◇ Pieces 3 ◇


−END OF THE DAY, AND THE END OF DAYS 1 −





  いつまでもこの幸せな日々が続きますように
  叶わなくとも願ってしまうこの思いが、いつかこの子の支えとなりますように



「なにしけたツラしてやがんだよ」

 江流は声をかけられ振り向く。

「こんな作業押しつけられて浮かれてたらお目出度いよな」

 広い敷地の掃き掃除をひとりでやっていたのだ。来客があるとかで、元はこの山門の僧徒総出での仕事だったのだが、嫌がらせに耐えきれなくなった江流が兆発をして喧嘩になった。一度暴力沙汰になってしまえば江流の独壇場である。しかし江流以外の僧徒がみな怪我をしてしまい手当てに行っている。そこでたったひとりで延々振りつづける落ち葉を掃き集めていたのだ。
 江流は普段からその紫玉のような瞳の色や透けるような肌、陽光を照り返す金糸の髪などから好奇の目で見られがちだった。自分がじろじろと見られたりからかわれることなど、慣れ切っている。しかし、自分の容貌のせいで師である光明三蔵法師が嘲笑されるに至っては、速攻で実力行使に出ることに躊躇ったことが無い。

「お前を怒らせるなんざ、バカも大概だよな。ヤツラどうして学習しねえんだか」

 声をかけてきたのは朱瑛だった。一介の修行僧としてふらりとやって来て、この金山寺で武道師範代としての地位を築いている。技の柔と剛の切り替えが上手く、間合いを掴むのが難しい相手である。しかし朱瑛は江流を気に入っているらしく、なにかと声をかけてくることが多い。



「俺はいろんな所ほっつき歩いたから、人を見る目には自信があるのさ。喧嘩上手なんだよ。強い相手とは最初っから喧嘩しねえんだ」

 江流は以前彼にそう言われたことがある。

「風来坊でやって来て、あっという間に師範代になった奴が俺みたいな子供相手にそんな事言ってもな。真実味ねェよ」
「今はなんとか俺が勝つだろうよ。でもあと何年かしたらリーチで追いつかれるからな。そうなったらお前の方が多分身のこなしが軽いだろうから判らなくなるのさ」

 そういうと小柄で不利な分をカバーする動き方をレクチャーしてくれたのだ。
 見た目や年齢で人を判断しない。そういう人間だけが江流を理解してくれている。自分の身の回りにそういう人間がいかに稀有なものか…それを江流はずっと幼い頃から叩き込まれている。そういう人間こそが真に強く、正しいありたいと願い、曲がった事を嫌うかをよく見て来ている。



「人は、弱いから妬むんだと。自分の持たないものを持つ相手を憎んだり嫉んだりするんだと。それを乗り越えた人間が強くなれるんだと。お師匠様が言ってた。だからといって俺も手加減をしてやる必要はないって。俺が奢る必要もないけど、自分を貶められたら怒りなさいって」

 江流はこの年齢で、自分より遥かに年長の者までが愚劣なからかいをして来ることには、あしらいに慣れている。が、先程の人間の心理を教えてくれた師については如何なる手加減もしてやる気はなさそうだった。

「でェ?何の用だよ、朱瑛」
「お、忘れる所だった。ホラ、手伝い連れて来てやったよ。感謝しな」

 江流と朱瑛が振り向いた方向には包帯だらけの僧徒達がいた。手当てを受けたついでに、掃除を江流に押し付けようとさぼっていたらしい。

「あんまりバカなことばっかくっちゃべってやがってたから、ついでに俺も2、3発ばかりぶん殴っておいた」
「おい…。それも全部俺のせいになるんだぜ。只でさえ上の煩ェジジイ達の覚え悪いんだからな」
「ハナにも引っ掛けないくせに」

 ふたりは顔を見合わせてニヤリと笑う。

「それとなあ、江流。実は…」

 朱瑛はわざとゆっくりと勿体を付けて言い出す。

「光明様がお呼びだぜ。なんでも今日のご来客がどうとか…」
「バカヤロ、早く言え!」

 竹箒を朱瑛に投げつけるともう江流は走り出している。光明三蔵法師が絡むと、表情といい仕草といい、丸きりの子供に戻るのが朱瑛には可笑しかった。ひとしきり笑うと、表情を戻して振り向く。

「お前等!さっさとキレイに終らせないと、今日の客はえらいうるさ型らしいぞ。それとサボって卑怯な事した罰にあとでシゴく!」

 殆ど死刑宣告のような朱瑛の言葉に、その場の一同は声を失った…。










to be continue

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