| 恋患い8 / 白猫 |
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【ハボロイ】 『恋患い8〜ハボック編〜』 「どうだ? すっきりしたか?」 そっと開いた寝室の扉。シャツだけを羽織ったロイに声を掛けられる。 「え。あ、はい、すみません、風呂、先に使ってしまって。湯、ためてきましたから大佐もすぐ…、あー、えっと、歩けますか?」 入って下さい、と言おうとして慌てて言い直す。 「ああ。大丈夫だ。風呂もあとでいい」 「え? でも、あの。…気持ち悪くないですか?」 「何がだ?」 「何って…」 この人は何を言わせるつもりなんだろう。ヘタなことは言えないと、一生懸命言葉を選ぶ。 「汗とか…、いろいろ…。あ、もし歩けないんでしたら、俺、連れていきますから」 「お前が、私を?」 小さく首を傾げてから、わかったとばかりに頷いて。 「ああ。一緒に入りたいのか?」 「なっ」 なんてことを言うんだ、このひとは。あんまりな台詞に言葉を失うのを見てきれいに笑うひと。 「残念だがな。あまり時間がないだろう」 「って、大佐、それ、そういう問題じゃ…」 「何か?」 にっこりと微笑むロイに、忘れていた頭痛が蘇った。 「では、私もちょっと着替えさせて貰おう。このままでは人が来ても出ることもできないからな」 頭を押さえて頭痛を堪えているところに、何でもないような態度で呟く人に、慌てて顔をあげる。そうだ、こんなことをしている場合じゃなかった。 「え。あ、そうだ。俺、ちょっと司令部に電話させて貰ってもいいですか?」 「何の為だ?」 「休みとろうと思って。あんたにちゃんと話もせずに出勤なんてできませんから」 さり気なく言葉に出来ただろうか。話がしたいのだと、暗に伝えた言葉に、目の前のひとは、少しだけ目を細めてから、まっすぐにみつめてくる。 「ああ、それなら心配ない。もう断ってある」 「は?」 「さっき、お前が風呂を使っているあいだに中尉に電話を入れておいたんだ。今日はハボック少尉は休ませるから頼むと」 「…は?」 それはどうも、と礼を言うべきなのだろうか、なんとなく、この人らしくもない気の効きようになんだかイヤな予感を覚えて。 「そのつもりだったのだろう?」 「いや、そうっすけど」 「ならば問題はない」 「えっと。一体どうして」 「話をするのだろう?」 「あ。はい」 「ただし、理由が思い付かなかったからな。二日酔いで起きそうもないと伝えておいたから、明日はせいぜい怒られてくれ」 は? 一瞬、何を言われたのか解らずに、惚けてから。不意に言葉の意味を理解する。 「な、なんてことしてくれるんですかっ、あんたはっ!」 「仕方がないだろう。いちばん手っ取り早くて判りやすい理由だと思ったんだ」 「ちゅ、中尉はなんと…?」 「言葉を失ってたようだったからな。返事は聞かずに切っておいた。ああ、放っておくと昼頃にでも電話がかかってこないとも限らないな。電話線でも抜いておくか?」 なんてこったなんてこったなんてこった。頭に浮かんだホークアイの綺麗な顔が、自分に死を呼ぶ天使の笑顔に変わる。明日にはこれが現実になるのだというなら、いっそこのままこの場で消えてしまった方が自分はしあわせなのではないだろうか。ふうっと力を失ってその場に蹲ると、不思議そうな顔で覗き込んでくるロイ。 「どうかしたのか?」 「どうかってあんた……。……いえ、なんでもないです」 そうだ、このひとはこういうひとだった。いまさら何を言っても無駄だろう。 「そうか。それならいい」 なにがいいんだ、俺の明日はどうしてくれる。言葉にできない文句に気付くわけもなく、部屋のすみに歩いていったロイがクローゼットを開いてズボンを取り出すのをなんとなく見つめる、と。 「お前も、バスローブだけというわけにもいかないな。どこかに何か…」 何気なく呟かれた言葉に、胸の奥を掴まれたような痛みが走った。 「…大佐」 「なんだ? ああ、あった、これならお前にも履けるんじゃないか?」 放り投げられた男性用の下着。この人のものでも中佐のものでもないだろう新しい下着。 このひとの寝室に、当たり前のように。 「どこにやったかな。向こうの棚にはもうなかったか?」 愕然と固まる自分に気付くはずもなく、まるで普通の様子でケースを探るひとが、何かを嬉しそうに取り出した。 「おい、これなら着られるんじゃ……」 振り向いたロイの顔があまりにもうれしそうで。褒めてもらえることを期待する子どものような表情に一瞬目を引き瞑る。 「ハボック?」 「…大佐」 どう言えばいい? 責めるのはお門違いだ。けれど。 「ハボック? 一体…」 「あんたは…」 自分にそんな権利はない。けれど。 「あんたは一体どういうつもりなんですか?」 「え?」 「すみません。こんなこと俺に言う権利もなにもないのは解ってます。けど…」 まるで邪なことなどなにもないというような綺麗な黒い瞳。こんなことを言っては、この人を傷付けてしまう。わかっていても、止められなかった。 「あんたにとって、こんなことはよくあることなんですか? だからそんな風に全然動じることもないんですか? あんたにとってこれは…ただの気紛れな遊びなんですか?」 「ハボック?」 不思議そうな表情。 傷付けたくない。傷付けたくなんてない。いますぐ黙れ。そしてこのまま帰るんだ。このまま何もなかったことにすればいい。もともと何もなかったようなものじゃないか。自分はなにも覚えていないのだから。この人にも忘れてもらえばいい。所詮立場が違う。今更告白などしてどうしようと思っていたんだ。帰れ、帰るんだ。いますぐに。 「ハボック? 意味が解らないのだが?」 「あんたは」 言ってはいけない。 「いつでもこんな風に…おと…誰かと寝…、朝を迎えたり…するんですか?」 今にも泣き出しそうに歪んだ目の前のきれいなひとの顔をみながら。 いますぐ自分を消してしまいたい、と心から願っていた。 『恋患い9〜ロイ編〜』に続く |