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STAY WITH ME 3
--- 慢性的蜜月物語 9 --- |
からん、からーん
ドアのカウベルの音に、男がびくりと反応する。
「たっだいまー」
「来んなっ!」
男と悟浄の声が同時に発せられた。
「くっだんねえ」
「ンだとお!?」
「昨日の晩のうちに、オマワリがうじゃうじゃ張り込んでんだよ。どこの路行ったって、すぐ捕まるに決まってんじゃねェか」
三蔵が、ゆっくりと帽子を取って放り投げた。くしゃくしゃに乱れた髪が顔の周りを彩る。サングラスを外すと、男の方に顔を向けた。そのまま襟元を緩める。
白くてほっそりした首を持つ、女の様な整った貌。
そのまま悟浄とオーナーの間を割って、一歩出る。肩や胸にも薄くきれいに筋肉のついた三蔵だが、長身と肉厚の男ふたりの間に立つその姿は、華奢にも見える。
「てめェ強盗か?強盗未遂か?これで奥さんどうにかしてみろ。…6ヶ月で『産気づく』だと?悟浄もバカ言うな。オーナーと奥さんと、ここにいるオレ達にとったらな、てめェなんか迷惑な人殺し野郎なんだよ」
少し俯いたまま強盗を睨み付ける、上目遣いの大きな瞳。
僕は頭がかっとなった。
綺麗な顔で嘲笑う華奢な男。…人質に選ぶには、もってこいな存在。この人はわざわざ憎まれ口を叩いて強盗を刺激した。自分がオオカミの前に飛び出したウサギであるかの様に、見せようとしている。
僕の目の前で。
三蔵は振り向くと、悟浄のジーンズのポケットから垂れ下がるキーホルダーを引っ張った。
「これ、ここの車のキーだよな。ホラ、これくれてやるからサッサとどっか行きやがれ。目の前からキエロ」
三蔵は顔の前でキーをちゃらちゃらと音をさせて振った。強盗はもう三蔵とキーを切り離して考えられない。
「おい、お前。そのキー持ったまんまでこっち来い。人質交換してやるよ。運転出来んだろうな」
「…ああ」
「三蔵!?」
ゆっくりと歩き出す三蔵に向かって僕が叫ぶと、一瞬振り返る。僕を見て、ちらりと怯える様な顔をする。そしてすぐに視線を強盗に向け直し…歩き出す。
悟浄に腕を捕まれて、初めて自分が三蔵を捕まえようと手を伸ばしていたことに気付いた。
ペンションのドアの外に出ると、少し離れた階段の下に三蔵達の姿が見えた。車の傍の三蔵は、ナイフを突き付けた相手に、首を仰け反らして何か話しかける。男が殴りつけ、三蔵の躯が車にドンとぶつかる。走り出す僕。悟空が手に持っていたものを地面に投げ出した。
「俺、見たかんな。三蔵、殴ったな。許されると思うなよ!」
悟空の持っていたのはボードだった。片足だけを叩き付けるように装着して、雪を蹴ってスケーティングする。僕はすぐに悟空に追い抜かされた。
三蔵はドアの開いたナビシート側から車に乗り込む。そのまま次に乗り込む男に、ナイフで運転席側に移動するよう指図されているようだ。
「悟空!そこは階段ですよ!」
「ゆっるせねえええ!」
悟空はひらりと身を翻すと、階段の手摺りの上に飛び乗った。そのままバランスを取ってボードのままで滑り降りる。がりがりと何か削れる音。躯を屈めて、力を撓める。
「さんぞうっ!!!」
今まさに車に乗り込もうとしていた男が振り向く。ボードを片足しか装着していないままで、手摺りの下まで滑った悟空は思いっきりジャンプした。一旦伸びきった足が、空中でぐいっと躯に引き付けられる。男が悟空に向けてナイフを向けた時には、顔の目の前に鈍く光るボードのエッジが来ていた。悟空はそれを蹴り出す。
一瞬だった。
車の傍に倒れた男の、袖口がザックリと破れている。エッジから身を守ろうとしたらしかった。血が流れているが、大したことはない。ただ傷口はザクザクで痛みが酷いだろう。傷の治りも遅いだろう。同じくひっくり返った悟空は、身を起こして頭をぷるぷると振るう。リーシュコードが付けられないままだったボードは、まだゆっくりと僕たちから離れて滑って行くところだった。放り出されたナイフが、離れた場所で雪に埋もれている。
僕は、倒れている男の胸ぐらを掴んで引き起こした。朦朧としたままの男の頭を地面にぶつけた。何度も何度も叩き付けた。
「八戒!もうよせ!」
車から身を乗り出した三蔵が、僕に叫んだ。僕はゆっくりと振り向く。三蔵の、少し不安そうな顔が見えたけれど、なんだか遠近感が不確かだった。…男に殴られた頬が赤い。
僕の腕の下で男が呻き声を上げる。悟空が雪にまみれたままの顔で、男の腕を後ろに捻り上げた。
「てめェっ!奥さんに酷いことしたり、三蔵殴ったり、タダじゃ済まねえんだからなっ!」
悟空の声を後ろに、僕は立ち上がった。車を降りた三蔵は、僕の前に茫然とただ立っている。僕の顔を不安そうに見ている。
「八戒…」
ぱん!
三蔵の頬を打った。
「なんで…自分から行ったんです?」
ぱん!
もう一度。
「は、八戒ィ!?」
悟空の驚く声が聞こえたけれど、僕の手は止まらず、また動いた。
「…なんで、僕の目の前で、わざわざ危険なことを、したんです?」
三蔵の襟元を掴む。両手で、縋る様に掴む。三蔵の瞳が揺らいだ。口を開きかけた三蔵を、突き放した。ドアの開いたままの車の屋根に、三蔵の背が当たって鈍い音がした。
救急車とパトカーの、サイレンの音が遠くから響いて来た。