◇◆◇ sweet play     




   さらさらと流れる金糸が、陽光の下梳られる。
   輝く絹の手触りが、思わず掌に感じられそうなきらめきと、
   けぶるような物憂げさの横顔。
   額から鼻筋にかけての完璧な線。
   薄目の顎に、唇だけが花のよう。
   持ち上げられた金糸に、白きうなじが露わにされる。
   続けて梳るその指の、整えられた爪が柔肌をかすり…


「痛ッ」
「あ、すまん」
「いや、声が出ただけだ。痛くはない。…でもさっさと済ませろ」
「ケチ臭いこと言うんじゃないよ、俺のタマのお愉しみなんだからさ。自分で丁寧に手入れするってんなら、多少は譲ってやるけどよ」
「……勝手にしろ」
「よしよし、大人しくしてな。もうイタくしねえから。うんと優しくしてやっからさ…と。なんだお前、なんか用事か?」
「ん?」

 天界軍元帥天蓬は、暫し茫然と立ち尽くす。
 金蝉童子の執務室に、美味い茶菓子が手に入ったことを口実に立ち寄ったのだ。薄く開いていた扉に、ノックもせずに顔を覗かせると…先ほどの光景が目に入った。
 観世音菩薩、金蝉童子の髪をクシケヅるの図。
 中々麗しい光景の様ではあるが…。

「ホラ、動くんじゃないよ。イイコだから大人しくしてな。気持ちよくしてやっからさ」
 観世音菩薩の長い爪が金蝉の髪の上を行き来する、どうもその指の動き方が。慈愛とお慈悲の象徴の、そのお方の口の利き様が。
「先刻から長ェんだよ。痛くしないなんて嘘ばっか言いやがって」
 髪を梳かされているだけの金蝉童子の、その諦めきった従順な姿態とは裏腹の台詞が、これまた………。
「なんだか、凄く、いんやらしいんですけど…」

「あ!?」
 金蝉は、窓辺に置かれた椅子に座したまま首を天蓬に向ける。観音はそれにまた文句を言いつつも、にたり、と笑んだ。
「羨ましいんだろ?天蓬元帥」
 負けじと微笑む天蓬元帥。
「ええまあ。楽しそうだなあと思うことにやぶさかではありませんが」

 殆ど『ゴジラ対キングギドラ、微笑の決戦』である。『おろち丸対瀧夜叉姫、天界スペクタクル編』である。その真ん中で金蝉童子が、じたばたとし始めた。
「てめェら、なんだと言うんだ!?痛ェ、離せよ、髪!…なんなんだっ!?」
「観世音菩薩、どうぞそのまま続けてください。僕も貴方のお邪魔をする気で来た訳じゃありませんから。ほら、コレ持って来たんですよ。美味しいお茶菓子が手に入ったもので」
「…なんだ?」
「桜餅です。中の餡がすごく美味しかったもので、金蝉、貴方の口にも合うんじゃないかと思って」
 言うが早いか、楊子で切った小さなひと欠片を金蝉の口に放り込む。
「…ん、美味いな」
「さ、これも持って来たんです。甘くて美味しいですよ」
 手許の赤いとっくりには、お白酒。見れば盆には桃のひと枝が添えられている。季節感溢れるセッティングである。
「ちゃんとした造り酒屋で作ったお白酒ですから、これは本当に美味しいですよ」 
「…天蓬元帥。餌付けと来たか。この策士めが」
「お褒めに与り光栄です」
「誉めとらん、誉めとらん」

 今ひとつ状況の分かり切っていない金蝉のみが、首を傾げながら真ん中に座っている。
「おい、なんで自分で食っちゃいけないんだ。赤ん坊でもあるまいし、口元まで運ぶな!」
「だって、観世音菩薩には髪の毛梳かして貰ってるじゃないですか。僕にも世話を焼かせてください。そうでないと、だだこねますよ。ごねますよ。すねますよ。ストしますよ。キレますよ?」
「ああ、なんだって言うんだ…。鬱陶しいのがふたりに増えた…」
「金蝉、気にし過ぎるとハゲるぞ」
「そうですよ。ハゲますよ。金髪のハゲは悲しいですよ」
 …金蝉童子はもう逆らう気力も起きなくなってしまったようだった。

「ほら、口を開けてください。そうそう、いい子ですね。美味しいですか?」
「ん…」
「そんなに慌てなくっても、ちゃんとあげますよ」
「ん…むぐ…」
「もっと大きな口開けて。入り切らないから。ほら、こぼれてしまう…」
「あ…むぐっ…」
「じゃ、これ飲ませてあげましょうね。全部、全部飲んでくださいね」
「…ぐっ!…んー!んーー!」
「コラ、上向かせるなよ。こっちが出来ねえじゃねえか」
「先に初めてたのは貴方ですから、こっちにも少しは回してくださいよ。…ホラ、口の周り、汚れちゃったじゃないですか」
 言うが早いか、天蓬は親指で拭い取ると金蝉の唇に寄せる。
「ね…、舐めてくださいv」
「むぐーっ!むぐーっ!」
「…おい、天蓬元帥。突っ込むなよ、流石に…」
「え?」(にっこり)
「むむぐーーーーっ!!!」
 ……。


 …それから、どれ程の時間が経過しただろうか。
 ふたりの人物から解放された金蝉童子は、暫く座ったままで茫然としていた。よろよろと立ち上がり、執務机まで辿り着くと突っ伏す。
「なんだったんだ…なんだったんだ…」
 考えるのもイヤな単語が頭に浮かぶ。
「されたことはないが…強○されるのって、こんなカンジか…?」

 後に残された桃のひと枝だけが、静かに金蝉を見守っていた。


◇本日の教訓◇
 君、そういうコトバ知ってるんだったら、もうちょっとテイコウしなさいよ。





fin.








初出:「三蔵の日企画」Shangrila -君のいた楽園- 様(KIKOさん)
3月3日の三蔵の日企画とのことで、お雛様セット(?)で書いてみました
観音・金蝉の組み合わせ、大好きです
もう一編の投稿作「タマシイガ、鳴イテル」はこちら



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