恋患い11 / 白猫
【ハボロイ】



『恋患い11〜ロイ編』




どくんどくんと心臓が鳴る。これはどちらの心臓の音だろう。強く抱き締められて重なった身体は、ひどく温かくて。このまま眠りに誘い込まれてしまいそうな程の心地よさに身を委ねる。
ただひとつ、ずっと欲しかった温もりに抱かれて。




「大佐」
耳許で囁かれる声。返事を期待するものではなく、ただ呼び掛けてくるだけの甘い囁きに、分厚い胸に凭れたまま、黙ってほんの少し頬を擦り寄せる。
「大佐」
嬉しそうに声が揺れる間も、大きな掌に、ずっと髪を撫で続けられて。
もしも自分が猫ならば、思い切り喉を鳴らして、どれほど気持ちが良いか伝えることもできるのに。
「どうかしました? 大佐」
頭の上からきこえる声。
「何がだ」
「笑ったでしょう、いま」
「見てもいないクセに、いい加減だな」
「わかりますよ、それくらい。もうずっとあんたを見てきてるんですから」
「殺し文句のつもりか?」
「オチてくれます?」
「私をオトそうなどと100年早い。若造が」
「ひでぇ」
もうとっくにオチている、と言うかわりに口にした意地の悪い台詞に返された、情けなさそうな、けれど明るく優しく響く声に、笑いながらまた身体を擦り寄せる。
「大佐。あんた、なんか、猫みたいっスね」
「ぁあ?」
「喉、鳴らしてくださいよ」
「バカか、お前は」
呆れたように溜息をつきながら、同じことを考えていたことをこっそり喜んで。
ここで、にゃあんと鳴いてみせれば、コイツはどんな反応を寄越すだろう。
「ほら、また笑った」
「お前が可笑しいからだ」
「俺っすか?」
「ああ。変な奴だな、お前は」
「あんたには負けます」
甘やかすような柔らかい声にうっとりと目を閉じて。
「朝食が冷めてしまうな」
「この状態でそんなこと気にしますか」
やっぱりヘンなのはあんたですよ、可笑しそうに囁く声に思わず言い返す。
「お前が朝ちゃんと食べないと体力がもたないと言ったんだろう」
「今日は仕事もないんですし、少しくらい食べなくても平気ですよ」
「駄目だ。いつもちゃんと採っているんだろう。なら、きちんと採らないと保たないぞ」
「って、あんた、俺にそんな体力つけさせて一体なにをさせようって思ってるんですか?」
「なにって…」
不意にとんでもない想像をした自分に一瞬で顔が赤くなる。
「え、大佐? なにを…」
何か言いかけたハボックが、同じように突然口を噤んで顔を赤く染めたのがわかって。
「ちょっと待て。ハボック、お前、一体何を想像してるっ」
「大佐こそっ。というか、大丈夫です、それなら、全然体力余ってますし、その、途中で元気がなくなるなんてこと、あんた相手に有り得ないっすから!」
「ばっ…」
余りにも恥ずかしい台詞に、凭れていたハボックの胸から慌てて身体を起こそうとして、太い腕に強く抱き締められる。
「ハボッ…」
「大佐」
普段のやる気のなさそうな声とはうってかわった甘くて熱い声。
「ね、大佐」
こんな声は反則だ。力が全部抜けてしまうのを感じながら、続けられる言葉を待つ。
「…しても、いいですか?」
「何をだ」
「キス」
このどうしようもない男は。
「…それだけか?」
「まさか」
そして嬉しそうに笑う奴。
「あんたがしたいって思ってること全部」
だから本当にこいつは、なんだってこういうことを照れもせずにさらっと言ってしまえるのだろう。また心臓が高く鳴りだすのを隠して、わざと意地悪くみつめてやる。
「私がしたいと思っても、果たしてお前がついてこられるか、だな」
「もちろんついていきますよ、…今度は」
「今度は?」
不思議な物言いに小さく首を傾げると。
「大佐」
「なんだ」
「昨夜、本当にすみませんでした」
「昨夜…?」
聞き返してすぐに気付く。こいつは未だに勘違いしたままだった筈だから。
「ああ、いや、あれは…」
なんて言えばいいのかわからなくて口籠ると、蒼い目が僅かに揺れる。
「ほんとはね、昨日の自分をぶん殴ってしまいたい気分なんです」
「…は?」
意味不明な台詞に思い切り眉を顰める。
「ハボック?」
「俺ね、大佐。あんたのことを抱いた自分がどんなに有頂天で気持ちよくて嬉しかったかすごくよくわかるんです。もちろん覚えてるわけじゃないんスけど、でもあんたのことを抱いた自分がどんなにしあわせだったかは、はっきりわかります。けど」
そして、切なそうに細められる目。
「でも、昨日の俺はきっと全然余裕なんてなくてがっついてて、しかもどうしようもなく酔っぱらってて無茶だっていっぱいして、あんたのこと全然大事にしてやれなくて、たくさん傷付けて…」
そしてまたゆっくりと、まるで壊れ物を扱うかのような手でそっと抱き締められて。
「だから、こんどはあんたのこと、誰よりもいちばん大切なんだってこと、あんたにわかってもらえるようにしたいんです。いえ、だからって、あんたを満足させられるかっていったら、そんな自信があるっていうワケじゃないんスけど、でも…」
「でも?」
「あんたのことが好きだから」
まっすぐに入り込んでくる想い。
「俺があんたのことをどんなに好きか、あんたに少しでもわかってほしいから」
だから。
そう言って、大きな図体に似合わない掠れた声が。

「抱かせてください」


ずっと好きだった澄んだ水の蒼が、今はまるでいつかどこかでみた綺麗な焔のように熱く揺れて。


一瞬で燃え上がった躯を押し付ければ、今度は遠慮の欠片もない力に、息も止まれとばかりに抱き締められた。







『恋患い12』に続く