BLOWIN' - 1 - 
 暖かな日が続き、砂漠の黄砂に空が染まる。
 乾いた大地にも僅かな緑が萌え出し、根を伸ばし地表をひび割らせる。これで雨でも降れば、染み込んだ水に一夜にしてこの辺りに緑の絨毯が現れるだろう。舞い上がる黄砂が少しは収まるだろうから、この旅を続けるには都合がいい。早く、柔らかな土に、萌葱の芽が一面に広がるようになればいい。
 萌葱が一面に広がるようになればいい。
「三蔵、また寝てんの?」
「朝は早いは、昼寝はするは…子供か年寄りかのどっちかじゃねーかよ」
「……起きてる」
 春先の黄砂を避ける為に、三蔵はここの所被布を着用することが多かった。日差しがきつくなって来たということもあり、乗車の移動中は深々とそれを被っている。真っ白な練り絹にすっぽりと覆われ、たまに風に煽られると金糸がはみ出し、白い指でそれを押さえ込む。
 それはそれで運転席や後部座席から見て風情を感じるものではあるのだが、如何せん三蔵が普段以上にむっつりと黙り込む度合いも深くなっている。その点で同乗者達は物足りなさを感じていた。
「三蔵ー、俺なんだか退屈ー」
「そーそー。平素のコミュニケイションってやっぱ大事だぜぇ。ほれ、たまにはお愛想くらい振り撒いてよ」
「…てめェら、そんなに死にてェのか」
 懐のS&Wに手を伸ばすが、途端に被布が風に大きくはためく。三蔵の手をすり抜けた布地を、悟浄と悟空が捕まえた。二人が見やると、振り向いた三蔵の髪があっという間に風になぶられ、くしゃくしゃとその顔を縁取っていた。口の中にも砂が入ったらしく、苦虫をかみつぶす様な表情をする。
「ようやく三蔵の顔、見られた」
 嬉しげな悟空の声に、三蔵はまた苦々しげな表情を深くする。
「…けっ。バカくせえ」
「馬鹿なコトじゃ、ないんですよ」
 ハンドルの上で指先をひらひらとさせながら八戒が応える。
「早く黄砂が収まってくれないと、僕たちも淋しくってしょうがないですよ」
 にっこりと笑い掛けて来る八戒に、三蔵は何かひとこと返そうかと口を開きかけるが、またも砂が吹き付けてくる。
「…前を向いて運転しろ」
 ひとことだけ言うと、前にもまして体中に被布を巻き付けた。
 宿に着くと、三蔵はまず一番に浴室へと急ぐ。野宿であればどんな悪条件にも文句を言つもりもないが、やはり全身が砂まみれであるのは不快なのだ。熱めのシャワーに全身を打たれ、一息つける。
 バスタブの中、ふと見た足元に細かな砂が溜まっているのを見つけてうんざりとする。どうやら髪の中に砂が入り込むらしい。耳の中まで砂利っぽいのも閉口する。
 アンダーウェアだけを着込み、法衣を羽織って髪を拭きながら浴室を出る。
「さっぱり出来ました?」
 そのままベッドにどさりと腰を下ろした三蔵に、荷物の整理をしていた八戒が声を掛ける。
「ああ。髪の中までじゃりじゃりだった。いっそ切っちまった方がすっきりするな」
 頭を覆うタオルの影が濃くなったような気がして三蔵は目を上げた。
「駄目です」
 音もなく八戒が目の前に立っていた。
「絶対に駄目です」
 微笑みながら八戒が重ねて言う。
「あぁ?髪か?…オレの髪だ。伸ばすも切るもオレの勝手だ」
 条件反射の様に即座に出てくる言葉に、八戒が益々笑みを深くする。
「ああ、ではお願いします。切らないでください」
 八戒は腰掛ける三蔵の前に跪き、タオルに手をかけると髪を拭き出した。滴をタオルに吸わせ、ゆっくりと地肌までマッサージするように髪を乾かす。重く濡れていた髪が、水分が飛ばされるごとに明るく金の輝きを取り戻す。
「…こんなにきれいな髪を切るなんて、どうか言わないでくださいね。破戒僧としても剃髪しないという主義主張がこもってるんじゃないですか?それでいて説法すれば金糸の髪が神々しいだなんて、頭の固い連中の気に障って面白いじゃないですか」
 髪の間に指を通し、ふわふわと空気を含ませる。
 丁寧に髪を乾かされた三蔵は、頭皮のマッサージ効果に幾分か気分が和らいだ様だった。
「八戒。てめェが笑う時は、本当に何時でもなんか企む時だな。オレはそんなに判りやすい主張なんかしねェんだよ。自分の好き勝手に放ってあるだけだ。…でも気持ちはよかったな」
 八戒がこめかみの周辺に親指をゆっくりと押し当てると、三蔵は目を瞑った。
「…砂が鬱陶しいから、本当は邪魔なんだ」
「僕が切って欲しくないんです」
「どうしてだ」
「あなたがきれいだから。あなたの大事な一部だから」
 ゆっくり施されるマッサージに、三蔵は気持ちよさそうに吐息を吐く。
「なんなら、今度は髪の毛も洗いますよ」
「それはいらねェよ。でもこれは気持ちいいな」
 うっすらと眼を開けた三蔵の顔を、八戒は覗き込んだ。
「幾らでもしますから。だからお願いだから切らないでください」
 甘く接吻けながら、続ける。
「僕のささやかな願いごとなんです。…この髪を切らないで…また触れさせて…」
「さあな」
 気分よさそうに眼を瞑り、三蔵は笑った。
「さあな」

 瞑られた目蓋に口付けた八戒は、法衣がはだけて剥き出しになった三蔵の肩に手をかけようとした。
「八戒。オレはマッサージで眠たくなった。一眠りするから出てけ」
「……またそういう身勝手なことを……」
「文句を言うと、また髪を切りたくなるぞ」
「はいはい」
 盛大なため息を付きながら部屋を出ようとする八戒に、三蔵は声を掛ける。
「メシまで起こすな。それと……気持ちよかった。今の」
 毛布を自分の躯に掛けながらにやりと笑い、そのまま背を向けてしまう。
 ドアを背に閉じた八戒は、再び大きなため息をついた。
「…全く。あの人はどこでああいう手管を覚えるんでしょうねえ。性悪なんだから…」
 悟浄と悟空の部屋をノックしながら、八戒は考えていた。
 完全に乾ききらない髪で眠ったから、多分寝癖がついてしまうだろう。二人にそれを絶対にからかわないように言っておかなくては。今からかわれたら、また三蔵はスネてしまうだろう。また髪を切ると言い出すだろう…。
「僕もどうしてあーゆー人がいいんだか…」
 開かれたドアに、八戒は微笑みながらまたため息を付く。

 ひとりになった部屋で、三蔵は大きく伸びをした。
 車上での眠りは浅く、埃っぽい素肌は常に不快感がある。こざっぱり出来たし、先程のマッサージで眼も肩もすっきりとした。脚を伸ばせるのも気分がいい。
 八戒の…さっきのあれはよかったな。躯がラクになったし。なんだか気分がいい。
 別にオレの髪なんかどうでもいいんだが。
 放ってあるだけだから、切ろうが切るまいがどっちでも。
 もう少ししたら、大地に緑が萌え出す。萌葱に浅黄に若葉色が砂漠のあちこちに広がり出す。そうすれば、風が心地よくなるだろう。
 快い緑に染まった風に髪をなぶられるのは、少し好きだ。…だから髪を切るのは、多少勿体ない気もしている。

 三蔵は、毛布の中で寝返りを打ちながら独りで笑う。

 ……それは言わなくてもいいな。
 八戒を安心させてやらなくても、別にいいよな。















 続く 







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◆ アトガキ ◆
あまあまストーリーで、三蔵様をいい目に合わせようと思ったんです。
だから我が儘三蔵に、振り回され八戒……。
いかがですか?三蔵至上の方々、三蔵様、気分良さそうですか?
ああ、どして私に爽快感がないの?
三蔵愛してる筈なのに、八戒が尽くすだけじゃ我慢出来ない躯になっちゃったの??
…しかし、この設定続けるつもりです
三蔵至上ストーリーに挑戦致します……
(とっても自滅な予感)