■■■ 悟浄君の家庭の事情
長男次男が、そろって家をあけたある日。
「たまには、外で食事でもしましょうか」
という相手が音にした言葉に抗う理由もなく、外に出た。
足を向けた近くの蕎麦屋には、長男と同じ位かと思われる年の青年がいて。いらっしゃーい、と自分達へと声をかけてきた様が、板についていた。
「悟浄の同級生なんですよ」
注文した後八戒が静かな口調で言うのに、三蔵は小さく頷いた。
「・・やっぱり、そうなのか」
「確か小学校のときに同じクラスだったはずなんですけど、高校に入るのと同時に、お店での修行をはじめたそうですよ。卒業後は大学に行かずに、お店で頑張っているらしい、とか悟浄が言っていました」
そんな彼が出してきた蕎麦は、なかなかのもので。
本当に頑張ってるみたいですねぇ、と八戒が呟いた言葉に、ああ、とだけ三蔵は言葉を返す。
会計を終えて店を出る際に、頑張ってくださいね、と八戒が言うと、ありがとうございます、と満面の笑顔で青年は言葉を返した。
夏になり陽の落ちる時刻が遅くなると、冬には「夜」と呼ぶべき時間でも、まだ辺りが明るい。先ほどまではオレンジ色に染まっていた空がゆっくりと変化していき、独特の色に包まれる。
この空間は、嫌いではなかった。
「この時間の空の色って、好きなんですよ」
不意に隣を歩いていた男が言葉を紡ぐのに、三蔵はほんのわずかに瞳を見開いた。
「三蔵の瞳の色みたいですね」
あと、明け方とか、と続けて言った男は、目を笑みの形に細めていて。
自分が何か言うよりも早く、更に続けた。
「・・それにしても、今日は気持ちいい風が吹いてきていますね」
相手の言葉を受け止めて、今更のように爽やかな風を意識して。
三蔵は、わずかに瞳を細めながら、頷いた。
「会社に新しい女の子が入ってきたんですよ」
八百鼡さんというんですけどね、と言いつつコーヒーカップを差し出してきた相手からそれを受け取って、三蔵は苦味のある液体を口にする。
開け放たれた窓からは気持ちのよい風が吹いてきていて、自身のベッドに腰かけた体のまま、三蔵は先ほどのように瞳を細めた。
「すごく、お茶を入れるのが好きなんですよ」
「・・あ?」
思わず眉をひそめてしまった三蔵へと、八戒は楽しそうに続ける。
「朝から晩まで、何回もお茶を入れてくれるんです」
「・・何回も?」
「ええ、十回くらいですかね」
会社の事情というものはあるかもしれないが、それにしても入れすぎではないだろうか・・と三蔵は思ったものの、あえて何も言わないでおいた。
「それで、僕もお茶が嫌いではないもので・・しかも、せっかく入れてくれたものを無駄にしては申し訳ないですからね。ありがとうございます、と言って全部飲んでいたら、余程のお茶好きだと思われたんでしょうかねぇ・・最近、ますます回数が増えてるんですよ」
しかも、僕の分だけ入れてくれるんです、と続けられた言葉に、三蔵は更に眉をひそめる。
その女性は、この相手を憎からず思っているのではないだろうか・・という思いも、あえて内心だけのものにしておいたものの、表情に少なからず出てしまっていたらしい。
不意に。
額にそっと唇を寄せられて、三蔵は瞳を見開いていた。
「なっ・・」
「眉間にしわが寄っていたもので」
楽しそうに言って、八戒は自身の手にしていたコーヒーカップをサイドテーブルの上に置いた。
「常に笑顔でいろとは言いませんけどね、僕と一緒にいるときくらい、そういう表情をするのはやめてくれません?」
誰の話でこんな顔になったんだ、と言葉を紡ぐ間もなく。
相手の両手が自身の頬を包み込むようにあてられたかと思うと、こめかみのあたりに口づけられて、三蔵は瞳を閉じていた。
「・・三蔵」
常よりもやさしい声で音にされる、自分の名前。
自分がこの声を好んでいるのを知っていながら、あえて耳元で繰り返し言葉を囁いてくる男に、少なからず苛立ちを感じたのは事実なのだが。
重ねられた唇を、三蔵は静かに受け止めた。
自分のコーヒーカップも、いつの間にか相手の手によって違う場所へと置かれていて。
衣服の上からとはいえ、腰のあたりを撫で上げるように手を這わされて。
「・・っ」
少しだけ身を引くなり、もう片方の腕で抱きこまれて。
唇を解放された瞬間に、思わず小さく舌打ちしてしまったものの。
「・・こういうのも、いいですね」
そんな静かに音にされた言葉に、三蔵はわずかに瞳を眇めていた。
「夫婦水入らず、って感じで」
頬に唇を寄せながら言う男が、より深く自身の身体を抱きこむのに、三蔵はゆっくりと口を開いた。
「・・夫婦、とか言うのはやめろ」
「三蔵は、僕の奥さんというよりも、恋人だと思われたいんですか?」
「・・・・そういう問題じゃねぇ」
相手の手のひらの感触を首筋に感じて、ほんの少しだけとはいえ身体を震わせてしまった以上は、我ながら説得力がないと思うのだが。
やはり釈然としないまま、三蔵は目の前の男を睨む。
「そんな瞳で見つめられても、誘われてるとしか思えないんですけど」
くすくすと楽しそうに言葉を紡ぎながら、八戒は三蔵の頬に再度唇を寄せた。
自分でも不思議なのだが。
どうして、この男がいいのだろう。
自分に、安堵する場所をくれて。
様々な可能性を与えてくれて。
感謝している気持ちは、勿論あるのだけれども。
それ以上に。
この人間に惹かれてしまった理由は、何なのだろう。
確かに、この笑みの形に細められた目は好きだし。
穏やかな声も、嫌いではないけれども。
そんなことを思いながら、三蔵は相手の腕の中に身体を委ねる。
「・・こういう日は、嫌いじゃない」
吹いてくる風を感じつつ、そんな言葉を紡ぐなり。
相手の笑顔が更に優しくなったのに、三蔵は少しだけ表情を緩める。
「奥さんも恋人もだめなら、お嫁さんでいいですか?」
それとも、新妻ですかね?と続けられた言葉に、すぐに眉をひそめてしまったけれども。
なんとなく。
今日という日は、長く感じられた。
◆ 終 ◆
◆ note ◆
勝俣薫さんのライムライトメモリー様でカウント33333の前後賞を踏み、お話を頂戴致しました
にこやかパパの八戒さん、不運だったり愛しかったりの長男のごじょさん、兄貴のこと心配したり喧嘩したり元気な次男の悟空の三人家族に、若い後妻サンのさんぞさま
……ご長男、義母が気になってしょうがないんです
八戒パパに惚れてるさんぞさまなんですが、ご長男もいつの間にか心の中に……
ワタクシ83プッシュなのですが、こちらのお話のごじょさんは、応援してしまいます!かわいくって!しかも不憫だ!!(笑)
大好きなお話中の、シリーズ初ご夫婦いちゃいちゃなお話を頂けて幸せです
薫さん、ありがとうございますv嬉しいです
後日追加:
別館にシリーズのキリリク頂戴致しました。コチラ(補足ページ)も是非!