恋患い7 / 白猫
【ハボロイ】




『恋患い7〜ロイ編〜』




「どうだ? すっきりしたか?」
目の前で何となく微妙な表情のままかたまる奴に声を掛ける。
「え。あ、はい、すみません、風呂、先に使ってしまって。湯、ためてきましたから大佐もすぐ…、あー、えっと、歩けますか?」
ひどく気を遣うような声音に、まだ勘違いしたままなのか、と可笑しくなる。
「ああ。大丈夫だ。風呂もあとでいい」
「え? でも、あの。…気持ち悪くないですか?」
「何がだ?」
「何って…」
困った顔で眉を寄せたハボックが慎重に言葉を選ぶ。
「汗とか…、いろいろ…。あ、もし歩けないんでしたら、俺、連れていきますから」
「お前が、私を?」
何かを伺うかのように、そっと頷く奴の真剣な表情を見ていると、つい揶揄いたくなってもくる。
「ああ。一緒に入りたいのか?」
「なっ」
途端に真っ赤な顔で絶句する奴。これは結構面白いかもしれない。
「残念だがな。あまり時間がないだろう」
「って、大佐、それ、そういう問題じゃ…」
「何か?」
にっこりと微笑んでやると、なんとも情けない顔のまま、ハボックが顳かみを押さえた。


「では、私もちょっと着替えさせて貰おう。このままでは人が来ても出ることもできないからな」
電話をしながら手近にあったシャツを羽織っただけの自分に気付いて声をかけると、ハボックが慌てたように顔をあげた。
「え。あ、そうだ。俺、ちょっと司令部に電話させて貰ってもいいですか?」
「何の為だ?」
「休みとろうと思って。あんたにちゃんと話もせずに出勤なんてできませんから」
話をするつもりでいるのか。一体どんな話をするのだろう。黙っているとすぐに悪い方向に向きそうになる考えを振り払って、ハボックをまっすぐ見つめる。
「ああ、それなら心配ない。もう断ってある」
「は?」
「さっき、お前が風呂を使っているあいだに中尉に電話を入れておいたんだ。今日はハボック少尉は休ませるから頼むと」
「…は?」
ハボックの間の抜けた顔に心の中で噴き出しながら。
「そのつもりだったのだろう?」
「いや、そうっすけど」
「ならば問題はない」
「えっと。一体どうして」
「話をするのだろう?」
「あ。はい」
「ただし、理由が思い付かなかったからな。二日酔いで起きそうもないと伝えておいたから、明日はせいぜい怒られてくれ」
一瞬、呆気にとられたような顔をしたハボックが、次の瞬間に真っ青になる。
「な、なんてことしてくれるんですかっ、あんたはっ!」
「仕方がないだろう。いちばん手っ取り早くて判りやすい理由だと思ったんだ」
「ちゅ、中尉はなんと…?」
「言葉を失ってたようだったからな。返事は聞かずに切っておいた。ああ、放っておくと昼頃にでも電話がかかってこないとも限らないな。電話線でも抜いておくか?」
何か言いかけて、口だけぱくぱくと開閉させたハボックが、やがて、はあっと溜息をつきながらその場に座り込んだ。
「どうかしたのか?」
「どうかってあんた……。……いえ、なんでもないです」
「そうか。それならいい」
そのまま、部屋の奥に据え付けてあるクローゼットを開いて、ズボンを取り出す。
「お前も、バスローブだけというわけにもいかないな。どこかに何か…」
買って来てそのまま放り込んである下着やパジャマ等のなかに、コイツに合うものがないだろうか。そう思ってクローゼットの中にある大きなケースをがさごそと探る。
「…大佐」
「なんだ? ああ、あった、これならお前にも履けるんじゃないか?」
以前、間違って購入して、何に使うつもりだとヒューズに大笑いされたデカい下着。ほら見ろ、ちゃんと役立ったじゃないか、いま此処にはいない親友に心の中で毒づいてから、ハボックの方に放り投げる。あと、確かジャージのセットもあった様な気がするが。
「どこにやったかな。向こうの棚にはもうなかったか?」
面倒臭くなって、引っ張りだしたケースをひっくり返せば、思った通り、黒いジャージが出てきて、なんとなく嬉しくなる。
「おい、これなら着られるんじゃ……」
意気揚々と振り向いた視線の先のハボックが、酷く痛々しい表情をしていることに気付いて、言葉を呑み込んだ。
「ハボック?」
「…大佐」
思い詰めたような声。一体どうしたというのだろう。つい今し方まで、軽くなっていた空気が又重くなったような気がした。
「ハボック? 一体…」
「あんたは…」
一度呑み込んだ言葉をまるで絞り出すかのように。
「あんたは一体どういうつもりなんですか?」
「え?」
「すみません。こんなこと俺に言う権利もなにもないのは解ってます。けど…」
蒼い目が見たこともないくらいに曇って。
「あんたにとって、こんなことはよくあることなんですか? だからそんな風に全然動じることもないんですか? あんたにとってこれは…ただの気紛れな遊びなんですか?」
「ハボック?」
こいつは今なにを言ったのだろう。
言葉が通じない。
一度すり抜けていった声を捕まえるようにして、もういちどコイツの言った言葉を頭のなかで復唱する。

よくあることなんですか?

何が?

動じることもないんですか?

誰が?

気紛れな遊びなんですか?

遊び?


「ハボック? 意味が解らないのだが?」
「あんたは」
そして掠れた声が。
「いつでもこんな風に…おと…誰かと寝…、朝を迎えたり…するんですか?」


ハボックの言葉の意味を漸く頭のなかで理解して。


どうしようもなく泣きたいのはこっちなのに、何故こいつがこんなに泣きそうな顔をしているのだろう。
黒いジャージが手から放れるのを感じながら、それだけをぼんやりと考えていた。





『恋患い8』に続く