超鬼畜生臭坊主、わがまま、横柄、傲岸不遜、天上天下唯我独尊、
タカビー、高慢、ベルサイユにいらっしゃい…
とかく態度のエラそうなこと、天界まで知られ渡るという第三十一代東亜玄奘三蔵法師様が…
…青ざめた顔など、滅多に見られるものだろうか?(いや、ない…)
A CHANPAGNE RHAPSODY 1−シャンパン狂想曲−


毎度毎度の旅の食堂
鄙びた村には稀なる美味珍味美酒銘酒が取り揃ったメニューに、4人の“無法者”達は舌鼓を打った後だった
中央からは遠く離れた山村なれど近くに巨大な淡水湖があるとかで、地元でのみ食せる珍しい魚はもとより、 超高級美品真珠の隠れた生産地として昔から豊かな地方であるそうだ
更には真珠成分を使った酒は、美容健康に良いと高級薬膳酒として珍重される
湖の近くには温泉源泉も掘り出され、これから『秘境の名湯リゾート地』として開発が進むとのことで 景気のよいことこの上ない
村人達も、聞けば一同親戚ばかりだとかで、性質は豪放磊落ながら親切で人懐こかった

とにかく食い物さえあれば天国という悟空は、テーブルを埋め尽くす皿に極点まで上り詰めている
悟浄は食堂と隣接した酒場で(速攻技)肌と髪が自慢の美女のナンパを成功させたらしく、 相好くずしっぱなしになっている
八戒までもが、珍しい食材や特殊な環境で特化した魚の標本や化石があると聞きつけ、普段以上に機嫌が良い
三蔵のみが「酒好き」ではあるものの、高い酒があれば高い酒を飲み、安い酒しかなくとも充分満足出来る質である為か はしゃぎきれずに過ごしていた

「俺ね、俺、その魚揚げた奴ねっ!野菜とシイタケとキクラゲの甘酢あんがかかってる奴!
そう!その一番大きいの!!
後はね、あーーーっ!その春巻きも美味しそうっ!!!」

「でさ、滅多にこんな辺りじゃ見られそうにも無い美女な訳よ
そしたら昔は舞台女優やってたんだってさ
胡弓なんか、こう、たおやかに弾いてくれちゃってさ…
だから俺、今晩部屋帰んないからね」

「すいませーん、この魚、揚げる前になにか処理してるんですか?
臭み、全くないですよねえ?」

只ひとり乗り遅れた男、玄奘三蔵23歳、独身(当然か)は、何ともなく面白くなさを感じていた

てめェら、はしゃぎ過ぎだ、うるせえんだよ
大の男が、何が“帰んないからね”だ!
“すいませーーーん”だ!!
大体、悟空、てめェ煩い、煩い煩い煩い…………!!!!!!!!

「てめェら!さっさと飯食えッ!!
さっさと宿に帰って、明日は早朝6時出発だあっ!!!」

「えーーーーっ!」×3

苛立ちの余り、強権発動させた三蔵は食事を急かして宿に引き上げることに決めてしまったのだ
そこに、先ほどの「青ざめた玄奘三蔵様」が出現することになる




「お客さーん?うちゃーカードなんか使えねえべ」

勘定を頼みに立ちあがった三蔵の目の前にはアメックスゴールドカードをひっくり返して光に透かして見ようとする店長がいた

「こーーーんな所でカードで支払いなんかあ、出来る訳ねえべ?」

だって、ここってえらい景気の良い村なんじゃあ…

「都会から来た仲買人が、買いつけて運んで行くだけだよー
ほれエ?いつもニコニコ現金払いってかアー?
リゾート地ィちゅうたかてェ、手をつけんのは3年後だア?」

がっはっは…という店長の明るい笑い声と共に三蔵の顔から血の気が引いて行く
この村のどこにもカードで現金を降ろせる場所はないようだった
持ち合わせは煙草代とジープのガス代がせいぜいといったところだ
美味い美味いと全員で大量に追加の皿を頼んだのが悔やまれる
酒も美味かったなあ、そういえば
普段から三仏神名義のカードで、飲み食いに関して凡そ遠慮とは縁遠い注文をしているので金額など 気にしたことがなかったことに今更ながらに気付いたりして

「しょーうがねエ!オラも男だア!
10日間メシ付きタダ働きでカンベンしてやろ?」

10日間もこんなところで足止めを食らってられるかと青筋たてて怒鳴ろうとした三蔵の横から、慌てて八戒が顔を出す

「ご主人、申し訳ありませんねえ
僕がこれから車で行って現金作ってきますから」
「自分で運転すっだかア?隣り町までエ往復で丸一日ってトコロだやア」
「ほら、一日ですって!三蔵!いちにち!」
「それなら、まあ…」

無理矢理、自分を納得させようと思った三蔵だが、先ほどまでの苛立ちも噴出の行き場がないままでくすぶっている
全く、全く、全く………!

「ッたくッ!」

ドン!と壁を殴る
みしっ…!がしゃん!がらんがらんがらん、ごろん!どしゃん!

「ぎゃああああああっ」
「ああっ!?厨房だア!!
オラの弟だア!!」

何か物の落ちる音と、悲鳴…
三蔵が壁を叩いたタイミングと妙に合っていたような気がする
一同が不吉な予感に急き立てられる様にレジのすぐ裏手にあった厨房に駆け込む
厨房の中には重そうな野菜の箱や大鍋や樽が散乱し、根菜に紛れて男が下敷きになっていた

「あ、兄貴ィ!腕が、手、手がア!!急に、急に壁の棚が崩れ落ちて来ただよオオオ」

骨折したのか、脱臼したのか、腕を抑えて泣き喚く男の声と食材用のニワトリの雄たけびをバックに、 旅の同行者並びに店長の視線が三蔵に集まった
眩暈がして来そうだった

目の前で店長が頭を抱え込んでいる

「うちの店ア、弟が料理せにゃあ成り立たねエ
料理の出来ない食堂なんかアやってけるはずがねえ」
「あ、兄貴イ…」
「うっうっ、オラが料理さえ出来りゃあ…料理さえエェ」
「兄貴イ!」

男泣きの店長と包帯に包まれたその弟…流石の三蔵も罪悪感と責任を強制的に感じさせられる図だった

「…八戒、頼む
代理が見つかるまでオマエ厨房で働いてくれ」
「三蔵!それはいいですけど現金調達はどうするんですか?」
「こいつを売るか…(悟空を指差し)
こいつに自前の足で走って行かせるか(悟浄を指差し)のどっちかだな」

途端に売り飛ばされる恐怖におののいた悟空の喚き声と、美女とのデートとは別口の肉体労働への不満を訴える 悟浄の怒鳴り声が合唱になった

「ええいっ!てめェら、うるせえッ!!!」

拳銃を抜こうと半歩身体を引いた三蔵は、お運びの娘にぶつかった
小さな悲鳴と共に銅のゴブレットが落ちる音が響き渡る…くわーん・くわーん・くわーん…
店中が沈黙を伴う視線を向けた
視線の中心には大量の赤ぶどう酒を頭から被った美貌の高僧が呆然と立ち尽くす姿
ぽたぽたとしずくが落ちる
酒を被った当人すら余りの出来事に身動きひとつ出来ぬ間に、ぷっと吹き出した人物がいた

「……悟浄、オマエ、町まで走れ」
「三蔵てめえ!自業自得のクセに…」
「あんれ、こっちの兄ちゃんは運転出来ねえべかア?
なら乗合バスがあるでよオ、運がイイなやア!今日はバスが来てる日だア
ついでにオラの姉貴のやってる店に行って若いモン借りて来てくんろオ」

今、なんか、ひっかかったんですけど?

「1週間に1本しかねえバスがもうすぐ出るところだア!
眼鏡の兄ちゃんが厨房!
紅い髪の兄ちゃんがカネ持ってくる!
そっちの子供はうちの子の遊び相手してくれエ!
それと、こっちのキレイな兄ちゃんは給仕係だなア!
丁度いい、さっさと着替えてくんろ!」

勝手に決まる仕事分担…
---- 代理の料理人がくるまでの1週間、まさかこのオレサマを給仕係として働かせる気か?
向き直る三蔵の髪からぶどう酒の滴がたれる

「冗談じゃねエぞ」
「う、腕がアアア!」
「兄ちゃん、アンタ、子守りの方がいいんケ?」

白い包帯がまぶしい怪我人の恨めしげな目つきと、店長の恐ろしい提案に三蔵が固まる
その隙に悟浄が素早く三蔵の懐からカードを奪い店の外に飛び出した

「カネと人は請け負った!行って来るぜ!」
「あっ!この野郎!逃げる気か!」
「三蔵、人生諦めが肝心ですよ」
「おー、この兄ちゃんはイイコト言うねエ!」
「三蔵でも困ることってあるんだなあ、始めて見た」

和やかな談笑が続く集団の前を古ぼけたバスが走り去って行く
舌を出しながら手を振る悟浄が窓から見える
そしてその隣りから先ほどナンパしたらしい髪の美しい女が顔を出した

「兄さーん、私が姉さんの店まで連れて行くからあ」
「あーーーーッ!オラの妹がア!」

何人兄弟なんだ、一体…

「あああっ!あいつがいねえと夜店に客が来ねえだよ!どおすべエかーーー!
第一自分の子供放っぽり出してオトコと出掛けるなんて、三つ子の世話は誰がするんだー!
そんなことだから離婚して帰ってくるんだー!」

…多産の家系か…
悟空はまあ、三つ子の子守りでも体力があるからなんとかなるだろう
しかし、悟浄の連れた美女が実は3人の子持ちと聞いて、三蔵はザマア見ろという気分になれた
ふふんとせせら笑いを浮かべる三蔵の両肩を店長ががっちり押さえる

「兄ちゃん、アンタが着飾るしかねェ!!」

店長の目が据わっていた



−続く −


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