三蔵は、多少の疲れを見せながらも、上機嫌でバナナワニ園から戻って来た。
「てめェら。次同じことやったら、承知しねえ。今日のことは忘れてやる。さっさと明日の出発の用意、しやがれ」
 上機嫌な仏頂面で、旅の同行者達を睨み付ける。
 ふとそこで、思い出したように周囲を見渡した。
「……ジープはどうした?」
「「「あ」」」
ジープと三蔵  湯煙旅情、激情派(笑) 
 八戒が連れ戻ったジープは、貧血症状のままで露天風呂に放置されていたのだという。八戒の腕の中から、視線も虚ろに三蔵を見上げたジープは、それでも仄かに顔を赤らめた。ようだった(竜の顔色は判断が難しい)。

「……こいつ、まだ先刻の三蔵にノーサツされちゃったままなのか……?」
「躯がちっさいクセに、鼻血すごかったからなー」
「もしかしたら、生命の危機だったのかもしれませんね。……可哀想なことをしました」
 可哀想と言いつつ、ジープを抱き寄せる八戒の目は剣呑だった。
「ふふふ。ジープ、お前も見ちゃったんですね、三蔵のあの姿。それでこんなに血迷っちゃったんですね。………ナ・マ・イ・キ
 抱かれたままで、ジープは声にならない声で悲鳴を上げた。

「貴様らっ!?貴様らのうちの誰が欠けても困らんが、ジープの不調は直接旅に影響するというのが判らんのか!?」
 三蔵はひったくるようにジープを抱え込んだ。そのまま、宿泊予定の部屋に連れて行こうとする。
「…あ、三蔵…」
「今日はジープと寝る。オマエら3人、一緒くたに廊下で雑魚寝でもしやがれ!」
 ぴしゃんとふすまを閉め切る三蔵に、3人は手を伸ばしたが、その晩扉が開かれることはなかった。

「おい、ジープ。今日は酷い目に合ったな」
 人目の無いところの三蔵は、普段より幾分表情が和らぐ。表情そのままの柔らかい声で、三蔵はジープに話しかけた。
「どうやら、オレの所為でもあるらしい。飛んだとばっちりで悪かったな。……その分オレは、ちょっと楽しませて貰ったがな」
「きゅー……」
 問いかけるようなジープの声に、三蔵は僅かに頬を染めた。
「単に、引っ張り回されたってだけなんだがな。……所でジープ。オマエ、ガビアルに似てるな……?ワニはハ虫類だしな。もしかしてオマエの親戚なのか?オマエもあんなスゲェ歯してんのか?」
 三蔵はおもむろにジープの顎に手を掛けると、無理矢理口を開かせた。
「……おお、恐竜っぽい……」
 驚嘆の声を上げたきりの三蔵に、ジープは羞恥の余り身を固くした。
「ああ。悪かったな。ついつい好奇心で無体なことをした。すまん」
 謝罪のつもりなのか、三蔵は顎の下を撫で、ジープは優しい愛撫に喉を鳴らした。
『今なら…今ならば許されるかもしれない』
 ジープの心にわき上がった激情を、誰が責めることが出来るだろうか?
 小さな竜は、意を決した様に、三蔵の唇に自分の鼻先を押し付けた…。
 日々、三蔵の体温を感じ、躯を受け止めて来た健気なジープ。
 昼間にはその真っ白な素肌に鼻血まで噴いてしまった、哀れなジープ。
 ……今なら八戒もいないしな。
「おい、なんだ、ジープ。甘えてんのか?」
 切ない恋心など気付きもしない三蔵は、微かに口元をほころばせながらジープを見つめた。
『三蔵さま……一生ついて行きます…ッ!』
 西へと向かう旅の一行の中で、一番従順な下僕の誕生の瞬間であった。
 こうして、超鬼畜フェロモン坊主、玄奘三蔵様の旅は続く。
 一行の倒した妖怪の屍と、三蔵が無意識のうちにフェロモン・ノックアウトしてしまった人間との数の、どちらが多かったのかは……観世音菩薩のみが知る……(笑)。














 終わり 







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◆ note ◆
2001年に企画で出した本の再録です。
本編『湯煙旅情、純情派(笑)』はコチラ。
初売りから約一年。まだ同じジャンルで楽しく活動出来ていることが幸せです。
タイトル左のアイコンから挿し絵がリンクしてありますが、これは以前からgalleryの方にアップしてあるイラストと同じ物です。

今回再録に当たり、少々改稿致しました。