STAY WITH ME 10 
--- 雪花小片的物語 2 --- 


















 朝の空気は冷え込み、窓硝子は昔聞いた歌みたいなミルク色。
 つ、と垂れた滴の痕に、落葉した街路樹の幹の、黒々とした色が透けて見えた。
 日差しがゆっくりと、街を温め始める。
 窓辺で思いっ切り伸びをした僕は、勢い良く動き始めた。
 手早く着替えを済ませると、ベッドからシーツを引き剥がし、羽根布団に空気を含ませ、キッチンのドアを開ける。ケトルを火にかけ、リネン類を洗濯機に放り込み、口を濯ごうと振り返ると…。
「わ。いたんですか」
「………。」
 シャワーカーテンの、半ば影に隠れて、三蔵はバスタブの縁に座っていた。
 これを言う度に三蔵は嫌がるけれど、寝癖の頭がぽわぽわのひよこのようだった。機嫌悪そうな目つきで歯ブラシを咥え、パジャマのボタンは上から3つまで開いている。バスタブに浅く腰掛け、猫背気味に投げ出した足は、裸足のままで冷え切っていそうだった。

「もしかして、二日酔いですか?」
「………。」
 判ってんなら聞くな。
 そういう目をして歯ブラシを動かし続ける。
「…頭、痛いんですか?」
「………。」
 うわ。三蔵は益々機嫌の悪そうな表情を浮かべる。
「頭痛薬でも飲みます?」
「………。」
 暫く考えてから、頷く顔はやっぱり不機嫌なまま。
 僕も歯ブラシを咥えると、三蔵の隣に腰掛けた。

 ぼんやり前方の壁を見上げながら、黙々と歯を磨く。
 隣り合って座りながら、ぎりぎり躯が触れない距離。時折袖がかすめそうになるくらいに、体温を感じる距離。
 それでもバスルームの空気は、足下から冷たさを昇らせ、僕は寒さに一度身を震わせた。
「………。」
 三蔵が横目で僕を見た。
「………。」
 フン。
 声と呼吸の間くらいの音をさせて立ち上がり、口を濯いで洗面を済ませ。
 タオルを持ったままの三蔵が、僕の目の前に立つ。
「見てるだけで余計に寒いんだよ。…ばーか」
 そう言い捨ててバスルームを出て行った。
 寒そうな格好のヒトに付き合ってあげたつもりの僕は、大変不本意な思いで洗面を続けた。

 キッチンは、湯気の柔らかな暖かさに満ちていた。
 コーヒーを蒸らし、丁寧におとして行くと、暖かさにほろ苦い香りが加わり、一日の始まりの匂いに変わる。コーヒーを淹れる合間に冷蔵庫を覗いていると、着替えを済ませた三蔵が、僕の真後ろを通った。
「朝食、食べられます?トーストか、野菜だけでも?」
「トマトジュースか何か、なかったか」
 自分用の卵と共に、トマトジュースのペットボトルを取り出す。
 振り返ると、三蔵は僕の出しておいた鎮痛剤を飲むところだった。水を沢山と、錠剤。そのままトマトジュースのボトルに直接口を付けて、飲んでしまう。
「お行儀悪いなあ」
「全部飲むからこれでいい」
 気にした様子もなく、キッチンの隅の椅子に腰を下ろす。

 僕はトーストを焼き、目玉焼きを作る。
 作業をする背中の方で、時折ボトルの上げ下げの水音がする。煙草に火を着け、足をぶらつかせながら、溜息交じりで数回紫煙を吹き上げる音が聞こえ、気分が悪いのかすぐにもみ消す気配がする。僕はおかしみを感じて微かにわらった。
「……なんだ?」
「なにも?」
 微笑みながら三蔵を見ると、ほんの少しだけ不貞腐れて、またトマトジュースのボトルに口を付けた。

 二日酔いから抜け出せず、三蔵は、マルボロを一口吸ってはもみ消すということを、数度繰り返した。目を瞑って壁に頭を凭れ掛け、細く溜息をついては、ジュースに口を付ける。
 僕はトーストの上に半熟目玉焼きを乗せ、シンクに寄り掛かって囓り付いた。
「…てめェの行儀の方が問題アリなんじゃねえのか?」
「たまのことだから、見逃して下さい」
 コーヒーのマグカップを差し出して言うと、三蔵は嫌そうな顔をして受け取った。嫌そうな顔をしながらも、薫る苦みの芳香に、眉のラインがリラックスの角度に開いたようだ。
 鎮痛剤が、漸く効いてきたのかもしれなかった。

「……だって、見てると面白いんですよ」
 三蔵は、カップから目線だけを上向かせた。
「ろくに吸ってもいない煙草が、やたら灰皿に溜まって行くばかりだし。三蔵はと言えば、溜息ついたり、天井見上げたり。かと思ったら、何を思い出したのか、急にむすっとした顔して見せたり。……ひとりで百面相してるみたいでしたよ」
 眉間のしわを深くしつつも頬を赤らめて。
 僕のトーストに手を延ばすので、渡してやる。
「…あ!」
「……。百面相見物料金だ」
 唇の端に黄色いものを付けたまま、目玉焼きの黄身の部分だけをぱくりと食べてしまった三蔵は、また満足そうに椅子に腰掛けた。

 暫くはミルク色の朝が続くだろう。 
 僕はそれは嫌いじゃない。





















 続く 







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