MOON SHINE    

--- A HALF MOON 2 ---






僕たちの人生は蜜月のうちに終わってしまうだろう
大地が作られ、星座が変化するような永い時間に比べれば
僕たちの人生はなんと短いのだろう
小さな僕の時間は、
小さなあたなの時間は、
なんて儚い瞬間なんだろう

なんて貴重なんだろう





「オレもオマエを独占したいと言ったら…オマエが特別だと言ったら…?」

 僕の人生なんて全てあげる
 もともとあなたのことしかいらない
 何かと引き替えて手に入るものだったら、とっくに手に入れてた
 別に自分の命の価値なんて大したことないし
 あなたを手に入れられるんだったら誰の命もいらない

 沢山の想いが一度に溢れそうになって、でもあなたは「もう言わなくてもいい」と言うかわりに 僕の唇を塞いでくれた。
 だからあなたは、未だ僕の醜く過ぎる心の内を知らないままだろう。誰かの命と引き替えてでも求められるなんて、きっとあなたは想像もしないだろう。きっと、そんな風に思う僕がオカシイんだろう。
 僕の独占欲を、あなたは否定しなかった。知らなかったから?僕の一番醜いところを。
 あなたを本当に独占したくて、非道いことまでしてしまいそうになる僕のことを。





「三蔵、あなた僕を止めなくていいんですか?」

 砂嵐が酷くなって、昨日から僕たちは動けなくなっていた。人に痛みを与える砂つぶての嵐で、今の僕の気持ちにぴったり過ぎて却って笑ってしまうくらいだ。
 昨晩は、この同じ部屋で酷く幸せなキスをして、そのまま子供のように抱き合って眠ってしまった。あなたが本当に自分の腕の中にいるのが嬉しくて、信じられなくて、夜中何度も目が覚めた。目覚めるたびにあなたの顔を間近で確かめて、腕の力を強めた。優しい夜が過ぎ朝の光が部屋に射し込んで、あなたの余りに安らかな寝顔を見た時に、僕は気付いた。
 僕の醜さに。
 自分の欲の際限のなさに。

 今、改めて腕の中の人を見つめる。
 昨日、幸福を感じたのと同じ場所、同じ時間に、どうしてこんなに辛いのだろう。
 三蔵は、部屋のドアを閉めるのと同時に急にキスをされて、驚いてはいたもののぎこちなく身を委ねてくれた。触れ合うキスから、僕がもっと深いキスをしようとした時も、逃げないでいてくれた。瞳を閉じてくれた。
 それが急にこんな風に問い詰められて、一体どういう風に感じるんだろう。でも本当に止めてくれないと、 このままでは僕は自分では止まれなくなってしまいますよ?自分の良いように考えてしまうんですよ?





「止める?今の…キスか?」
 三蔵は、言い慣れない言葉を僕の為に使う。今までの暮らしで、一体そんな言葉口から出すことはあったんだろうか?
「昨日もしたじゃねェか。いや、昨日はオレから…」
 思い出したのか、少し視線をそらして目元が赤らんだみたいだった。
「このままじゃ、きっと…」
 あなたを抱いてしまいますよ、と言ってしまったらあなたはどうするんだろう。

  逃げるんだろうか。
  驚くんだろうか。
  ヨクボウのことを知っているんだろうか。

「先刻から言ってる意味がよく解らん」
 三蔵、いい加減むっとしてますね。
 昨日は自分の喜びで一杯で思いもつかなかった。僕とあなたのヨクボウが違うものかもしれないなんて。考えれば解るのにね。何せ、あなたの職業といったら…。
 ねえ。僕の言ってる意味もよく解ってないのに、なんで怒ってるんですか?
「何、笑ってやがる。オレに解るように言え!オマエ昨日言ったんじゃねェか、オレのこと知りてェって。 オレは…オレも…オマエのこと解りたいんだよ…」
 徐々に言葉が小さくなる。

  本当に?
  僕のこと?
  全部?

「知りませんよ、そんなこと言って」
 僕はきっと今、鬼みたいな顔で笑ってる。
「僕の全部?ねえ、僕のこと全部解ったら、きっと逃げ出したくなりますよ。でもそうなってからじゃ遅いんですよ」

  逃げるんだったら、今逃げてください。 
  僕のこと、本当に嫌いになる前に。
  罵ってもいいから。
  僕のこと、許せるうちに。

「一生逃がさない」

 三蔵の唇を噛んだ。血が出るまで。
 僕を突き飛ばそうとした三蔵の腕を捉えて、引き寄せる。
「ねえ?僕の思ってることって、今みたいにあなたに跡をつけて、痛めて、忘れられなくなるようにすることなんです。あなたに非道いこと、したいんですよ」
 昨日は優しいキスをしたのに。
 優しく優しく接吻けてくれた、その唇に血をにじませたくて。腫れあがらせたくて。誰が見ても解る所有印をつけたくて。あなたにも四六時中思い知らせたくて。一生忘れて欲しくなくって…。

 そのまま手荒く三蔵を突き放す。
「これで解りましたか?行ってください」
 あなたの顔が見られない。
 ふうっ、と大きなため息が聞こえた。
「オマエ、自分がどんな顔してるのか判ってんのか?泣きながら嗤ってるぜ?器用なヤツ」
 僕は自分の顔に手を触れたけど、涙なんて出てやしなかった。
「自分のこと嗤ってんだな。また」
 低い声で言って、三蔵が僕の目の前に立つ。
「オレの思ってたのは…。オマエはオレ以外のこと、考えるな、ってことだ」
 三蔵は僕に接吻ける。一瞬だけ。そして僕は突き飛ばされて床に倒れ込む。
「オレを狂わせたいなら、狂わせろ。その代わり、オレだけが狂うと思うなよ」
 先刻の仕返しのようなキス。歯がぶつかる。噛み付かれる。僕の舌を強く、噛み千切らんばかりの力で。
「傷が治るまで、ずっとオレのこと考えてろ」
 僕にのしかかったまま、三蔵が言う。
「オレだけのこと考えてろ」





 また接吻けて、三蔵の唇の傷を嘗めた。痛みに眉を顰めるあなたを気にせず血の味ごと唇を味わう。そのまま 顎のラインをなぞり首筋の熱さを確かめる。部屋の灯りが逆行になって、髪が乱れている三蔵の表情が判らない。
「なあ…。オレ、血がついてるんじゃないか…?」
「ええ、ついちゃいました。あなたの血と、僕の血とだと僕の血の方が多いかも」
 顎のすぐ下の窪みを吸い上げて唇をつけたままでしゃべる。普段、陽に当たらない膚は青白いくらいだ。滑らかな感触に離れられなくなる。

 多分、僕たちの口から出る言葉は、全く意味を持っていない。耳から入ってくる言葉よりも、今は触れる毎に変わるあなたの表情や吐息の色が一番大事だった。1ミリ動くあなたの眉や、僅かに走る膚の震えが何より大事だった。

「おい…」
 何時もより掠れた声を三蔵が出す。
「もう、腕、限界かも…」
「…そうですか」
 三蔵を僕の上に座らせる。
「汚れ、目立っちゃいますね」
 法衣をはだけさせ、そのまま黒のアンダーを鎖骨までまくり上げる。きれいに浮き上がる鎖骨に歯を当てる。
「…もう…噛むな…ッ」
 三蔵は、背をしならせながら呻いた。僕の上で。





  「…オマエ、まだ血ィ止まってねェな」
  「あなたは唇、腫れてきましたね」
  「…朝ヤツらと顔合わせたら何言われるやらだぜ」
  「朝が来なければいいのにね」
  「……ああ」

  僕たちは、夜中そんなことを言って過ごしていた。
  月明かりだけが僕たちを見ていた。

































    せめて、僅かな時間をあなたと
    せめて、僅かな時間をあなたに
    あなただけに

































■□ 終 □■







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■□ AOTGAKI □■
 □ 突然後日談 □
「ねェねェ、悟浄ぉ。あのふたりどうしちゃったのかなあ。喧嘩したなんて言ってるけど、俺達ならともかく、あのふたりが喧嘩なんてよっぽどのことがあるんじゃないかなあ…」
 幼さの残る悟空のことだから、本心から心配してるに違いない。悟浄は流石にからかうのをやめて、頭をぽんぽんと叩いてやる。
「まあな。よっぽどの事情はあるとは思うけどな。あのふたりだぜェ?安心して放っておきな。出来ることなら、知らんぷりとかしてやれればもーーっといいんだがな」
「うん…。…そうだよな!あのふたりだもんな!だーいじょーおぶ!」
 いい加減な気休めで素直に納得してくれる悟空が、今日だけは可愛く見える。
「しかし…なあ?」
 誰にも聞こえないように、ひとりごちる悟浄。
「喧嘩は喧嘩でも犬も食わない方にしてもなあ…。ありゃあ、ライオンの夫婦だぜぇ…」
 くわばら、くわばら…。悟浄は空を見上げながら歩いていった。
 □ 終劇 □ 


 はっ。また余分なこと書いてるし、自分。
 サブタイトルにある通り、『A HALF MOON』の続編です。