恋患い2 / 白猫
【ハボロイ】 できていない二人。




『恋患い2〜ロイ編〜』





目を覚ましたとき、まだその腕の中にいたことに安堵した。
ぐっすりと眠る部下の温かい身体。自分を抱き込む太い腕。
眠っているというのに、頭に触れる指が、ときどき柔らかく髪を弄る。
ずっと欲しかった温もりが、確かにここにあった。

金色の髪に蒼い瞳の部下に、惹かれるようになったのは、一体いつからだっただろう。いつでも真直ぐに見つめて来る眼。何の打算もなく、護衛官としての任務をきちんとこなす姿。
『扱いにくい男』
どの書類を見ても同じことが書かれていた問題児は、しかし自分の下で、誰よりも忠実な部下になった。あまりの便利さに、つい私用に扱き使うようになっても、不平不満を漏らしつつも、言い付けられた雑用を器用にこなす奴。だが、何時の間にか、この部下が自分にとって、なくてはならぬ存在になっていたことに気付いた後も、その思いはひたすら一方通行でしかなかった。
男なんて冗談じゃない、と思っていた自分が、そういう意味でこの部下を見るようになって、もうかなりの月日がたつというのに、コイツは、そんなことには欠片も気付く様子もなく。
コイツに任せておけば、一生進展はないだろうと、さり気なくこちらの思いに気付かせるべく努力しても、ただ、のほほんと煙草を燻らせているだけの奴。もしかしたら、解っていて無視しているのかもしれない、コイツは私のことをそういう目で見るつもりは微塵もないのかもしれない、と思った次の瞬間に、なんともいえない熱の籠った視線を向けられては、諦める事など出来る筈もなく。

このままではいけない。
『焔の錬金術師』ともあろうものが、こんな状態をいつまでも放っておくのは沽券に関わるのではないか。会うたびに、愛妻を自慢し愛娘を自慢し、挙げ句結婚を薦めて来る親友に、これ以上、エラそうな口をきかせない為にも。そして何より、自分自身の気持ちの安定の為にも。

いい加減、どうにかしたい。

そんな風に思ってしまったとしても、誰にも責められはしない筈だ。


昨夜一緒に呑んだくれて、ふらふらになった、と見せかけた自分を寝室まで運ばせた。
大佐、しっかりしてくださいよと何度も呟く奴の方こそが、実はすっかり酔っぱらっていたのは、さり気なくコイツにばかり強い酒を呑ませた成果だった。覚束ない足元を縺れさせながらも、なんとか二人で到着した寝室。付き合った女性を家に招くことはない為、この部屋に入ったのは、中央にいる親友を除けばコイツが初めてで、家での時間の殆どを書斎か寝室で過ごすことをよく知っている親友の助言に従っていれたキングサイズのベッドは寝心地も最高級で文句のつけようもない。
ここまでお膳立てが整えば、さすがのコイツも黙って引き下がることはないだろう。
そして、このまま、なし崩しに行為に及べば、責任を取らせることもできるのではないか。
そんな思惑のままに誘いの言葉を口にしつつ、ベッドの上から腕を引っ張ってやったというのに。
大人しく寝てくださいねーと間延びした声で囁かれ、ぽんぽんと頭まで叩かれて、ベッドに残されて。呆気にとられているうちに寝室から出ていった奴が、しかし扉の向こうでどうやらそのまま崩れ落ちたらしい物音に、これ幸いとそのままもういちど寝室に引きずりこんだ。そして、その重い身体をなんとかベッドに引き上げると、眠りこむ奴の服を剥ぎ、その隣に、自分も服を脱いで潜り込む、そこまではよかったのだが。

(これをどうすればいいんだ?)

目の前で正体不明に眠り込む部下に思わず眉を顰めた。これだけ前後不覚に眠る奴を、どれだけ扱いたところで、それが勃つとも思えない。身体中にキスマークをつけてやろうかと思って直ぐ、それでは逆だと思い直す。責任を取らせるのはいいが、責任を取らされるのは御免だ。せめてひとつだけでいいから、コイツからのキスマークを自分につけることはできないものだろうか。そんなことを思いながら、ぐっすりと眠る部下の頬をゆっくりと撫でて。気持ちよさそうに頬を緩めるのに気をよくして、そっとその身体の上にのしかかる。どきどきと鳴る心臓の音が、眠ったコイツにきかれないことに安堵しつつ、閉じられた目蓋にキスを落とし。目を覚まして欲しいような、怖いような不思議な気持ちのまま、唇を滑らせた。鼻筋に、そしてその唇に。何度も甘噛みしながら、誘ってやるうちに、突然目の前に現れた蒼。
ああ、ハボックの瞳だ。
思わず微笑んだ瞬間に、身体を反転させられて、強く抱き締められながらの熱い接吻けを受けて。その唇が首筋に降りて、痛い程に吸い上げられ、思わず声を漏らした途端、重なる身体が崩れるように力をなくした。そのまま今度こそ深い眠りについたハボックをゆっくりと撫でるうちに、つられるように自分も眠りに落ちていき…。


「ん…」
真夜中の一方的な性的接触を思い出して、その快感にぞくりと身体を震わせたとき、腕を回していた身体が突然硬く緊張した。
ああ、起きたな。
コイツは今、何を思っているのだろう。きっと昨夜のことなど何も覚えていないに違いない。それとも自分がうまく誘われたことに気付いているのだろうか。もしかしたら、酷く後悔しているのかもしれない。怒っているかもしれない。呆れているだろうか。それとも。この状況をほんの少しでも嬉しいと思っているのだろうか。

脇腹にまわした指を微かに動かせば、ハボックの小さな声が漏れる。ああ、コイツはこんなところが弱いのか。裸で抱き合いながら、そんなことも知らない自分が情けない。いやそもそも、この状態は自分が無理矢理作り上げたもので。いま、目を覚ませば、コイツは何と言うだろう。黙って寝た振りをして、コイツが急いでここから逃げ出していけるよう時間を作ってやるべきだろうか。
昨夜の積極性をすっかり失って、そっと腕を離そうとしたとき。

「あ…」
小さな声と共に、不意に、ハボックの身体の力が抜けた。

何がどうしたというのか。
どうしていいか判らずに、ひどく戸惑う。
怒っているんじゃないのか? 後悔しているのでは? このままベッドを抜け出すのではないのだろうか。
ハボック? 声に出せない声で、呼び掛けたとき、柔らかな声が掛けられる。

「大佐」

怒ってなどいない。機嫌が悪いわけでもない。まるで恋人に呼び掛けるかのような優しい声に。
僅かな期待が胸のなかでゆらりと揺らめくのを感じながら。
ゆっくりと、目蓋をあげていく。




どきどきと高鳴る心臓の音は一体どちらのものだろう。





それはたぶん恋人としての初めての朝。




fin.


『恋患い3〜ロイ編〜』に続く