STAY WITH ME 3 
--- 慢性的蜜月物語 5 --- 


















「ンあ?観世理事?あーあ、聞かれた聞かれた。お前の携帯だろ?」
「別にあの人ならいいんですけど、悟浄、プライバシーとかちゃんと守ってくださいよね」
「わーってるってえ。でもよ…あの人さぁ、情報筒抜け?ってカンジだぜ。聞いてねえ?掲示板アクセスから情報抜くっていうの…。なんか理事の人脈でエラいごっついオッサンが来てさ…」
 アレ、大ボラじゃなかったんですね…。
「オレはさ、学生委員の方から付き合わされて立ち会ってたんだけどさ。あのオッサン…あれ、元軍人?なんかね。クルーカットでタトゥー入ってやんの。ちょちょいっと弄ってたけどな。ま、それでセキュリティは安全らしいぜ」
 悟浄はそれから真面目な声で聞いてきた。
「でさ。…観世理事って、ナニモノ?」
 本当にねえ…。
「でさ、これからが本題なんだよ、八戒。今スキー場のそばのペンションでバイトしてる。お前ら、来いよ。ヒマしてんだろ」
「スキーですか」
「客が少ねえんだわ。学生寮で代々伝わってるバイト先でさ…先輩の経営してるとこなんだよな。客も一緒に連れて来いってさ。どーだ?メシはまあまあ、雪質はそこそこ、家族用に小さい露天風呂付き。……結構ロマンチックかもなんだよなぁ…?」
「…悟浄、なんか引っ掛かる物の言い方しますねえ?」
「いいぜぇ?満天の星の見える露天風呂。俺も彼女いたらなあ、連れてっちゃうんだけどなあ…」
「悟浄はとっ替えひっ替えし過ぎてるから、肝心な時にいないんでしょうよ…」
「俺のことは、いいのっ!で、どうよ?マジいいカンジかもなんだけど?」
「…ま、考えときますよ」
「期待してるぜぇ?八戒!負けさせるからさっ♪」
 悟浄からの電話を切ると、こたつで蜜柑を食べていた悟空と三蔵が顔を覗き込んできた。
「何っ?スキー、行くの?いいなあ、俺も連れてってよ。俺スノボやりたい」
「スキーか。最近滑ってないな…」
「ペンションのバイト先からわざわざ来てくれって電話ですからねえ。どうします?」
「行ってやってもいい」
「ねーっ、俺も一緒!俺もっ」
 どうやら悟浄に操作されてしまったらしく、僕の脳裏には満天の星空が浮かんでいた。…ふたりで見られたら、いいなあ、とか…。まあ、悟空は元気いっぱいだから夜は早く寝るだろう、とか。
「八戒、どうした?顔赤いぞ」
 やばい、やばい…。
 とまあ、こんな経緯で僕たちのスキー二泊三日旅行は決定した。電車で数時間、駅まで悟浄が車で出迎えてくれると言うが……。
「なあっ、スキーってこんなに雪降ってても出来るっけ?」
「限度もありますけどねえ」
「…今晩はヤメといた方がいいぞ。今晩は。遭難しかねん…」
 まだ夕方の暮れかけた時間だというのに、空は真っ暗で、雪がぶつかってくる。風も相当強い。天気予報もなんのその、悟浄は「来るって言ったろ!?今更見捨てんなよ!」の一点張りで…。果たして僕たちが少しでもスキーを出来るのかどうか、かなり怪しくなってきた。

 大きくクラクションが響いた。
「おーーーい」
「…あのヤロ、来やがったぜ」
「八戒ーーー!へーるぷ!!オーナーが怪我してコックがいねえ!!」
 ああ…。すけべ心を起こした段階で、こうなるような気もちょっとはしてましたよ…。
 隣では、曇天の空に目をそらした三蔵と、僕の顔を気の毒そうに覗き込む悟空がいた。 
「いいからっ!早く乗ってくれよッ!!時間おしてんだからさっ」
 三蔵がぼそりと呟いた。
「なんまいだ…」
 ううっ。

 大鍋にはビーフシチューがほぼ完成形で存在していた。温野菜のサラダをスチームして、スープの味付けを見て、若鶏のグリルは炭火焼き…。
「バターライス炊けました。パンは8人分、ライス12人分でいいんですよね?」
「お皿暖まったから」
「トマト洗ったぜ」
「ええと、そういうのによく乗ってる…クレソンとか、いいんですか?」
「あ、クレソンあった、あった」
「本当にごめんね。お客さんだっていうのに…」
 オーナーはぎっくり腰をおこしたそうだ。その奥さんといえば身重で…やっぱり手伝いするしかないでしょうねえ。悟浄もてきぱきと働いている。
「奥さーん、気にしないでよ。こういう時に、こいつが来たっていうのは神様の思し召しなんだから…ほら、ビールなんて持たなくていいからっ!」
「…悟浄。本当に天の助けと思ってんなら…」
 一瞬険を含みそうになった僕の目は…隣で身体を小さくしている奥さんの方に吸い寄せられ…。
「…いいから、ワイン持ってきてください」

 ロビーのソファで新聞紙に顔を埋めた三蔵に、悟空が話しかける。
「なあ、三蔵。俺達、手伝わなくてもいいのかなあ…?」
「…この状況で俺達に何が出来るっていうんだ、何が」
「ううんと…。何だろ」
「気持ちだけでいいだろ?」
「あのぅ…。こちらでご一緒しませんかあ」

 三蔵と悟空にテーブル拭きを頼もうとダスターを持って来たところで、彼らに他のお客さんが話しかける姿が目に入った。ちらりん、と頭を仰け反らせて僕を見る三蔵。…あらあ…少しふててます?
「八戒。ビールくれ。ビール。あっちで一緒に飲んでくる。お客さんにサービスだ」
「あっ、ビール♪ビール♪」
「…オマエは飲むなよ」

「…確かに、三蔵には客相手にして貰ってた方がサービスになるわな」
「……ごじょう……」
「いや、感謝してますから。八戒サマ。今日みたいに雪に振り込められちゃうと、夜はみんな退屈でね。美味しいディナーと、美貌の青年が加わったとなっちゃー、もう最高!」
 並ぶ皿にチキンを盛りつける手は休めずに、僕たちは目線をやりとりした。悟浄の言う通り、若い女性のお客さんの殆どが、三蔵の周囲に集まっている。悟空も可愛らしさでなかなかお姉さま方に引っ張りだこだ。しかし…。
「…しかしさ。どーしたん?三蔵。…笑ってるし?」
「笑ってるんですよねえ…。誰に強制された訳でもなく。あれってもしかしたら…」
「…怒ってるんじゃ…」
「………」
 放っぽっておかれてるから、なのかなあ。
「さあさ!辛気臭ぇ顔すんのやめやめ!ホラ、もうテーブルに並べていいんだろ?」
 諸悪の根元に励まされて、僕はまた仕事に精を出すことにした。

 ビールやドリンク類はセルフサービスで、飲んだお客さんに自分で伝票に記載して貰うことになった。それで僕もやっと三蔵達と一緒に食事にありつけたが…。
「ねえ、三蔵。怒ってます?」
「…どうしてオレが怒るんだ?ああ!?」
「三蔵、怒ってないよなあ?俺達、あっちのおねーさんたちと、後でカラオケする約束もしちゃったんだぜ」
「…そう。約束しちまったんだ。悪いけど、そっち手伝えねェから」
「いえ、手伝いとかはそんなに期待してる訳じゃ…」
 悟空が手を振ると、離れたテーブルのOLグループが嬌声と共にこちらに手を振り返す。
「どーせ、何の役にも立てねェからな。愛想でも振って来るぜ」
「三蔵?ねえ、本当にどうしたんです」
「…別に」

 僕は食事中だということも構わずに、三蔵の腕を取り、厨房まで引っ張っていった。
「どうしたっていうんです?」
「…別に、何でもねェんだよ。オマエが仕事手伝うのも当然だと思うし。オレが何にも手伝えねェのも自分の所為だし。…ただ…」
「ただ?」
「…オレがバカみてェに楽しみにしてたってだけだ」
 三蔵はふいっと横を向いてしまう。
「なんか、こう…。オマエとスキーに来られるってだけで、バカみてェに浮かれてた。だから普通に、誰か困ってる人の手伝い出来るオマエ見たり、普段通りの悟浄見たりして…恥ずかしかっただけだ」
 僕は少し呆気にとられた顔をしてしまったらしい。
「ホラ!呆れるだろうが!だから言いたかなかったんだよ!オレばっかやっぱりバカだよなッ」
 三蔵は真っ赤な顔のままで、席に戻ろうとしてしまう。だから僕は、彼の腕を掴んで…
「僕も浮かれてました。それこそ、ふわふわ浮かんじゃうくらいに。悟浄がやっかいごと持ち込んだ時も、かなり地団駄踏みたいくらいに悔しかったし。まあ、僕はもともと多少の下心がありましたし。ここのオーナーと奥さん見たら、やっぱり放っておけませんでしたけど…やっぱり今でもかなり悔しいですよ」
 僕は三蔵の躯を自分の真っ正面に引き寄せて、額をこつん、とつけた。
「ずっとあなたのことだけ見て、考えてたいって。三蔵とただ楽しく遊ぶ為だけに、ここに来た筈なのにって。もっともっと、ふたりで過ごせた筈だったのに、って…」
「…ホントだな?」
「はい」
「本当にオレだけじゃないんだな?はしゃいでたのは」
「はい」
 まだ赤いままの顔で、上目遣いで言う。
「…そうか。なら、いい」
 余りに可愛らしい表情に、僕の目はついつい三蔵の唇に向かってしまう。が、悟空が三蔵にジュースを頼む声がして来た。それに対して返事をする三蔵。がっくりと力が抜けて、彼の胸に額をぶつけてしまう。
「八戒」
「はい?」
「今日はもう約束しちまったから、カラオケ行って来る。…でも」
 顔を上に向けた僕の額に、軽く音を立てて唇が当てられた。

「…そんなに遅くならないようにする」

 三蔵の機嫌の良さそうな後ろ姿を見て、僕は小悪魔に振り回されそうな自分も感じてきていた。























 続く 







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