STAY WITH ME 2 
--- 早春青嵐的物語1 ---






















「本当は少しだけ、好きだったの。だから…」   
「だから悪かったって言ってるじゃんか」
「口先だけで謝ってるのが判り切ってるのに、そうそう簡単に許してやるつもりはありませんね」
「でもさ、俺だって困ったんだぜぇ?男連中のうちの目玉ふたりが、揃って抜けちゃうんだもんなー。も、フォローが大変で、大変で…」
「逃げ出されるようなこと強制したの、誰でしょうね?」
「う〜ん。だあから謝ってるんだってばあ。でもあれでしょ?八戒だって三蔵の歌う姿見たいんじゃねえの?」
「僕は本人の意思、尊重しますから」
 僕は済ましてそっぽを向いてみせる。

 僕は、先日の忘年会&新年会の忘れ物を届けに来た悟浄との、軽いコミュニケイションを取っていた。

 悟浄は普段女性に優しいタイプだけど、同性に親切にする姿は滅多に見られない。でも話の持って行きようで、今みたいな知らんぷりをされると急に下手に出ることがある。冷たく会話を切られるのが苦手なんだろう。
 いや、それは誰だってそうか。僕は却ってにっこり笑ってシャットアウトしてしまうクチだから、彼のそんなところを見ると時折罪悪感を感じることもある。まあ、大抵罪悪感どころかもっと意地悪してやれ、ぐらいな彼のことではあるけれど。

「なにより、三蔵の笑顔、カネで売らせたでしょう。」
「お、お前、そんなに悪どいコトバで表すか!?俺は桔梗屋か越前屋か!?」
「越後のちりめん問屋でも呉服問屋でも両替屋でも同じです。有罪」
「ちょっと女の子に愛想笑いさせただけじゃねぇか!」
「…オマエら、仲いーなー…」
 当の本人の三蔵が呆れた声を出した。僕の服を着た三蔵はこたつの天板に頬をくっつけてとても自堕落な格好をしている。冷たくて気持ちがいいんだそうだ。

「別にもういい。結局は逃げ出せたしな。居場所の確保も、向こうからやって来たから困らなかったし。美味いモンはたらふく食えたし…」
 三蔵は鍵ごとコートを悟浄に握られたまま、宴会から逃走したのだった。それを追いかけたのが僕。避難した僕の部屋が案外居心地がいいと、それから今日まで彼はここに居候していたのだ。
「そうそう、食いもんで思い出したぜ。ここの大家さんから預かったんだけど、なに?餅?」
「早いな、もうのし餅になってるのか。今度はこれで磯部が食いたい」
「磯部だったらすぐ出来ますよ。海苔もあるし」
「…ナニ?もしかしたら餅つきしたの?まさかアンタタチが…」
「ええ。ここんち、正月は毎年餅つき大会ですよ。僕、貴重な男手」
「オレも手伝った」
「…イメージ合わねー…」


 悟浄が驚くのも無理はない。三蔵と言えば「賢くて無口で美人だけど堪忍袋の緒がナイ人」で、うちの大学でも有名なのだ。要は無愛想でコワイ、と思われ易い。それでも彼の周りにはいつでも人が多くいる。三蔵にちょっとでも気が付いて欲しい人は、僕の他にも沢山いるのだ。彼自身、自分が人付き合いが苦手だと思い込んでるのが、彼の世界を狭くしているのだろう。
 そう。だから居候しようと思えば、本当は幾らでも行き場所はあった筈だった。彼がノックするだけで、開くドアは沢山ある…。

「餅つきしたのは初めてだったな」
「ホントに三蔵もやったの?」
「やった。だから沢山食った。でも磯部でも食いたい」
「…なんだか珍しい光景が過去と現在で繰り広げられてるような気がするんだけど?」
「普段コンビニばっかで純和風が珍しいんだそうですよ。悟浄も食べます?磯部」
「食う食う。つきたて餅、俺も食いたい」
 なんだ、みんな食い物には弱いんじゃないですか。
 そんなことを言いながら海苔を焼くと、香ばしい香りが部屋中に広がった。なんだかこの間まで誰も来たことの無かった部屋に、急にお客が増えるというのも不思議なものだ。最近までここに上がってきたのは…
「八戒ー。もしかして、これ欲しくない?」
 悟空が醤油の小瓶を持ってやって来た。
「これさ、どっかで貰って来たとかで滅茶苦茶美味しい醤油なんだってさー。なんだか製法が特別なんだって」
「どこが、どーいう風にすごいんだか判んねえ説明だな」
「なんだよ、うるさいとやんねえぞ、赤毛野郎」
「俺は悟浄だっつの。前に下で会ったことあるだろ。ガキ」
「ガキじゃなくて悟空だって!」
 そう言えば随分以前にも、貸したもの返しにここに来てくれたことがありましたっけ?レポートかなにか。車で通りがかって下で渡して貰ってそのままだったけど。確か悟空と花喃さんには会ってましたね、悟浄は。
「だからね、俺にも磯部ちょうだいね」
「はいはい。ちゃんと人数分切ってますよ」
「八戒、お前甘やかしてんじゃねえの?」
「ほら、焼けましたよ。しゃべるのと食べるの、どっちで口動かすんです?」
『食べる方!』
 三人で合唱した。

「なに?悟空のねーちゃん、結婚しちゃうの?」(もぐもぐもぐ…)
「うん、春にね。桜の咲く頃」(はぐはぐはぐ…)
 結局、唱和したくせに悟浄と悟空は食べるのとしゃべるのと同時に口を動かしている。が、効率が落ちていないのがなんとも見事だった。
「花喃さん…か。きれいな人だよな」
 これは口の中が空っぽになってから発言した三蔵の言葉。しかし、三蔵が女性について誉めたりケナシたりという反応を示したのを初めて見た僕たちは、驚きを隠せなかった。
「ん?なんだ?」
 視線をちょっと上げたままで餅を頬張ってしまう。これで完全に飲み込むまでしばらく三蔵は口をきかない。
「いや…。うん。美人だよな。花喃さん」
「そーだよ。俺の姉ちゃんだもん。でもさー…」
「ん?」
「俺、姉ちゃん、八戒と結婚してくれたら良かったのにって思ってたんだー」
 悟空以外の三人が一斉にむせ込んだ。
「おまーな、オレ達の年齢はまだ適齢期じゃーないのよ?(ゲホ)ケッコンなんてそんなコワいこと…」
「(ゴホ)そうですよ。第一花喃さんと婚約者の方に失礼ですよ」
「(ゲホ、ゴホ、コンコンコン)」
「あ、ほら、三蔵がこんなに咽せ込んでるじゃないですか。水、要ります?」
 僕は、花喃さんのことは、嫌いじゃない。相当好きな方だ。確かにこんな人と結婚できたら、とても幸せな家庭が作れるんだろうな、とは思う。でも三蔵の前でこんな風な会話が出ただけで、なんだかすごく胸が苦しくなった気がする。こんな話、一体どう思われてしまうんだろう。
「水ですよ」
 僕が手渡したコップは、咽せながら押し返された。治まりつつある咳で、まだ口が利けない。「いらない」と言う替わりに首を振る彼は、まだ涙目になっている。
 悟浄が、見ているような気がした。

 悟空は餅を食べると、自分の家に帰って行った。台風の余波だけ残して。
「じゃ、とにかく服の確認しろ。失くなってる物ないか」
「大した物入ってないから、別にいい」
「…冗談でしょ?あのマンションのキーよ?ゴールドカードの入った財布よ?俺さ、一応あの日、住所見て三蔵のウチまで届けようとして前まで行ったんだぜ。あのすんげー億ション」
「もう億も行ってない筈だ」
 それでも元は億ションだった、と認めるような発言。確か三蔵は一人暮らしで身寄りもないと聞いていたけど。
「全部叔父の遺産だからな。オレには関係ない。寝に帰るだけだし、盗られて困るような物も置いてない」
「それでも立派な資産だっつの。無理矢理でも確認しな!」
 ビンボー学生代表、悟浄がちょっと怒った顔をする。別に億ションを羨む訳ではなく、三蔵があんまりにも「イラナイモノ」みたいに言うのが、しゃくに障ったみたいだった。
「ナニ怒ってる?」
「怒っちゃいねえよ。でもなんか大事なモンとかないもんかね、と思ってな!」
「…ああ、テレビ」
「あ?」
「テレビ、無いと困るな。でも50インチで壁にくっついてるから多分簡単には外せない」
 ちょっと鼻白んだ悟浄は、無言で三蔵の上着から財布と鍵を出して彼の手に握らせた。

 ちゃりん。

 ああ、鍵だ。

 鍵を手にする三蔵も、僕も、何故か言葉が出ずに不思議な喪失感を抱いてしまった。悟浄はまだ怒った顔のままだ。彼が怒ることもないだろう。三蔵のマンションのことも、大事なものがテレビだなんてことも。

 テレビが好きだなんて、一言も言ってなかったですね。
 うちにないから遠慮した?
 でも悟空の所でも、特にテレビに目が釘付けなんてことも無かったですよね?
 億ションですか。
 それじゃ、うちなんかすきま風が入ってくるのに驚いたんじゃないですか?
 初めてのものだらけで楽しかった?
 楽しんでくれました?
 ずっと嬉しそうにしててくれましたもんね。

  「ここは、居心地がいいな」
 三蔵が最初に言ってくれた言葉を思い出した。

「じゃ、俺帰るけど、三蔵乗ってくか?鍵あるんならもうおウチに帰れんでしょ?」
「…ああ。そうだな。家に帰れるか」
 家に帰れる、という発音がゆがんで聞こえた。
「着替えまだだし、大家さんところに挨拶にも行くからな。悪いけど自分で帰ることにする」
 背を向ける三蔵を見て、悟浄はがしがしと頭を掻く。
 そのまま着替える三蔵を部屋に残し、僕は悟浄を車まで見送る。
「あのな!」
 キーを差し込みながら悟浄が急に振り向く。まだ怒った顔をしている。
「ああっ!!もうっ!」
「どうしたんですか、先刻から」
 車の天井に懐いてしまった悟浄を眺める僕に、更に彼は頭を掻きむしる。
「俺もね、ヤなのよ。こーゆこと言うのはっ!もんのすごーーーおく抵抗あるの!でも、クソっ、まだるっこし過ぎるんだよ!!」
「はあ…」
「判ってる筈だ!てめーには自分のしたいことぐれえ判ってる筈だ。普段から自分のしたいことしかしてねえだろ、どーせ。他人のことなんざ大して気にもしてねェ筈だ、てめーはよ」
 悟浄の真剣な顔を初めて見たかも知れない。
「そのくせ、全然人がいないところはキライなんだろ!?」
 僕は瞠目する。こんなにはっきりと言われたことも、初めてだ。そこまで言うと、悟浄の気が抜けたようだった。
「…奴も同じだろ。お前ら、どっか似てるんだよ。イラナイ、イラナイって言ってて本当は欲しがってるトコロとか」
 車のドアを開けて乗り込む。
「帰したくないんなら言わなきゃ絶対ぇ帰るぞ、あいつ。賢いようで馬鹿だから」

 走り出した悟浄は、自分ひとり切りになった車内で煙草に火をつけた。
「ホント、ふたり揃って賢い馬鹿。俺はお節介だけど」
 ハイライトの紫煙が後ろへ消えていった。

















 続く 







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