| 恋患い1 / 白猫 |
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【ハボロイ】 できていない二人。 『恋患い1〜ハボック編〜』 これはなんだ? 目を覚ました途端その目に写ったものに、二日酔いに痛む頭を抱えたい思いのまま、身動きもできずに天井を見つめる。自分の腰に絡み付く白い腕。撓やかなそれは決して不快ではなく、寧ろ酷く気持ちがよく、もっとはっきり言ってしまえば快感だ。そして胸に触れる艶のある黒髪。眠りながら無意識に撫でていたらしい自分の掌はいまだその黒髪に埋もれている。それに胸に埋められた顔。唇が皮膚に直に触れてかかる寝息。これは、はっきり言って、朝っぱらからおかしなところが熱を持つほどにヤバイ状況だろう。 だがしかし。 なにがヤバイかといえばこの腕の中ですやすやと眠る人が恋人でもなければ友人でもなく、それどころか女性ですらないということなのではないだろうか。 しかも。 例えば、前後不覚に酔っぱらった挙げ句、所謂そのテの商売をしている少年を拾ってしまったとかいうワケでもなく。もちろん、それはそれで、大問題だとは思うが。同僚でもなければ部下でもない、しかし知らない相手では決してない、これは。いま、現在、腕のなかですやすやと寝息をたてるこの男は。 「ウソだろ…」 自分のものではない大きなベッドの上で、お互い素裸で抱き合う相手。夢でも幻でもなく、それは、どうみても、自分の上司ロイ・マスタング大佐その人に他ならなかった。 『焔の錬金術師』ロイ・マスタング。 人間兵器とまで称され怖れられる男。その実力と明晰な頭脳をもって、この若さで大佐位につき、尚その先を目指す国家錬金術師。それ故に敵も多く、命を狙われることも日常茶飯事なこの男は、それすらつまらぬとばかりに嘲笑い、気にも留めずに突き進む。そんな男に、一生ついていこうと心に決め、この命すらも捧げているのは、自分達を知っている誰もが認める事実であり、自分達の関係はそれ以外の何物でもないのだと、そう自分自身にかたく言い聞かせてきたというのに。 この人を起こしてはいけない。 抱き寄せる相手の素性に気付いたとき、真先に頭を過った思い。ここでこの人を起こしてしまえば、間違いなく燃やされる。女性に関しては節操のない上司も、男性相手には、自分の知る限りそのケは微塵もなかった。あまり良い噂のない上司には、当然その手の噂も限り無く、そのなかには、不特定多数の男性を相手にしながら、今の地位迄伸し上がってきたのだというものも確かにあった。だが、側近として傍に仕えるようになって数年。同性であるが為に、誰よりもこの上司に近しい筈のホークアイが流石に踏み込めない場所へも護衛として行動を共にしてきた自分がはっきり断言できる。この上司に、男を相手にするような嗜好は皆無だ。 だが。 (じゃ、これはどういう状態なんだ) 泣きたい思いで、昨夜のことを思い出そうと努力する。 昨夜は、どうにも気の合わない将軍閣下との会食を済ませたばかりの最高レベルに機嫌の悪い上司を家に送り届けた。いつもなら、玄関の扉が閉まり、鍵のかかる音を聞いたところで、護衛官としての任務は終わる。だが、余りに機嫌の悪い上司に、呑み直すから付き合えと無理矢理家の中に連れ込まれ、そのまま酒宴に付き合わされたのははっきり覚えている。最初こそ、呑む量もセーブしていたものの、途中からだんだんと無礼講になり、結局かなりの量を呑んだ筈だ。かなりの時間がたってから、流石にこれ以上は無理だと僅かに残っていた理性を総動員させつつ、すっかり出来上がって上機嫌になっていた上司を寝室へ連れていこうとしたことも覚えているのだが。 (あのあとどうしたんだっけ) 初めて見た上司の寝室で、そのベッドの大きさに驚いて。 それから。 まだ呑もうだとか、お前はどうするんだとか、やたらと絡まれていたような気もする。 それから。 いや、でも、ここで寝るワケにはいかんでしょうとか、そういうことを言ったんじゃなかったか。まさか、そのまま、このベッドに潜り込んだんじゃ…。 いや、待て待て。 確かそのあとで、なんとかベッドの誘惑から身を引き剥がし、扉に向かったんじゃなかったか。 そうだ、ちゃんと、おやすみなさいと挨拶をして、扉を閉めた覚えはある。扉の閉まる音をききながら、なんだかひどく安心したようながっかりしたような残念だったような心残りだったような…いやだからそうじゃなく。 とにかく、確かに部屋を出た。出たのは確かだ。なのに。何故。何だ、この状況は。考えた挙げ句、結局同じ疑問にぶちあたって溜息をついた、そのとき。 「ん…」 突然腕の中の存在が小さく身じろいだ。途端、かちん、と固まった躰を白い指が柔らかく這う。 「い…」 脇腹はまずい。頼むからやめてくれ。思わずどうでもいいことに思考がいったのは、多分に現実逃避だろう。 「うわ」 そしてこういう場合えてして望まない方向へと物事は進むもので。脇腹にたどり着いた指がそこで何かを探すかのように軽く迷う。 「ひ…」 思わず躰を捩ると、指の動きがとまった。 まずい。まずい。まずい。 「ん…?」 柔らかな声。明らかに覚醒へと向かう腕のなかの人。 どうすればいい。自分はともかく、この人にとって、この状態はきっと酷く心外なことだろう。 この人に嫌な思いをさせたくはない。ならばどうすれば。半ばパニックになりながら、ゆっくりと目覚めようとするロイに目を遣ったとき。その人の首筋に残る朱い痕に気付いた。 「あ…」 不意に、昨夜の場面が鮮やかに脳裏に浮かんだ。 彼の人から受けた甘やかな接吻け。その柔らかい唇。そしてうっとりと微笑んだ綺麗な黒い瞳のひと。 「ああ」 他のことは何一つ覚えていないけれど。あの表情だけは、忘れていない。例え今この人がどんなに怒っていようとも、不機嫌だろうとも。あの表情ひとつでこんなにもしあわせな想いに浸れる自分がここにいるという事実に、ふっと心が弛んだ。あの表情を自分が覚えている限り、例え燃やされても本望だ、…多分。 もしも、気に入らなければ、燃やして貰えばいいだろう。その覚悟をしたうえで。ただ少しだけ。小さな期待の焔が胸に揺らめくのを感じながら。 「大佐」 うっすらと開きかけた目蓋をみつめながら、そっと声をかける。この想いのほんの欠片でも、この腕の中の人が感じてくれたらいいのにと、心から望みながら。 『恋患い2〜ロイ編〜』につづく |