STAY WITH ME  
--- 年末年始的学生物語 1 --- 






















 その日は、大晦日だった。
 ゼミコンパ、サークルコンパが嵐の様に集中したクリスマスをなんとかやり過ごし、胃疲れ気味の自分の躯をなんとか誤魔化す。ところが年末も年末の大晦日に二年越しで忘年会&新年会をまとめてやろうという、横着な企画が数日前になって急に持ち上がったのだ。

「いくらなんでも実家に帰省してる人達も多いでしょうに…」
「ま、それもそうなんだけどさ。帰れない俺みたいな人種も多い訳よ。やっぱ寂しいじゃーーーん。それに、人数少ない分女の子も少なくってさあ。俺頼まれてんのよ。八戒来ると女増えるから絶対誘えって」
 僕を誘っているのは悟浄。そつなくこなす友人関係の中では結構親しい部類。自分だって女の子にはモテるでしょうに……。滅多やたらと愛想が良く、同性にも異性にも友人が多い悟浄は、僕をいろんな所へ引っ張り回すのが趣味らしい。同じく引っ張り出したい対象として、もうひとり……。
「同じ理由で三蔵も来るからさ」
 へえ、意外。忘年会一回で義理は充分果たしたとか、この間悟浄に言ってませんでしたっけ?
「麻雀の負け、それで精算してやるったら来るって」
 ああ、そういうことか。
「僕大家さんの所でお節作りの手伝いの約束もしてるんで、遅れて行くと思うんですけど、それでいいなら」
「よっしゃ! そう言ってくれると思ったよ。八戒。じゃ、これ集合場所ね」
 八戒は僕に紙切れを渡すと、さっさとどこかへ行ってしまった。忙しい人だ。それにしてもこんなせわしない企画に三蔵を担ぎ出すとは、悟浄も中々のやり手だ。
 また、歩み去った悟浄も思っていた。「あいつら、どっちか引っ張り込むと、大抵もう片一方も付いて来るの、自覚してんのかね」と。

「お邪魔しまーす」
「あ! 八戒ぃ! 待ってたんだあ」
 大家さんの所の悟空だ。いつも元気で人懐っこい高校生の男の子。弟がいたらこんな感じなのかもしれない。
「俺、大掃除の手伝いやらされてさあ。なんだか腹減っちゃってるのに、姉ちゃんが八戒来るまで待てって怒るんだよ」
「別に怒ってないでしょ、悟空」
「花喃さん、お邪魔します」
 同じく大家さんのお嬢さん。優しくてきれいな人だ。
『きれいなお姉さんは、好きですか?』って、昔のコマーシャル。あんな感じかなあ。彼女は来年の春、嫁いで行く……。きっと姉を見送るのってこんな風に、ちょっと嬉しさと寂しさの両方を感じるものなのかな、なんて思う。多分幸せな家庭を築くんだろう。
「八戒くん、お昼沢山作ったから食べてね。でね、まだ煮付けの面取りと飾り切りが終わらないの。食べ終わったら手伝ってね」
「俺ねえ、あと八戒に、紅白なますと栗きんとん作って欲しい!」
「あ、八戒くんのおなます、味付け良いのよねえ」
「僕、年寄りっ子だったんですよ。だからおばあちゃんの味」
 そう、両親を亡くしてから祖母に育てられた。祖母ももう亡くなったから、随分前から帰る家がない。そんな寂しさを、この大家さんの姉弟は癒してくれる。
 三蔵も確か、身寄りが無いと言っていた。彼は淋しくないのだろうか? ひとりきりで過ごすのは。
 集合時間の一時間遅れで、僕は走る。色とりどりのお節を重に詰め、暖かな雰囲気の家庭から、真冬の街に飛び込む。なんだか温度の差が実際よりも大きく感じられる。でもひとりきりの部屋に戻るのも似たようなものだ。街のざわめきは、それを忘れさせてくれることもあり、余計に思い起こさせることもある。
「ま、しょうがないですね」
 声に出さない独り言を言って、店に入った。

「おっせー」
「待ってたぜぇー」
 様々な声がする。駆けつけ三杯やらされる前にさっと視線を走らせる。……いた。三蔵は結構真ん中の方で悟浄に捕まえられている。黒のタートルネックで、黙ったままでひたすら飲み食いに専念しているようだった。
 時折、女の子が話しかけると悟浄が「どん」と肘で突く。そうすると、にっこりと愛想笑いをする。麻雀、幾ら負けたんだろうなあ。愛想とはいえ、本当に三蔵が笑うのは珍しい。周囲の女の子が、そのたびにざわめく。

「ほら、八戒。遅れてきたんだからコレ飲めよ」
 渡されたのは中ジョッキ。これ三杯ですかあ? 別にいいんですけど。
「そいつに飲ませるだけ無駄じゃねェか」
 三蔵の声が、学生集団の嬌声の中から一際響く。良い声なんだなあ。関心持って貰ったついでに頑張って飲もうか? 周囲の学友達が騒ぐ。
「ほらあ、やっぱ八戒バケツだよなあ」
「そ、それは流石にヤかも」
 女の子達がいかにも楽しげに笑う。たまにはこういうバカ騒ぎも楽しんでもいいかな?
 三蔵を振り向くと、彼もなんだかリラックスした様子でグラスを空けていた。

 二軒目はカラオケ屋。段々気分が良くなるか悪くなるかのどっちかで、へべれけの奴も出てきていた。
 これで歌うと吐く奴も出て来るぞ。なんて思いながらも悟浄が入れてくれたドリカムなんか歌ったりして。(悟浄は「これは八戒ソングだー!」なんて言うんだけど、何でだろ?確かに同じフレーズの続く歌は、段々気分が盛り上がって行くみたいで好きかもしれないけど?同性の恋愛の歌はなんだか気恥ずかしいけど異性の曲なら平気なんだけど)
 新し目の曲の繋がりに甘い恋の曲を一曲入れて、ちょっと選曲の流れを変えてやる。そういう風に僕のこと、利用するんですよねえ、悟浄は。悪意のない悟浄の利用の仕方は、ちょっとトモダチドウシのアマエっぽくて、時折嬉しくなくもないんですけどね。この次にはきっと「立ってるだけで華」の三蔵に白羽の矢が立つぞ……なんて思って見回すと。
 いつの間にか彼の姿が消えていた。

「三蔵!」
 僕の叫びと同時にポリバケツのひっくり返る音がした。
 三蔵の姿が見あたらないので、外の空気を吸ってくると言って店を出たばかりだった。コートも片袖を羽織りかけ。店の階段を降りてすぐの場所で三蔵の姿を発見した。見知らぬ男達をけっ飛ばす姿を。
「ンだァ? 酔っぱらいの分際で他人様に迷惑かけてんじゃねェよッ!!」
 そんなことを言いながら、起きあがろうとしてゴミの真ん中に手を突く人間を足蹴にする。
「ちょ…っ。さん…」
 こういう時に名前って言っていいのかなあ? 後でケーサツにばれたら困る?
 少しばかり間抜けだけど切実な疑問が湧いて来たので、何も言わずに三蔵の手を引いて走った。駅の反対方向へ数回曲がったりしながら走る。

 冬の冷え切って澄んだ空気の中、細い細い赤ん坊の爪みたいなクレセントムーンに向かって。減って行く通行人が振り返る中、手を繋いで星を見て全速で走る。
 三蔵も息を弾ませながらも文句も言わずに走り続けている。
「このへんで……いいですかねえ?」
 深呼吸しながら、笑いがこみ上げた。
「ったく。別にオレは大したことやってないぞ」
「いや、あれだけ倒れた人間を蹴ってたら犯罪者でしょう」
「ありゃ、あっちが絡むのが悪いんだ」
 そんなことを言いながら三蔵は、煙草を探してポケットに手を入れる。
「あ」
「なんです?」
「煙草買おうと思って外出てすぐに絡まれたから、買えなかった」
「……」
 そう言えば自販機の目の前で喧嘩してましたねえ。
「ま、おいおい店に戻りましょう」
 歩き出した僕は、三歩歩いてから振り向いた。
「三蔵?」
「……ヤダ」
 立ち止まり、思いっきり不満そうな顔で訴える。
「そろそろ歌わされる頃だからヤダ」
 そのぐらいお付き合いと諦めればいいじゃないですか。なんてことは言えない。どうも悟浄の中の三蔵のポジションというのは「立てば芍薬、座れば牡丹。歌う姿をヨシモトにしたい」なのだ。今回みたいにわざわざ麻雀の負け精算などを盾に取って、コミカルな曲を歌わせたりすることが多い。
「フジイの振り付け、事前にレクチャーされた…」
 あ、やっぱり。

「戻りたくないって、そんなこと言っても三蔵上着は?」
「店だけど、ヤダ」
「寒いでしょう?」
「ヤダ」
「もしかして財布も上着?」
「……」
「……鍵は?」
「それでもぜってェヤダ」
 先刻から結構飲んでるし、喧嘩したのも酔ってたからなのかなあ。走ったのも拙かったかなあ。三蔵、ほっぺ膨らませて唇をとがらせてる。なんだか子供みたいだ。
「確かに今日はずっと頑張ってたみたいですし、ちょっと可哀想ですかねえ」
「悟浄の大馬鹿のお陰で今日はもう疲れた」
「負けをナシにして貰えたんでしょ?」
「まあな」
「一体幾ら負けたんです?」
「……聞くな」
 自分の笑顔を安く売ってしまったのか、高く売りつけることが出来たのか。それにしても売ってしまったことが腹立たしいのか。そもそも負けたことが悔しいんだろうなあ、相当。
「しょうがないからうちに来ます?」
 ぱあっと花が咲くみたいな顔をされて、思わず胸が高鳴った。
「いいのか?」
「その代わり古いですよ。僕のアパート」
「泊めて貰えるのなら贅沢は言わない。だがオマエは戻らなくていいのか?」
「誘ってくれた悟浄には悪いけど、二軒も付き合いましたからねえ。そろそろ除夜の鐘でも静かに聞きたい気分です」
 三蔵は安心したのか、急に寒気を感じてきた様子だった。自分で自分の腕を抱きしめている。僕のコートを貸すと言っても、きっと受け取らないだろうし。コートのポケットに半分突っ込んであったマフラーを渡す。
「ありがとう。いろいろ悪いな」
 あ、三蔵が礼を言うなんて珍しい。先刻の笑顔といい今日は珍しいことだらけだ。







 続く 







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