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STAY WITH ME 2
--- 早春青嵐的物語 2 --- |
「……」
僕たちはまたしばらく黙っていた。真冬の空気が寒々しくて、星が遠すぎて、なんだかとても寂しい。三蔵が歩き始める。
「…三蔵!」
声を掛けたけど、どう続ければいいのか僕には判らない。
「…うち、来るか?」
三蔵がぼそりと言った。
「世話になったし。うちに、…遊びに?来るか?」
慣れない誘い。悲しい気分が少し小さくなった僕は、三蔵の横に走った。
だだっ広い部屋の中、壁に据え付けられたテレビだけが色の洪水をまき散らしている。誰かの顔だとか、建物だとか。知ってる街だとか、知らない街だとか。オトナの顔も、子供の顔も、老人の顔も。知らない顔、知らない顔、知らない顔、知らない顔……
「慣れたけど、誰もいない部屋ってのは好きにもなれないもんなんでな。人の気配が全くない部屋ってのは」
大の大人が自分を嗤っているのに、僕には小さな子供が真っ暗な部屋の真ん中で膝小僧を抱えている様に見える。
僕も似たようなものだから。部屋は小さいけれど、ひとりになると寒さに凍えそうな気になるから。ほんの少しだけ、自分が子供の頃家族に囲まれたり、祖母が頭を撫でてくれた手を思い出せるから、こたつに温もりを感じるのだから。
僕はずるい手を使う気になった。
「僕もひとりの部屋に帰るの、苦手なんです。暗くて、寒くて、誰もいないところなんか、嫌いなんです。あなたがいてくれた数日間、ずっと忘れてました。またひとりの部屋に帰るの、嫌なんです」
あなたをひとりの部屋に帰したくない。
暗くて、寒くて、誰もいないところになんか、帰したくない。
この数日間忘れていた、癒しようのないこの孤独感の中にあなたを帰したくない。
「…僕をひとりにしないでくれますか?」
三蔵は少し驚いて、それから花がほころぶみたいな笑顔を見せてくれた。
「…馬鹿だねえ、すぐ下じゃん…」
「なあ。八戒はあの人のだから姉ちゃんじゃダメなのか?」
「…お前まだ諦めてなかったのか…」
「うん…。だって、姉ちゃんも八戒もずっと一緒にいたいんだもん」
「そーれはワガママってもんなのよ。みんな死にもの狂いでそーゆー相手探してんのよ」
「へえ。悟浄もか?」
急に自分に話題が降りかかって慌てる悟浄。
「あー、ほら、俺はさ。猶予期間かな?はは。そおゆうお前はどうなんだよっ」
「俺?うーん。八戒のこと好きだけど、三蔵が気に入ったなっ♪三蔵狙ってみようっと」
「い゛い゛っ!?」
「俺、トイレ〜」
悟浄は呆然とその後ろ姿を見送る。ぽろりと煙草の灰が落ちた。
急に自分の名前が出てきて足が止まった。
階段の下、エントランスのドアが外へ向けて開いたままになっている。三蔵と花喃さんがそこにいた。
「最初に見たときに判ったの。八戒くん、今まで見たことがないくらいに嬉しそうだった。だからひとめで判ったの。八戒くんが初めて好きになった人だって」
「花喃…さん」
「ふふ、判っちゃった?そうなの。私も八戒くんのこと…」
風花が舞う。彼女の周りに。
「本当は少しだけ、好きだったの。だから…私の分も彼の傍にいてね」
風花が舞う。三蔵の周りに。
「あの子、だーれも今まで好きになったことなかったのね。自分しかいなかったのね。それがよく判った。たったひとりに出逢うまで、誰も好きじゃなかった。だから誰にでも優しかったのね、って…」
彼女が、とてもきれいに微笑んだ。
「私もね、結婚する人、大好きなの。とても大事にするわ、一生。でも八戒くんの傍に誰か大好きな人がいないのがずっと不安だったの」
風花が彼女の髪を、躯を飾り、それは近い将来彼女が纏う純白のレースを思わせた。
「ねえ?一生傍にいてあげてね」
僕の酷薄を察知した彼女は、もうすぐこの家からいなくなってしまうのか。僕の酷薄を心配してくれた彼女は、行ってしまうのか。最後まで僕のことを心配して。
「あの子、絶対に寂しがりやの欲張りの焼き餅妬きさんになるわ。覚悟しておかなくちゃね」
「オレはっ!」
三蔵は真剣な声を出した。
「オレは…。八戒と一緒にいると、一番落ち着く。他の誰も八戒の替わりにならない。だから…傍にいる。ずっと」
彼女はくすくすと笑う。
「ねえ、最後に意地悪していい?」
「は?」
「八戒くんのこと、好き?」
笑顔のままで、これ以上ないくらいに真摯な声。
「言って」
「……好き、だ…」
小さな声が聞こえた。そして続けてはっきりと…。
「オレは、八戒が好きだから、ずっと一緒にいる」
彼女は鈴の音を転がす、というような笑い声を上げる。とても嬉しそうに。
「ありがとう。聞かせてくれて。意地悪してごめんね。これが最後の意地悪にするわ。そして最後の八戒くんへのプレゼントね」
慌てて三蔵が振り向く。真っ赤になった顔が僕を見る。
「ありがとうね、三蔵くん、八戒くん。ふたりとも大好き」
そういうと彼女は母屋へ走って行った。風花が最後まで彼女を飾った。
「好きなだけ言って行っちまったなあ…。意地悪だと…?」
いささか呆然として三蔵がつぶやく。
「意地悪されたのなんか、生まれて初めてだぞ…?」
真剣な顔に僕は笑い出す。
「てめェ…。でもオレは言ったからなっ!オマエも言えっ!」
「はい。好きですよ。あなたのことが、とっても好きですよ」
「…!オマエらずるいぞ!!なんでそんなに素直に言うんだ!?フツー言うか!?」
「だって、三蔵が言えって言ったんじゃないですか。僕がずるいの知りませんでした?」
「知るか!」
「僕はずるくて意地悪で寂しがりやの欲張りの焼き餅妬きなんですよ。彼女の言う通り」
逃げ出そうとする三蔵の腕を掴む。
「ね、それでも一緒にいてくれるんでしょ?」
「まだ言わすか」
「ええ、言わせます」
「……一緒にいてやる!オマエも一緒にいろ!!」
僕たちは幸せに笑った。
とてもとても幸せに笑った。