A HALF MOON 







暖かで居心地のよかったあの部屋のことを僕は覚えている
キッチンで彼女の作っていたレシピを覚えている
彼女の育てていた花の色と、花の持つ言葉を、僕はまだ覚えている
花の名に背いてつけられた「わたしのことを忘れてください」という言葉を



「ここで、クリーム落とすと美味しいんですよ」
 宿の厨房を借りられたので、八戒は久々に料理に腕を振るっていた。シンプルだけど野菜のたっぷりと入ったスープ。じっくり、ことこと、という家庭料理の基本の様な。
「うわあ、いい匂い。ねえ、味見してもいーいー?」
 くるくると動き回る八戒の邪魔にならないように椅子に座り、でも見張り(八戒の?鍋の?)の様に 離れない悟空は、もう胃袋の忍耐力が限界いっぱいの様だった。
「もう出来上がりですよ。お皿出してくださいね。深い奴」
 八戒はくすくす笑いが止まらない。喜んで皿を並べる悟空は、子供の様で…。

 自分も子供の頃にこんな風に食事を楽しんでみたかったですね。

 少しだけそう思う。両親の揃っていたのは、記憶に残らないような昔だし、孤児院時代には既に 相当スネたガキだった自分…。まともに自分が笑うようになったのは、花喃と再会してからだったのか。

 ああ、このスープのレシピ…教えてくれたのも彼女だったっけ…。

 ふと、思い出した自分が少し切なげに微笑んでいたことなど、自分では気付かない八戒。
 その顔をかいま見てしまった三蔵は、自分の胸の中のどこかに微かに痛みを感じるのに気付く。
 オレの知らない八戒の顔を見ている女性。八戒のどこかを痛めつけて、そのまま消えてしまった。そしてオレが彼女を悼む八戒の為に読経した…。その女性のことを思い出す時には、必ず悲しく微笑む八戒。
 でも、彼女が悪い訳じゃない。
 テーブルに並ぶ暖かな料理。そんなものが昔の悟能を幸せにしていたんだろう。それが今の八戒の穏やかな部分を支えているのだろう、と思う。
「さあ、出来ましたよ」
 笑顔で料理を運ぶ八戒の顔から、三蔵はなんとなく目をそらした。




「あれ?三蔵、もう食べないんですか?」
「ああ。もう、充分食った」
 そのまま新聞を読み出す三蔵。
「あ、じゃこれ、俺貰っていいっ?」
「おまーはまだ食うのかよ」
「いいじゃんっ!美味しいものは美味しいのっ」
 悟浄と悟空のやりとりを微笑んで見守りながらも、八戒は三蔵のことが気に掛かる。
 体の調子でも悪いんでしょうか?さっきもまともに目を合わせなかったし。いつもは慢性的にガンを飛ばしまくっているような人なのに。ポーカーフェイスにしているつもりらしいけど、この旅のメンバーには本物のポーカーフェイスな人間なんかいないの解ってるんですかねえ。
 隠し事は良くないですよ?三蔵。




「と、言う訳でね。理由を教えてください」
「…別に」
 宿の部屋に戻った途端に、八戒に詰め寄られる三蔵。
 自分でも自分の気持ちを持て余し気味なものを、その対象の八戒にどういう顔をして説明出来るものか。そもそもそんなこと、自分の性格で出来る訳がない…。
 大体、「悔しい」とは思っていないが、八戒が他の誰かのことを思ってする表情が気になるというのは、やはり自分は…。
「オレはっ!?」
 三蔵は急に立ち上がって叫ぶ。唖然とした顔の八戒。

 オレは、八戒が誰かのことで悲しい思いをするのがイヤなのか?
 それとも、八戒が誰かのことを思うだけで、イヤなのか?

 三蔵は自分でも唖然としていた。自分が?誰かを?誰かに?
 自分の中のもやもやした痛みは、名前の付いているモノだ。賢いオレは、知っている。誰もが感じる、ありふれた、もしかすると「醜い」感情。…「独占欲」?
 それは、三蔵にとっては衝撃だった。自分の中に存在する強くて醜い感情。 

「なんだか…僕にも言えないような事なんですね。すいません。軽い気持ちで聞いちゃいましたけど、しつこかったですね。…ちょっと反省して来ます」
 八戒の顔。後悔と、失望という名の付いた表情。奴は一体何に失望してるんだ? 
「じゃ、ちょっと頭冷やして来ますね」
 部屋を出て行こうとする八戒。…ああ、さっきみたいな、少し切ない顔をしている。
「待て」
 三蔵は八戒の襟を両手で掴み自分の方を向かせる。

 八戒の、少し驚いた顔。(急に手荒にされたから)
 少しだけ、嬉しそうな顔。(オレが呼び止めたから)

「…オレは。今、多少混乱しててな。オマエは何を思ってるんだ?」
「何って…?」
「どうしてオレにしつこく聞こうとした?」
「何か有ったのかと思って…。しつこく聞かないと何時も自分のことだと、三蔵黙ってるし」
「どうして聞きたいと思うんだ?」
「それは…心配だし…」
「だし?」
「知りたいし」
「何を?」
「…あなたのこと…いろいろ…」

 困惑顔。(奴には全く解らないだろう。自分にも解らないんだから)
 不審気な顔。(まだ何か心配しているのか?)
 面白がってもいる?(オレが何時もと違うから)
 そして…嬉しそうでもある?(オレと…こうしているから…?)

「どうして知りたい?」
 八戒は、急に黙る。
「…全部言わなきゃいけませんか?」
「………」
「じゃ、今度は僕が聞きましょうか?自分が誰かから特別な感情を持たれるのは嫌いですか?」
 真剣な目だった。
「あなたはそういう感情を嫌悪しますか?」
「あなたは誰にも特別な感情を持たないんですか?」
「僕が、あなたに、特別な思いをかけていたら嫌悪しますか?」

 今度は八戒が三蔵に詰め寄る番だった。力の抜けた三蔵の手が、払われ、そして反対に捕まった。

「僕があなたを特別だと思っていたら嫌悪しますか?」
「僕があなたのことを欲しいと思っていたら逃げますか?」
「あなたのひとことで一喜一憂する僕を嗤いますか?」
「ずっとずっと見てて、誰にも渡したくないという気持ちを、異常なことだと思いますか?」
 八戒の目から、涙がひと筋流れた。

「あなたをいっそ独り占めしてしまいたい僕を否定しますか?」

 絶望的な目をしている。どうしてだ?オレに否定されると思っているから。

 オレの手が奴の頬を撫でようと上がる。自分の気持ちを伝えたいから。

「オレもオマエを独占したいと言ったら…オマエが特別だと言ったら…?」




 接吻け合う。
 もう何も言わなくてもいいと、伝え合いたいから。




 花喃、花喃
 僕は君に伝えたい
 僕は決して君を忘れない
 君の教えてくれたこと、全て僕は生かしているよと
 君の与えてくれたもの、僕は誰かにまた与えられると
 また僕は生きているよと
 君は月の見えない側の様に、僕の中に生きづいているよと
 
 人生の喜びを教えてくれた君に、また僕は生まれ変わったと
 誰かと共に生きる喜びにあると

















◇ END ◇
















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□ あとがき □
おめでとうー!ありがとうー!のnalaさん、111カウントゲットリクエスト
「やきもちを妬く三蔵」でございましたあ♪(独占欲とはちょっと違うね?ごめんなさい)
いやもう、毎日お客様にいらして頂けて、本当に嬉しいです
そして「きっと自分には書けないわ」と思っていた「三蔵コクハク」が書けた!!
え?なってない??ダメ?理詰めの恋愛なんて、って?
自分的には83告白はこれが限界でございます
nalaさんにせっぱ詰まったアオいふたりを捧げます♪