STAY WITH ME 4 
--- 嬉シ恥ズカシVD物語 2 --- 























「卵よーし。室温に戻してますね?」
「戻してまーす。卵よーし!」
「グラニュー糖よーし」
「グラニュー糖よーし!」
「薄力粉よーし」
「薄力粉よーし!」
「アーモンドパウダーよーし」
「アーモンドパウダーよーし!」
「バター、湯煎の準備もよーし」
「湯煎準備よーし!」
「粉類、全部計りましたね。じゃ、振るっちゃっててくださいね」
 僕たちは朝からキッチンで臨戦体制だった。しっかりと腕まくり。きっちりとエプロン。髪の毛が落ちないように、花喃さんはしっかりとゴムで結わえ…僕は洗顔用のターバンを付ける。
 さあ、体力勝負の卵の泡立てだ!
 卵白を泡立てるのには電動の泡立て器を使うけど、卵黄は普通の泡立て器だ。砂糖と一緒にもったりとするまで…。卵白はピンと角が立つまで。これでもか、ってくらいに泡立てる。今度は卵黄と卵白を馴染ませて…。
「八戒君、泡、大丈夫かなあ。泡が消えちゃったらケーキ膨らまないのよね?」
 花喃さんが不安そうに僕を見る。昨日の意気込みが、緊張で負けちゃったかな?
「大丈夫ですよ。一生懸命、心を込めて、丁寧にね。何度も作り方の本、読み返してたじゃないですか。手順をきっちり守って!そうしたら大丈夫!」
「…そうよね。頑張らなくちゃ」
 そっと粉を入れたら、手際よく混ぜ込む。これだけはさくさくっとね。
「溶かしバター入れて下さい」
「はい!」
「次は、残りの卵白入れて!」
「はいっ!」
 僕たちの連携プレイは、中々のものだ。ふたりで張り切って選んだケーキ。店を何軒も梯子して探した材料。何度も確認した手順。
 選択基準の「はったりが効く」。そんなことは、作り始めたらどこかに吹き飛んだみたいだ。花喃さんのどきどきの緊張感が、なんだか僕にまで移った様な気がする。
 ジェノワーズ生地をオーヴンに入れたら、さあ!2台目の生地も頑張って作りましょうか!
「あ、膨らんでる膨らんでる!」
 オーヴンを覗き込んだ花喃さんが、嬉しそうな声を上げる。そのついでにひょいっとキッチンの窓の外を覗く。
「八戒君、三蔵君お出かけみたいよ」
「ああ、バイトですよ、バイト。ぷくくっ、実はね…」
 三蔵がこちらの方を向きそうになったので、僕は慌ててテーブルの陰に隠れた。
「三蔵くーん。行ってらっしゃい」
 低くくぐもった三蔵の返事。
 ああ、可哀想なんですけどねえ。頑張って欲しいですねえ。
 僕は花喃さんに昨日の三蔵の様子を伝えた。ふたりで泡立て器を握りしめながら笑う。
「ああ、ああ。オカシイ。なんて可哀想。可哀想な三蔵君の為に、頑張ってケーキ作らなきゃ」
 僕たちは、延々笑ってはしゃぎながらケーキを作り続けた。
「…八戒のヤツ。ヒマな筈なのに、どこ行ったんだ。犬の散歩に付き合わせてやろうと思ったのに。…逃げたのか?くっそう…覚えてろよ、八戒。あいつも酷い目に遭うといいんだ!」
 三蔵は怒りながら呟いていたが、犬たちがまたもやはしゃぎながら飛びついてきたので、怒鳴り声をあげる。
「てめェら、まだ凝りねェのかッ!?ヤメロったら、この。大人しく言うこと聞かないと、ジャーキーはオレが全部食うぞ!!」
「ねェ、八戒君。このラム酒、全部シロップ使うの?」
「そうですよ。150cc全部シロップに入れて染み込ませますから。だから濃厚ですよお。チョコレートクリームも濃厚でしょう?」
「レーズンもかなりラム酒吸い込んで…こんなに戻るのね」
「ほら、生地にシロップ全部染み込んだでしょう。これでチョコレートクリームと、レーズンを間に挟んで重ねて行って…。コレで最後にひっくり返して、またクリームを塗るんです。…で、冷蔵庫でしばらくクリームを馴染ませて…」
「これで、後で飾りのチョコつけたらお仕舞いね!」

 花喃さんは、ほぼ出来上がりの状態のケーキを、うっとりと見つめる。僕もつられてうっとりと見つめる。ごくごくオーソドックスな、チョコレートたっぷりのケーキ。でもとんでもなく濃厚で香りの高いチョコレートケーキ。

 製菓会社の思惑なんか、どうでもいい。
 気持ちを伝える機会があれば、僕たちはそれに飛びつく。何時だってそのチャンスを探している。

「バレンタインだからって、別にチョコなんか贈らなくったっていいじゃないか」
「何時だって、気持ちを伝えるくらい、出来るじゃないか」

 本当にそう。でも、勇気を持って伝えたい気持ち。何度でも伝えたい気持ち。
 愛の為に殉死した聖人に、感謝の気持ちを伝えたい。
 ありがとう、セント・バレンタイン司祭。
 心の弱い僕たちに、愛情を伝えるチャンスをくれた人。

「これ、彼の部屋に持って行っちゃおうかな。晩ご飯作って、部屋で待ってようかな」
 ケーキの箱を大事に抱えた花喃さんは、とてもきれいだった。
「…美味しいワインあるんですけど。プレゼントしますよ。あなたを祝福する為に」
「ありがとう、八戒君。私あなたに失恋したけど、あなたが友達でいてくれて本当に嬉しい。あなたが幸せでいてくれて、本当に嬉しいの」
 僕たちは、こころからにっこりと笑い合った。

 花喃さんが着替えている間に、僕は自分達のキッチンへ戻った。ワインラックからソノマワインを一本選ぶ。香りが良いからって、三蔵が気に入っていたワイン。三蔵へは事後承諾でいいでしょう。花喃さんの幸せの為にだったら、僕たちのワインが一本減ったくらいで怒られないでしょう。
 ラックに突っ込んであった英字新聞でぐるりと巻き込んだワインを手に、僕は階段を下りた。…なんだか外が騒がしい様な気がする。エントランスのドアを開けた瞬間に聞こえたのは…。
「煩いぞ、オマエっ!引っ張るな!引ーっ張るなッ!このォ…」
 三蔵の悲鳴に近い大きな声。でっかい犬の機嫌良く吠える声。小さな犬のキャンキャンはしゃぐ声。…僕の目の前で、ビーグル犬が三蔵の周りを走り、彼の両脚をぐるりとリードが回り込んだのが見えた。
「ヤメロと言っているんだ…!うわっ」
 ゴールデンレトリバーが三蔵の胸に前足を掛け、押し倒した。ポメラニアンがダッシュして、三蔵の手からリードが離れる…。
「キャン!!」
「きゃあっ!」

 ポメラニアンが花喃さんの目の前で一声吠えて、ケーキの箱が真っ逆様に落ちるのがスローモーションで見えた。

 ひっくり返った箱を目の前に、茫然とへたり込んだ花喃さん。ポメラニアンはその様子を心配そうに見ながら鼻を鳴らす。
「どうしちゃったの?ねえ、なんか悲しいことでもあったの?」
 …とでも言ってるみたいな、甘えた声だった。
 やっとじゃれつくゴールデンレトリバーの下から這い出した三蔵が、恐る恐る、花喃さんの顔を覗き込む。地面に落ちた箱から、甘い甘い香りが流れ出す。
「花喃さん…。済まない…ごめん」
「あ、うん。大丈夫。びっくりしたけだから…あれ?あら?」
 花喃さんの目から、ぽろっと涙が落ちた。
「大丈夫なの。本当に驚いただけだから!ごめんね、私が驚かせちゃってるね」
 僕は走って自室に戻る。大急ぎで花喃さんとお揃いの箱を持って来る。
「花喃さん、これ持って行って下さい。ほら、このワインと一緒にね」
 ケーキを間に挟んで、膝を地面に突いたままのふたりの間に差し出す。花喃さんが首を振りながら僕を見た。
「八戒君も一生懸命作ったじゃないの」
「だから、その一生懸命は、今ここで伝わっちゃってると思うんですよね。ね、三蔵。僕たち昨日からチョコレートケーキ作ってたんです。涙が出ちゃうくらいに、一生懸命ね。年に一回のお約束ですけど、受け取って貰えます?」
 三蔵は神妙な顔で、落ちたケーキの箱を拾い上げた。
「受け取る。ありがとう。全部食べる。…とっても嬉しいんだ、本当に」
 箱を胸の前でぎゅっと持つ。…さっきの花喃さんみたいだ。

「キャン!」
 ポメラニアンが、瞳をきらきらさせて花喃さんの後ろ姿を見送る。それを三蔵は片手で抱き上げると、脇の下に抱え込む。
「オマエ!人間に吠えるのは駄目だと言ったろうが!」
 小さな犬に向かって真剣な声を出している。ポメラニアンは目線を合わせないようにじたばたと足で暴れ出す。
「…三蔵?」
「う…。花喃さんには、本当に悪いことしたと思ってる。…オマエが昨日あんまり笑うから、巻き添えを食らわしてやろうと思って…」
「そんなことだろうと思いましたよ。…怒ってませんから、散歩の続き、行って来て下さい」
「ああ…。そろそろ時間だから、その辺一周したらもう返してくる」
 8匹の犬に囲まれた三蔵を、僕は笑顔で見送った。ひとつ先のブロックを曲がり、後ろ姿が見えなくなる。
「…あーあ」
 ため息をひとつ。三蔵から受け取った箱を見る。
「……あーあ」
 もうひとつ。

 僕がシャワーを浴びてバスルームから出ると、丁度三蔵がドアから顔を出した。
「八戒」
「お帰りなさい。犬たち、機嫌よく帰りましたか?」
「ああ。犬は上機嫌だった。…そっち、行っていいか?」
 僕はバスタオルを頭にひっかぶったままで、三蔵に向かって頷く。僕の部屋のこたつの上には、ひっくり返ったケーキ。お皿の上に体裁よく置いてはあるけれど、チョココポーが飛び散って潰れてしまった、形の歪んだチョコレートケーキ。ココアとアーモンドパウダーの香ばしさが、生地の割れ目から漂う。チョコレートクリームとラム酒の香り高さはべとべとになってしまっても変わりない。

「あはは、味は変わらないんですけどねえ。どうしても格好よくはならなかったんですよね」
 僕はタオルの両端じを持って髪をごしごしとこする。
「いいから。ここへ座ってろ」
 三蔵が僕の肩を押さえつけて、ケーキの前に座らせる。そのままキッチンへ消えると、マグカップを手に戻って来る。続いて小鍋を持って来て、マグカップに熱々のホットミルクを注いだ。
 スプーンでかき混ぜる。
「普通の板チョコを砕いただけだけどな」
 ひと混ぜごとに、チョコレートの色になるマグカップの中身。
「板チョコ丸々入れたからかなり濃いぞ。ホットチョコレート」
 僕に差し出す。
「…バレンタインだからな」
「…三蔵から?僕に?」
「…甘過ぎるから、別に残して構わない」
「三蔵から、僕にくれるものを?僕が残すなんて思います?」
「……思わない」
 僕はマグカップを受け取る。熱い熱いマグカップを、両手に抱え込む。
「ありがとうございます」
「オレも…ありがとう」
 明日は、犬の散歩一緒に行こうかな。ああ、勝手にワイン貰ったことも言わなくちゃ。
 幸せな気分で、ワイン飲まれてるといいな。

 甘い甘いホットチョコレートと、甘い甘いチョコレートケーキを前に、僕たちは少しだけ照れくさい思いをしながらフォークを動かす。

 甘い甘い、あなたの心。
 甘い甘い、僕の心。

 どうしようもなく、甘い思い。








HAPPY HAPPY St.Valentine's Day !!
… AND YOU ?

















 終 







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