STAY WITH ME 16 
--- 健康祈願夏バテ快復的物語 --- 


















 暑中お見舞い申し上げます。
 遊びに来てくださる方々の、夏バテ快復を祈願して。





 
 日差しは傾きかけたが、まだまだ暑さの残るとある午後。
 冷房のない部屋から涼みがてらに買い物に出掛けた八戒。
 スーパーまで歩いてくる間にシャツを濡らした汗が、冷風で一気に冷えて乾いて行くのに心地よさそうに目を閉じた。

「図書館とかスーパーとか、ドアをくぐった第一歩目で、生き返るんですよねえ」
 買い物かごを手に取り、にっこりと微笑む。
 入り口すぐに張り出してあるチラシで、本日の特売品チェック。
「夏野菜が安くて美味しそうですね。最近三蔵が夏バテ気味だから、口当たりのよい、さっぱりしたものでも作りましょうか」
 積み上がる茄子濃紺に、口の悪い恋人の瞳を思い出してまた笑みを浮かべた。
「蒸し茄子、焼き茄子にして、よく冷やして生姜醤油にしたら、食べてくれるでしょうかねえ?」
 口当たり最優先でメニューを考える。
 こんもりと笊に盛られた茄子に、更に翌日は何にしようかと、天井を見上げた。
「……うんと薬味効かせた麻婆茄子かなあ。挽肉もたっぷり入れて。麻婆豆腐も一緒に。お豆腐は完全栄養食品だし。香辛料で食欲が増せば、自分からご飯にも手を出してくれるかもしれないし」
 八戒の頭の中の買い物リストに、挽肉と、帰路の小さな豆腐屋の絹ごし豆腐が追加された。
 挽肉は多目に買って肉味噌にしておいて、残りの茄子を油で焼いて、上に乗せてもよいだろう。
「季節の野菜って素晴らしいですねえ。美味しいし、何より安いですからねえ」

 傷のない艶やかな茄子を選び、買い物かごに入れて隣のワゴンを覗く。
 夏場は香りの野菜の色も冴える。
 大葉が束になってふたつまとめて80円。
「あ、お買い得です、お買い得」
 サラダに、素麺に、パスタに。
 醤油にも味噌にも梅肉にも胡麻にも似合う、素晴らしき大葉。
「いっそ来年は、プランタで育てた方がいいかもしれません」
 スーパーの野菜コーナーで、真剣に自家消費用大葉栽培計画を立て始める八戒。

 数歩すすむと、白く眩しい素肌の、瑞々しい大根が目に入る。
「これこれ、本日の目玉お買い得商品、大根一本80円」
 近所のスーパーでは、100円を切ることは滅多になかった。
「いいですね、凹凸も傷も無く、よく太って張りがあって真っ直ぐ伸びてて」
 きれいな若葉色の葉が沢山ついた大根を一本選び、手に取った。
「おっ、持ち重りもいい感じです」
 大根を持つ反対の掌で、軽く叩く。
 水分たっぷり、身のつまった大根はその振動を全体に伝えた。
「……いい大根です」
 八戒は満足げに溜息をついた。

 よく育った大根、まず葉を外して、さっとゆがく。
「ざく切りにして、銀杏に切った大根と一緒に薄く塩を振って水気絞って、即席漬け。他にはお肉と炒めたり味噌汁の具に。三蔵が食欲あるんだったら、大根菜飯に煎り胡麻たっぷり混ぜて」
 大根をじっと見つめる八戒。
「千六本にしてホタテ缶とマヨネーズと和えて、これも胡麻をたっぷりの大根サラダ。ああ、ナメコおろしもいいですねえ、ひんやりぷるぷるナメコの滑りは躯によさそうですし、イクラの大根おろしも、焼き肉に大根おろしも消化にいいんですよね。大根と油揚げのみそ汁。大根の薄い銀杏切りの梅酢漬け。皮のきんぴらも美味しいし。食べても美味しく消化を助ける、大根って素晴らしいですねえ……」
 指先で、ひんやり滑らかな白い大根を撫でる。
「さっぱりしたものだけでも、三蔵がちゃんと食べてくれれば……」
 瑞々しい大根に触れ、ふと、食欲不振の恋人の白い素肌を思い出す。
「食が進まなくなって、最近痩せちゃったんですよねえ。頬のラインがきつくなるくらいは、まあ僕の三蔵は美人度が増す程度ですけど。昨夜なんか鎖骨や肋骨の浮きが少し……」
 唇や掌に、感覚が蘇る。

「……はっ!」
 
 恋人の躯を案じて憂う、愁眉の下で。
 口元が思わず緩んでいた。
 大根を買い物かごにそっと入れ、そそくさとスーパーの通路を進む。




「あッ!? サンマが安いじゃないですか! 消化によくてエイコサペンタエン酸とドコサヘキサエン酸たっぷりのサンマが! 今夜はサンマ塩焼きとおろしに決定!!」












 終 







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