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STAY WITH ME 3
--- 慢性的蜜月物語 5 --- |
大きくクラクションが響いた。
「おーーーい」
「…あのヤロ、来やがったぜ」
「八戒ーーー!へーるぷ!!オーナーが怪我してコックがいねえ!!」
ああ…。すけべ心を起こした段階で、こうなるような気もちょっとはしてましたよ…。
隣では、曇天の空に目をそらした三蔵と、僕の顔を気の毒そうに覗き込む悟空がいた。
「いいからっ!早く乗ってくれよッ!!時間おしてんだからさっ」
三蔵がぼそりと呟いた。
「なんまいだ…」
ううっ。
ロビーのソファで新聞紙に顔を埋めた三蔵に、悟空が話しかける。
「なあ、三蔵。俺達、手伝わなくてもいいのかなあ…?」
「…この状況で俺達に何が出来るっていうんだ、何が」
「ううんと…。何だろ」
「気持ちだけでいいだろ?」
「あのぅ…。こちらでご一緒しませんかあ」
三蔵と悟空にテーブル拭きを頼もうとダスターを持って来たところで、彼らに他のお客さんが話しかける姿が目に入った。ちらりん、と頭を仰け反らせて僕を見る三蔵。…あらあ…少しふててます?
「八戒。ビールくれ。ビール。あっちで一緒に飲んでくる。お客さんにサービスだ」
「あっ、ビール♪ビール♪」
「…オマエは飲むなよ」
「…確かに、三蔵には客相手にして貰ってた方がサービスになるわな」
「……ごじょう……」
「いや、感謝してますから。八戒サマ。今日みたいに雪に振り込められちゃうと、夜はみんな退屈でね。美味しいディナーと、美貌の青年が加わったとなっちゃー、もう最高!」
並ぶ皿にチキンを盛りつける手は休めずに、僕たちは目線をやりとりした。悟浄の言う通り、若い女性のお客さんの殆どが、三蔵の周囲に集まっている。悟空も可愛らしさでなかなかお姉さま方に引っ張りだこだ。しかし…。
「…しかしさ。どーしたん?三蔵。…笑ってるし?」
「笑ってるんですよねえ…。誰に強制された訳でもなく。あれってもしかしたら…」
「…怒ってるんじゃ…」
「………」
放っぽっておかれてるから、なのかなあ。
「さあさ!辛気臭ぇ顔すんのやめやめ!ホラ、もうテーブルに並べていいんだろ?」
諸悪の根元に励まされて、僕はまた仕事に精を出すことにした。
ビールやドリンク類はセルフサービスで、飲んだお客さんに自分で伝票に記載して貰うことになった。それで僕もやっと三蔵達と一緒に食事にありつけたが…。
「ねえ、三蔵。怒ってます?」
「…どうしてオレが怒るんだ?ああ!?」
「三蔵、怒ってないよなあ?俺達、あっちのおねーさんたちと、後でカラオケする約束もしちゃったんだぜ」
「…そう。約束しちまったんだ。悪いけど、そっち手伝えねェから」
「いえ、手伝いとかはそんなに期待してる訳じゃ…」
悟空が手を振ると、離れたテーブルのOLグループが嬌声と共にこちらに手を振り返す。
「どーせ、何の役にも立てねェからな。愛想でも振って来るぜ」
「三蔵?ねえ、本当にどうしたんです」
「…別に」
僕は食事中だということも構わずに、三蔵の腕を取り、厨房まで引っ張っていった。
「どうしたっていうんです?」
「…別に、何でもねェんだよ。オマエが仕事手伝うのも当然だと思うし。オレが何にも手伝えねェのも自分の所為だし。…ただ…」
「ただ?」
「…オレがバカみてェに楽しみにしてたってだけだ」
三蔵はふいっと横を向いてしまう。
「なんか、こう…。オマエとスキーに来られるってだけで、バカみてェに浮かれてた。だから普通に、誰か困ってる人の手伝い出来るオマエ見たり、普段通りの悟浄見たりして…恥ずかしかっただけだ」
僕は少し呆気にとられた顔をしてしまったらしい。
「ホラ!呆れるだろうが!だから言いたかなかったんだよ!オレばっかやっぱりバカだよなッ」
三蔵は真っ赤な顔のままで、席に戻ろうとしてしまう。だから僕は、彼の腕を掴んで…
「僕も浮かれてました。それこそ、ふわふわ浮かんじゃうくらいに。悟浄がやっかいごと持ち込んだ時も、かなり地団駄踏みたいくらいに悔しかったし。まあ、僕はもともと多少の下心がありましたし。ここのオーナーと奥さん見たら、やっぱり放っておけませんでしたけど…やっぱり今でもかなり悔しいですよ」
僕は三蔵の躯を自分の真っ正面に引き寄せて、額をこつん、とつけた。
「ずっとあなたのことだけ見て、考えてたいって。三蔵とただ楽しく遊ぶ為だけに、ここに来た筈なのにって。もっともっと、ふたりで過ごせた筈だったのに、って…」
「…ホントだな?」
「はい」
「本当にオレだけじゃないんだな?はしゃいでたのは」
「はい」
まだ赤いままの顔で、上目遣いで言う。
「…そうか。なら、いい」
余りに可愛らしい表情に、僕の目はついつい三蔵の唇に向かってしまう。が、悟空が三蔵にジュースを頼む声がして来た。それに対して返事をする三蔵。がっくりと力が抜けて、彼の胸に額をぶつけてしまう。
「八戒」
「はい?」
「今日はもう約束しちまったから、カラオケ行って来る。…でも」
顔を上に向けた僕の額に、軽く音を立てて唇が当てられた。
「…そんなに遅くならないようにする」