◇◆◇ タマシイガ、鳴イテル     



    まず、くだらないことが気になる
    ソレが大事なことに思える
    ナニを聞いてもオカシク聞こえる
    自分の言うことも、この上なく面白いような気がする

    記憶がどんどん遡って行ってしまったりもする
    大切なことを想い出したりもする
    それが、いかに素晴らしかったか
    それが、いかに悲しかったかを
    誰かに訴えたいと思ったりする

    何かに執着して、そのことを真剣に論じているつもりが
    全然違う話になっていても全く気付かない
    全身全霊をかけて語ってしまう
    それを翌日覚えてない

    人生はカクテルのようにフクザツで甘い
    人生はミキシンググラスの様に何もかもを受け入れる


「………」
「………」
「………」

「…なあ?」
「ええ」
「寝ちまったのか?」
「…ええ」

 静かな酒場で、たった3人の客だった。
 お子さまはとっくに眠り、騒がしい音楽も、色彩と香りを振りまくオンナもおらず、唯、ストイックに酒を楽しむ夜、の筈だった。

「今夜は貸し切りの様ですね」
 バーテンダーはひとことだけで、静かに酒を作り、シェイカーを振り、グラスを磨き、氷を砕くだけだった。
 アイリッシュウイスキーが妙に揃っていることも、レアな銘柄がひっそりと並んでいることも、途中で気付かなかったら、そのままだった筈だ。
 味わいと芳醇な香りを楽しみ、精神に染み込む刺激と安らぎを堪能し、ゆっくりと語り出す。
 調子に乗って話題に合わせたカクテルを、その場その場で頼んでみると、要望通りに現れたりする、この有頂天さ。高揚感。
 勿論、全てを飲み込むのは、人生への礼節の最大の表し方。

 普段「これ以上ない」という程に、横暴横柄傍若無人、鬼畜サイアク我が儘一杯、天上天下唯我独尊、寄りにも依ってなヤロウに限って、妙にナーヴなことを溜め込んでいたり、深遠なことを語りだしたり……。
 そういうことに、閉口したり、面白がったりということも、また楽しみな、愉しみであったり。

  邪魔するものなく、思考を語り
  邪魔することなく、私行を語らせ
  邪魔するものなく、嗜好が現れ

「おい、こんだけ聞いちゃって大丈夫?明日起きたら、俺達コロされんじゃねーの?」
「まあ、その可能性が皆無とは言えませんが。どうも、記憶なくなるらしいんですよこの人。このくらいの深酒で、このくらいの語り入る時って」
「…記憶、ねー方がいいかもなあ」
「人生の恩赦でしょうねえ。忘却というものは」


    雑音の混じる、楽園
    雑多の交わる、楽園
    人生は、シャングリ・ラ
    甘く、渋く、酸い、シャングリ・ラ
    ほろ苦い芳醇と手に落ちた果実
    沈み込むカウンタートップは、
    恐らくどんなに上質な女よりも、冷たく滑らか
    恐らくどんなに上等な教師よりも、賢く雄弁


 勘定書にサインを書き込み、「今夜はどうも」などと軽薄なウィンクをして背を向け掛けると
「またのお越しをお待ちしております。お好みの傾向のお酒、多分また充実する筈ですから。勿論、バーテンダーの記憶というものは、都合よく出来ておりますので」
 酒の好みは覚えておくよ、というバーテンダー氏の目線は、飽くまでも上品に自然に、背中で眠る男には留まらない。

 こういうのこそが躾というものなのだろう、などと霧のかかった思考を巡らす。
 またここへ来て「いらっしゃいませ」と、静かな声を聞きたいと…。


    揺られる船に運ばれる
    どこまでも
    人生はシャングリ・ラ
    甘く、渋く、酸く続く
    どこまでも





fin.








初出:「三蔵の日企画」Shangrila -君のいた楽園- 様(KIKOさん)
この投稿作を書いた当時、「楽園」のシャングリラとカクテルのサングリアとを
混同していたなどとは…秘密です
こんなに情け無いssなのに、企画の本を出した時にこの中の一節使って貰えて
実は感動していたり…
少々改訂アリ
もう一編の投稿作「sweet play」はこちら



《HOME》 《NOVELS TOP》 《BOX SEATS》 《SERIES STORIES》 《83 PROJECT》