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STAY WITH ME 10
--- 雪花小片的物語 5 --- |
「何か飲みます?それとも、何か食べられそうですか?」
「冷たい水がいい」
三蔵はまだ躯の節々が痛むらしく、身を起こす時には眉のラインが辛そうだったけれど、それでも今度はひとりでグラスの水を飲み干した。
「ああ。」
氷の音を立てながら、気持ちよさそうに、空のグラスに額を押し付ける。
起き上がったついでに、一晩汗を吸った衣服を取り替えさせた。暖かな部屋で、お湯で絞ったタオルで躯を拭われ、乾いた衣類に着替えさせられながら、三蔵は気分がよさそうだった。
「昔の王様みたいですね。シャツのボタン留め係とか、靴下履かせ係とかが決まってるような」
「…鬱陶しそうだな…。ま、オマエは差し詰め下僕か」
「貴族のお仕事だったんですよ」
「こんなに嬉しそうに、ヒトのことを着替えさせるヤツは、下僕だ、下僕」
少し体調が戻ると、すぐこれだ。
「さて、と…」
着替えの終わった三蔵は、ベッドに手を突いて立ち上がった。
「どうしました?」
「トイレ」
三蔵の肩を支えようとした腕を、勢い良く振り払われた。
「莫迦!トイレだ、トイレ!」
「下僕ですから」
「莫迦、来んな!」
「ちゃあんと、お支えタテマツって、お見守りモウシアゲますよ?」
「絶対ェ、来んなよ!?来たらブッ殺す!!」
三蔵は、眉をつり上げて、僕の方を向いたまま後ずさりで部屋を出ると、洗面室に飛び込んでドアを勢い良く締めた。ご丁寧に、鍵を掛けた後にドアが開かないかノブを回して確認している。
僕は、三蔵の行動のひとつひとつに声を上げて笑い、笑顔が納まらぬままでシーツを取り替えた。ぴんと伸びたシーツでベッドメイキングし、丸めたシーツを腕に、ベッドに座った。
乾いたシーツが、滑らせた掌に快かった。
ゆっくりと、転がる。
ひんやりと、清潔な布地が頬に触れる。
気持ちの良さに、目蓋が落ちた。
ベッドの軋む音に、三蔵が戻ったのだと思った。
額から目蓋にかけて撫でられ、目を開けたくなくなった。
抱えたシーツの感触が腕から離され、肩まで温もりが引き上げられた。
三蔵の柔らかい声がしたけど、何を言ったのか判らなかった。
僕の胴に腕が回り、熱い掌の感触を素肌に感じた。
「早く熱が下がるといいですね」
口に出せたか出せなかったのか、それも判らなかった。
新しい保冷枕に、三蔵は気持ちよさそうに懐いた。
「随分とラクになって来た」
襟元まで毛布をたくし込んでやると、まだ紅い頬を見せて、口に出した。
「昨日。」
うとうとと、あっと言う間に眠た気な目になる。
「ホケカンの窓から外を見ていた。中庭のばらに隠れて、非常階段の下に、人がいるのに気付いた」
半ば閉ざした瞳は、柔らかい色合いだった。
「ふたりで何か話してるようだった。ぼんやり見てるうちに…」
毛布から出た片腕が首に巻き付き、僕は引き寄せられた。
額に、頬に、唇に。
花びらのように軽い唇が、触れた。
「……見ていて、きれいだと思った。我ながら熱の所為かとも思ったが、それでもやっぱり、優しい光景で、きれいだと感じた」
またすっぽりと毛布の中に潜り込み、向こうを向いて目を瞑る。
「あれを恋人というのなら……悪いもんじゃない」
それ切り黙ってしまうから、目元の染まり具合が熱によるものかどうなのか、僕にはもう皆目見当も付かなくなった。