■■■
STAY WITH ME
--- 年末年始的学生物語 2 --- |
お重やら他の食べ物の入っているらしい袋を渡されて「よいお年をお迎えください」なんて挨拶する。この手のお決まりの挨拶でも心から言えるのが嬉しい。
僕の手が放せないので、三蔵に僕のポケットから鍵を取って貰う。
そのまま古ぼけたドアを開けて貰っていると、彼はぼそっと言った。
「随分仲いいんじゃねェか」
「ええ、本当に仲良くして貰えて嬉しいんですよ、あの人達に。僕兄弟いないからあんな感じなのかと思って」
「美人だったし」
「そうですね。来年お嫁に行っちゃうんで残念でしょうがないです」
「……結婚するのか」
「あ、こっちの階段です。足元、気をつけてくださいね」
一足ごとにぎしぎし言う階段を登る。古ぼけて擦り減っている階段だが、よく磨き込まれた手摺りの蜜色が気に入っている。エントランス前のホール部分も、流石に傷だらけだけど寄せ木のモザイクになっていたのだ。昔は留学生がここに多く住んでいたのだという。古いけど住み心地がいい家なのだ。
またもや三蔵に部屋の鍵を開けてもらう。キイ、と音を立てて開くドア。僕の部屋に友人が来るなんて、悟空以外では初めてかもしれない。部屋の中を見回す三蔵にちょっと感慨を感じたりする。荷物を降ろしながらも目が離せない。
「居心地、よさそうだな」
「ありがとうございます」
僕があんまり嬉しそうに言ったせいか、彼は却って照れくさそうだった。
僕の部屋は木の床で正方形の形をしている。昔は靴のままで上がっていたそうだが、今はドアのすぐ内側に棚を置いてそこで靴を脱いでいる。小さなキッチンとバスが隣室と共同でついているが、隣は空いているので僕が独占している。窓辺には年代物のパネルヒーター。最初っから置いてあったデスクとベッド、本棚とクローゼット。全部この家が建てられた時からあるものなんだと思う。僕が持ち込んだのは大量の本と……。
「こたつだ」
「あははははは。コレは好きなんですよ。他はテレビも碌に置いてないんですけどね」
「それでテレビ見てけって誘ってくれるのか」
剥き出しの木の床に、部屋の中心部分だけ絨毯を引いてある。その真ん中の特等席にこたつ。既に三蔵はこたつの住人と化して動かない。スイッチはどこだと騒いでいる。お茶を淹れようとキッチンに向かうと彼の声がする。
「ほら、そばも日本酒も入ってるぞ、さっきの袋」
「ありがたい差し入れですねえ」
「そうか、大晦日で正月なのか」
「そうですよお」
そろそろ11時も回る頃だった。
「そば、頂きましょうか?日本酒で」
「オレはお節が見たい」
「飲み直しの食い直しですか。いいですね」
普段ひとりきりで過ごす部屋で、誰かで差し向かいなんて本当に不思議な感じがする。その相手が三蔵だというのもとても不思議で……。しかも機嫌よさそうにしてくれているのが嬉しい。正月の前に開けてしまったお重のお節と、年越しそばと、コップの冷や酒を並べて、それだけですごく豪勢な気分だ。
「珍しいですよね。三蔵、普段から人に囲まれてるのに相当無愛想じゃないですか。今日はずっと笑顔が続いてるし」
「先刻までのハナシしたら殺す。クソ、むかついて来た」
笑う僕を上目遣いで見ながらコップの酒を飲み続ける三蔵。ほら。普段そんなに可愛い顔、他の人に見せてないじゃないですか。貴重品ですよ。こんな顔いつもしてたら益々周囲に人が増えちゃいますね、きっと。
そんなことを考えて少し淋しさを感じた。今は僕だけの前でこの笑顔を見せてくれることを喜ぼう。
「今はなぁ。……気分がいい。走ったから酔ってるし」
三蔵はコップを乾すと、後ろ手を付いて天井を見上げた。
「気分、いい。最近寒いから、悟浄が集まるって言ったのも気分転換にいいかと思って了解したんだが。そしたら愛想笑いはさせられるは、笑いものにさせられそうになるはで、散々な目に遭った。まあ、オマエ来るって悟浄言ってたしな。諦めてたし。煙草買いに行って、いっそのこと逃げだしてやろうかとも思ったけど。酔っぱらいに触られてムカついてどついてたら、オマエ急に来るし。そのまま救けてくれるし」
あ、本当に酔ってる……。でも、なんだか言ってくれてることが嬉しいから止めるのやめよ。
「寒くてしょうがなかった時にもマフラー貸してくれたしな」
「次から逃げる時には、せめて服は着た方がいいですね」
「悟浄が財布と上着、見張ってやがるんだ。前にぶっちした時に学習したらしいな。あのヤロウ…」
「あはは。次から僕も監視付くんでしょうかねえ」
「一緒に逃げたの、バレてるのか?」
……ばれちゃうでしょう、多分。
「それにしても、悟浄。僕が来るって三蔵に言ったんですか?」
「ああ」
そうか、そうか。そうですか。
「三蔵が来る」って言葉で引っ掛かった間抜けな自分に気付いたけど、でも三蔵まで引っ掛けた悟浄は、有罪ですね。
「…オマエ、何笑ってるんだ。急に」
「いえ…。こちらのことで。でも多分、三蔵、悟浄に責められるようなことにはなりませんからね。安心してくださいね」
悟浄、僕のこと、怒らせましたね。くすくす。
でも。でも……。そっか。僕結構三蔵に執着してたんですねえ。悟浄は特に聡い方だけど、彼だから気付いたのかもしれないけど。他人が見ても判るくらいに。
そうかもしれない。このひとが今傍にいるだけで、こんなに幸せな気分なのもそうだからだ。このひとが今嬉しそうにするだけで、こんなに舞い上がりそうな気分なのも、そうだからだ。
「ねえ、三蔵。僕がいるから来てくれたんですか?」
「ああ。迷惑だったか? オレはオマエといると居心地いいからな。」
あんなに席が離れていても、僕のせいで居心地よく感じてくれるんですか?僕に……会いに来てくれたんですか?
「すごく、嬉しいですよ」
酔いが回った三蔵はとても素直な笑顔を見せる。
「そうか。よし。注いでやるから呑め」
そう言うと、三蔵は真向かいから僕の隣に来る。好意の現れが酒を注ぐ、っていうのもなんだけど、近くに来てくれて嬉しい。彼も僕の近くに来たかったのかな。
「はは。もうそんなに呑めませんよ。ほら、そば、伸び切っちゃいますよ」
「そばもお節も食う」
近所の寺から除夜の鐘が聞こえてくる。鐘の音を聞きながら、ふたりでこたつに入っている。年越しそばを食べて、ごちそうを並べて。こたつの上には日本酒と、二つのコップと、籠いっぱいのきれいな蜜柑。部屋は普段よりもずっと暖かく感じる。
「三蔵、悟浄の携帯の番号判ります?」
「全部上着のポケット」
「僕も、どこかに控えてはあるんですけど…。どのノートに書き込んだか忘れちゃってて」
「いいさ。そのうち向こうから連絡来るだろ」
と言ってから、気付いたらしい。
「……それまで、ここにいて、いいか?」
畏る、畏る、といった感じの言い方に、僕はつい吹き出した。
「もちろんいてください。僕も嬉しいです」
「連絡待つ間に初日の出でも見に行くか。あと映画でも」
「いいですね。電話なんて待ってるの、なんだし。悟浄にはここまで届けさせればいいんです」
悟浄、後から感謝しますよ。でも三蔵を引っ掛けたことは、許しませんからね…。
そんな他愛もないことをずっとしゃべっていたら、時計が12時を指した。
「明けましておめでとう」
「おめでとう。今年も…今年はよろしくお願いしますね」
「…おう」