la nuit 
君と過ごすは……

美しき夜



「今宵一夜…望むままに……」

夜気に拡がる白薔薇の、胸かき乱す香気のような。
羞じらいに頬染めつつの誘いに、八戒の鼓動は早鐘を打つ。

「…今夜はもう、離しません」

こわれ物を扱うように、恭しく三蔵を抱き上げ運ぶ八戒。

寝室のドアを潜る瞬間、
背に回された三蔵の指先に絡むように力が籠るのに、微笑を誘われる。

「…何だ。ニヤけやがって」

照れが勝り、ついつい溢れる憎まれ口にも、
甘い声音が隠し切れない。

「幸せだなあって、そう改めて感じてるんです。
 こうやって、貴方が目の前にいてくれる」

三蔵をそっと寝台に座らせ、八戒はその隣に腰掛ける。

夜毎を過ごす、ふたりの部屋
目の前の人
美しき思い人

「貴方と共に過ごせる奇跡。
 貴方が……僕の腕の中にいてくれる幸福。
 まるで夢のような……」

深い碧色の瞳に、金の輝きが映り込む。
自分だけを映し込むそれが近付く程に、三蔵の胸に切ないものが満ちる。

「ばぁか。
 夢みたいな…消えちまうようなモンと一緒にするな」

切なさが、胸を満たし溢れて行く。

「夢ナンカじゃなくて、
 ……俺を包んでくれる、この腕が。
 俺だけを見つめてくれる、お前の瞳が」

あのまま寺院での生活を続けていたら、こんなにも愛しさを知ることはなかった。 
こんなにも胸苦しい、切なさを知ることもなかった。

夢と消えることを畏れる程の、深い幸福を知ることはなかった。

「…お前がいるから、俺こそ…幸福なんだ。
 俺はお前を……本当に幸福にしているか?」

間近に合わせた瞳と瞳が、口には出さぬ想いまでもを伝え合う。
暖かな想いを、感じ合う。
ゆっくりと、幸せなふたりは目蓋を閉ざし。
唇が、熱さを伝え合う為に触れ合わされる。
微かに触れ、やがて深く深く。

「……ん……」

褥に柔らかに倒れ散らばる金糸。
高まる熱が覆い被さって来るのを感じた三蔵は、白い掌を八戒の頬に添えた。

「俺はこんなにも……幸福だ
 お前は……幸福か?
 俺はお前を幸福にしているか?」

目元を紅に染めながら、身を起こして唇を落とす。
驚きに目を見開いた八戒の、頬に、額に、唇に。

「///……目くらい、閉じろっ///」

目蓋に。
八戒の躯に乗り上げては、
額にかかる黒髪を、柔らかく掻き上げながら唇を落として行く。

ふたりで見た淡雪の、羽毛のような柔らかさで、
愛しい気持ちのこめられた。
穢れなき唇。
穢れなき人。

八戒は三蔵の背に腕を回し、金の髪に掌を滑らせた。
初な唇と、不慣れな舌が、戸惑いながら八戒の唇を探る。

「僕は…幸せです」

「多分、世界で一番幸せです」

「世界中で、一番」

「僕の……天使……」

八戒の指が、金の髪に深く潜り込み、強く引き寄せる。

「……ふ……ん…んんっ……あ…」

急に荒々しさを増した唇に、付いて行くのが必死な三蔵。
切なげに眉を寄せた表情と、八戒の躯を跨ぐ自分の姿態が、
どれだけ熱を駆り立てるものであるのか、気付く余裕もない。

拙く息を継ぐ三蔵の喉に、八戒の唇が移動する。
呼吸と共に喘ぎが洩れ、三蔵は羞恥に赤面をするが、八戒は却って染まる耳朶を唇に含む。
何時の間にやら、しどけなく広げられた襟元から、芳る素肌が現れている。
八戒の躯を跨いだままだった三蔵の、その法衣の裾を割って、
滑らかな腿の手触りを楽しむ掌がある。

「……あ……」

恥ずかしさに怖じ、思わず身を引こうとする三蔵。
普段は優しい八戒の腕が、それを許さず引き留めた。

    そのままでいて。
 逃げないでください」

熱い吐息で囁かれ、三蔵の背は甘美な震えに慄く。

「どうか…そのままの貴方の姿を隠さないで。
 照れたりしないで」

自分の身を三蔵に跨がせたまま、八戒はゆっくりと躯を起こした。
膝立ちの三蔵を引き寄せて、暴いたばかりの、真白な素肌に口付ける。

「ふ……あぁっ…!?」

八戒の腕に強く引き寄せられた腰を支点に、三蔵の背がきれいに撓った。

「……はっか……ふぅん…っ……!」

内腿を辿っていた掌は、今は三蔵を乱れさせる為に蠢いている。
熱い唇は薄い膚に、薄桃色の花びらを、散らしてはまた彷徨って行く。

「……んんんっ……っ……」

快楽に白い喉を仰け反らせ、また、胸元の飾りを苛まれ、
三蔵の息は弾み、瞳は濡れて行くばかり。

涙が零れ落ちそうな紫暗の瞳を、深碧の瞳が覗き込む。

「……貴方の声を、聞かせて。
唇を噛んで…堪えないで下さい。
僕の前で抑えないで下さい」

快楽と羞恥心の間で、三蔵は困って泣き出しそうな表情を浮かべる。
いつも優しい抱擁で、揺りかごのように自分を快感の真っ只中に連れて行ってくれる
この良人が、今夜は中々赦してくれない。

「今宵一夜……貴方のそのままの姿を、僕に隠さないで」
「ひぁ…っ…!」

ちくん、と。

切なさの後を引く、小さな痛みが。

「…っああ!……はっかいっ……やッ……」

甘く苛み、噛み痕を付け、深く探り、追い立てる。
三蔵の瞳から、困惑の色がやがて消える。

「……ンああっ。……はあっ。あ・ああっ……はっかい、そっ…!」

熱い腕に支えられ、黒髪を抱き締めるように。
自分の触れて欲しい所へ、導くように。
……ねだるように。
黒髪をまさぐり、引き寄せる。

「ああッ。……ふぅ…ッん……ソ・レ、いッ……!」
「…いや、ですか。いいンですか」

問いかける声音に髪を振り乱して、堅く閉ざした目蓋の隙間から、
涙の一粒を零し。

「……はっかい……」
「三蔵、世界で一番きれいですよ。
 貴方は僕の……僕の為にこの世に降りてくれた……堕天使」

黒髪と肩口にしがみついていた細身の躯から、力が抜ける。
ずるりと、
八戒の上に。
脱力した躯が崩れ落ち。

「……っ!」

八戒の熱を躯の中心で感じた三蔵は、そのまま自分の熱を放った。










シーツの上に、しどけなく横たわる人の、信じられないほどの美しさ。
熱情の名残を帯びた、掠れ気味の声で、名を呼ぶ。
白い指先が、黒い前髪に一瞬絡み、そして流れた。

「……積もったかな」

ベッドサイドに置いた白薔薇の、花弁にそっと珊瑚の爪が触れる。
はらり。
淡雪のごと。
羽根のごと。
目の前の美しい人が施す、穢れなき口付けのごと。

ひとひらの、真白な花びらが、香を漂わせながら舞った。

「朝になって積もってたら……」

くすりと、楽しそうに微笑む。
まだ自分の腕の中にいるというのに、
銀世界に大喜びをする、やんちゃな二つの顔を想い浮かべているのだろう。
八戒は、多少の抗議をこめて、三蔵を引き寄せる。

引き寄せたその人の、
幸福そうな、
楽しそうな、
愛情に満ちあふれた瞳が。


アイシテル


喜びに満ちあふれた唇が。


アイシテル


求め絡む腕が。


アイシテル






規則的な呼吸と、緩やかに揺れる髪
唇に微笑みをたたえつつ
抱き合いながら夢に落ち
褥に舞い落ちた白薔薇のひとひら、ひとひらは
優しく香る

幸福に漂うふたりの……
la nuit   
                                 






 fine 







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◆ note ◆
龍之介さんの猪さんご一家の、「夜編」を書かせて頂きました
三蔵様の可憐さや、八戒さんの優しさは、何処へ行ってしまったのかという^^;
龍之介さんに、お引っ越し間近!の露払いの捧げものです
(えっちーのはサイトにアップなされないかもとのことですから、
どうじょ、パソ奥にナイナイしちゃってくださいね)