの?」
「泡立てた卵がしぼんじゃうから、作るのも焼くのも2回に分けます」
「朝から取りかからないとね」
「そうそう。生地自体が冷めないと、チョコクリームも塗れないし」
「…燃えるわね」
「…ええ」
 僕たちは、チョコレートを削りながら、またにやりと顔を合わせた。

 自室でケーキの作り方をじっくりと読んでいたら、隣室に人の気配が感じられた。僕はキッチン側のドアをノックする。
「三蔵?おかえりなさい。どうでした、犬の散歩は?」
 返事替わりに呻き声が聞こえて来たので、僕は慌てて扉を開ける。
「三蔵!?どうしたん…ですか、それは…?」
 三蔵はベッドに突っ伏していた。くしゃくしゃに乱れた髪、土まみれのジーンズ。廊下側のドアの前の床には、どろどろに汚れたスニーカー。
「うう。ひっかき傷だらけだ。海外で結婚式を挙げるとかで、親戚一同の飼い犬を一軒の家で預かったんだそうだ。8匹もいやがった。一匹アタマ1000円だった、バイト料…」
「凶暴な犬ばかりだったんですか?」
「…なつっこい犬ばっかりだった。8匹が8匹ともはしゃぎまくりの興奮しまくり。オレのことも舐めまくり。…ぐるぐる周り回るもんだから、リードでぐるぐる巻きんなった。河原に行けば、水に入りたがるし…この真冬に泳ぐのが好きな犬がいるとはな」
「…水に引っ張り込まれたんですね」
 三蔵は、少しだけ顔を上げて、自尊心を痛く傷つけられたような顔を僕に見せた。
「そうだ。…それだけじゃなく…ヤツら、ヤツら…」
 枕に突っ伏す。
「…このオレに発情しやがった…」
 8匹の犬が、三蔵に群がって興奮してるの図。
『やめろ!この莫迦!来んな!!てめェら、よせっ!』
 はしゃぎまくる犬と、三蔵の脚に絡むリードと、きっと情けなさで一杯になりながら怒ってたんだろう三蔵。…そんなものが脳裏を駆け巡った。
「てめェッ!のたうち回ってまで笑うこたァねェだろ!!チクショウ、八戒!オマエも味方じゃないんだな!?オマエのヒトトナリがよおっく判った!コラ、いつ迄腹抱えて笑ってやがる!?」
 三蔵がベッドから飛び降りて、僕に枕をばしばしとぶつける。
 それでも僕の笑いの発作は、なかなか止まなかった。

















 続く 







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