BLOWIN' - 3 - 
「三蔵、コーヒー飲みます?」
「ああ」
 コーヒーの芳香と、単に名前を呼ぶ為だけに発せられた言葉は、夜の静寂に柔らかく漂い隙間を埋めて行く。先程まで風にあおられていたカーテンはぴたりと閉じられ、今は外の世界と、落ちついた室内とをそっと隔てている。

 三蔵は新聞に顔を向けたままでコーヒーカップに手を伸ばした。ほろ苦い湯気に鼻腔をくすぐられ、ふと思い付いて側に立ったままだった八戒に声を掛ける。
「スコッチがあった筈だ。あれひと垂らし」
「ひと垂らしですね」
「おれに注文つけるか」
「いえいえ。確認です、単なる確認」
 三蔵が手に持ったままだったカップに、八戒はスコッチを少し入れた。
 視線を新聞に向けたまま芳香に甘美さが混じった液体をゆっくりと含み、三蔵の表情が微かにほころんだ。その数ミリの口角の動きを見て、更に八戒は微笑む。
「…なんだ?」
「何でもありませんよ。…いい香りですね」
「ああ」
 三蔵に「ひと垂らし」を強調した八戒が、自分のカップには少し多めにスコッチを垂らす。
「おい…」
「だから先刻のは確認だって言ったじゃないですか。確認だって。たまにはね、香りを楽しむのもいいでしょう」
 嬉しげに笑う八戒は、カップを持ったままで三蔵の後ろへ行き、髪の中に指を差し入れた。
「おい、まだオレの髪にこだわってんのか!」
 心底呆れた口調の三蔵をよそに、豊かな金糸をまさぐり手触りを楽しむ。すくい取り指を滑らせると、はらはらと光が実体化したかのように落ちて行った。
「美味しいコーヒー。甘い香り。芳しいあなたの髪。楽しまない方が罪でしょう」
「オレを弄んでやがんのか。いい度胸だな。オレがたった今撃たないのは、単に両手がふさがってるからってだけだぞ」
「とっくにあなたに射抜かれてるんですけどね。心臓あたり」
「いけしゃあしゃあってコトバ、知ってるか」
「いけしゃあしゃあもヌケヌケも、どうやら環境によって鍛錬されるみたいですね」
「個人の資質だろうが」
「…ああ、香りを聞くときは、静かにね」
「ワガママ」
「あなたが言うんですか」
 八戒は三蔵の髪に顔を埋めながら、楽しそうに笑った。笑いながら髪に接吻けた。

 からになったカップはテーブルの上で徐々に温度を失って行く。ベッドに腰掛けた八戒は、それを見ながら自分の膝の上の頭の重みを楽しんだ。
 両手の指を潜らせた髪は、硬質な輝きとは裏腹な体温の温もりがある。
「太陽の光のように感じることもあれば、金属みたいに冷たく輝いて見えることもあるんですよ。…触れるとこんなに暖かいのにね」
「こんなにずうずうしく触れて確かめるヤツも他にいねェよ」
 ベッドに横たわり八戒の膝に頭を抱え込まれた三蔵は、鬱陶しそうに目を眇めた。宿の低い天井と、下げられた電灯、ゆっくりと回転するファンが、八戒の頭越しに見える。静かな部屋に、自分達の立てる微かな衣擦れしか存在しないのが、心地よかった。
 長い指がまた髪をさらい、三蔵の白い額が露わにされる。
「そう、誰にも触らせたくはないですねえ。…悟浄も多分もうしないでしょうけど」
「オマエ何やったんだよ」
「なあんにも」
「それはいけしゃあしゃとも違う、単なる嘘だな」
「そうかもしれません」
「今のがヌケヌケ」
 僅かに片頬を引き上げながら、三蔵は自分の機嫌がよい方らしいと感じた。額に八戒の体温を感じながら、目蓋を伏せて袂のマルボロのパッケージを取り出す。
「!」
「はい、寝煙草は禁止ですよ」
 自分の手から奪われたパッケージに、八戒の目前に中指を突き立てて抗議する。
「寝煙草が禁止ならば、起きるまでだ」
「じゃ、今晩だけ特別にね」
 八戒は三蔵の中指に音を立てて接吻けてから、パッケージの煙草を一本銜え取った。勝手に三蔵の袂に手を突っ込み、ライターを捜し出す。
「こら」
 三蔵が起き上がろうとするのを額の上の掌で押さえ込むと、火を付けて深々と一息吸う。
「ああ、煙たい。あなたも悟浄も、よくこんなモノ吸いますねえ」
「文句があるならさっさと返せ」
「はい」
 睨み付ける三蔵の唇に、マルボロを挟ませる。

 煙を避けて僅かに上体を逸らした八戒は、それでも三蔵の髪に指を挿し入れたままだった。部屋の灯りに青白く反射する紫煙が、揺らぎながら天井に溜まって行く。
「本当に煙たくって…でもマルボロって甘い香りしますね。ちょっと甘ったるい感じ」
「おい。本当に起きあがるぞ」
「駄目。もうちょっとだけね。こういう風な怠惰な姿も、たまにはいいでしょう?」
「ワガママな悪趣味だ。…おい、灰皿」
「はい」
 八戒が持つ灰皿に、寝そべりながら掌を上に向けて灰を落とす。
「…ああ、本当に怠惰な図。堕落した姿」
「オマエの望みだろ」
「そう。たまにはね。僕の膝の上の怠惰で甘ったるい香りをさせた三蔵。堕落した姿さえ、きれいですよ」

 嬉しげな八戒の声に三蔵は鼻にしわを寄せた。八戒はそれを見て、また嬉しげに髪を掻き回す。
「怠惰できれいな三蔵、万歳。…そう、ほんのたまにはね」















 続く 







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◆ アトガキ ◆
ああ、全然小洒落てないですねえ
「三蔵様にこんなことしたいv」の甘やかしバージョンってだけですねえ
甘やかし…というか、単にヌルい?
コーヒーに垂らしたスコッチはベルズ希望
(ボトルが鐘の形の陶器なので携帯には向きません)
ホットミルクに入れるのが実は好きなんです
…あー。そのまんまが本当は一番好きですけど
い、いかん、三蔵甘甘小洒落ストーリー(希望)までがアルコール臭にまみれとるっ