STAY WITH ME 11 
--- 値千金余暇休暇的物語 --- 


















「適齢期のお嬢さんが、固まってるんでしょうねえ」
「らしいな」
「まあ、従兄弟っていうと、ある程度年齢層は近いかもですねえ」
「そんなもんかもな」
「……よっぽど気に入られたんでしょうねえ、三蔵」
「犬に好かれたって、嬉しかねえ」
 きっ!と振り返った三蔵の、瞳が少し潤んでいるように見えたのは、気の所為だろうか…?

 三蔵に、以前のバイトの雇用主から連絡が来たのは先週のこと。
 結婚式で親戚一同が旅行中に、犬の散歩を頼む、と。前回はハワイだったのが、今回は北海道の挙式で、二泊三日から三泊四日旅行(そこはご家庭の事情によってまちまちらしい)。町内に散らばる各家で留守を守り、もしくは隣家に預けられたワンコ達、計八頭を、一軒一軒拾い上げて散歩をさせて欲しいのだと。
 そういう依頼だったらしい。
 過去、人懐っこいワンコ集団にヒドイ目に合わされた三蔵は、最初茫然とし、慌てて断ろうとしたらしい。
「めでたいんだろうよ。慶ばしいんだろうよ。……浮かれて、人の話を聞いちゃいねえんだよ」
 …押し切られたらしい。
 まあ、ワリの良いバイトであるということも、三蔵が引き受けた理由のひとつであろうとは思うけれども。

「確か以前は、真冬に水遊びしたがる犬に、川に引きずり込まれたんでしたっけ?今度は夏だし、そんなに寒い思いをしなくても済みそうですしね。頑張ってください」
 笑いを堪えて言う僕の、肩を三蔵は掴んだ。
「馬鹿を言うな」
「え…?」
 にやり。
 幽鬼の如き笑みを、三蔵は浮かべた。
「ご町内をぐるり巡ってだと?オレひとりにやらせるつもりか?今回は逃がさねえ。一蓮托生だ。これは決定事項だ」
「え?え?」

 ワンコピックアップ地点をマークした地図のコピーに、三蔵はいびつな線を描いた。
「初日は付き合ってやる。この線からコッチは、翌日からてめェの領分だ」
「三蔵!?この線引きの、恣意的な歪みは何なんです!?僕に手の掛かる犬を押し付けようとしてません!?」
「そいつは、被害妄想ってもんだろう」

 絶対に、三蔵は一年越しの意趣返しをしようとしている。
 我知らず叫んでしまった、長い夏期休暇の、寸前の出来事。

   ◇   ◇   ◇
 改札口でのすれ違いだった。
「よお」
「悟浄。珍しいですね」
「ナニ、お出掛け?」
「帰るところですよ。…悟浄は、今から?」
「まあ。どーしよっかなってトコ?」
「ふうん…?」
 アポ無しで、会いに行ける相手なんだあ。
 八戒の目線が、ものを言った。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「おー」
 数歩歩いて振り向いた八戒の眼に、駅の構内の花屋を覗き込む悟浄の姿が映った。
「へえ……?」
 意外に思いつつも、八戒は自宅へと足を早めた。
 自らの、戻る場所へ。

 生花店の冷蔵グラスケースの端には、気温差で水滴が付いていた。
「捜すとなると、無いもんなのね…」
 何とはなく。
 咲き誇る花に目を留めた。
 それだけ。
「…ま、いっか」
 ほんの一輪の花を『その人』を思い浮かべて買ったと言えば、喜ばれるのだろうかと思いかけ。
 花一輪の寿命ほども、逢瀬が続くとも思えずに。
 悟浄は歩き始めた。
 何も持たずに。

   ◇   ◇   ◇
 ワン、とバウ、の中間くらいの声をひと声、ゴールデン・レトリバーが出した。
 三蔵の姿を見て、一年半前の付き合いを思い出したらしい大型犬は、猛烈に突進して来た。
 胸に太い前足を突かれた三蔵が、半歩後ずさる。
「あらあら。すいません…」
 老夫婦が慌ててリードを引いたが、犬は三蔵にじゃれつくことを止めなかった。
「あの。犬の視力って凄く低いって聞いてたんですが。制服姿の人を全部自分の主人と思い込んで駆け寄るとか、学生に痛い目に合わされた野犬が、黒い服着た人全員避けるとか」
 無言で耐える三蔵を視界の端に、僕は飼い主の夫人に尋ねた。
「そうなんですけど…。三蔵さん、金髪が目立つのかしら……?」
 そのまま出立する飼い主夫婦を、僕と三蔵は見送った。

「金髪。目印らしいですね」
「いっそ赤にでも染めてやろうか」
「おや。悟浄とお揃いで?」
「………。次の家行くぞ」

   ◇   ◇   ◇
 流れるように悟空は動いた。
 重力を無視したように、アスファルトの上を滑る。少し遅れて、三蔵が続いた。
 レンガに片端を掛けたベニヤ板を台に、悟空は高く飛んだ。
「WOW !」
 続けてそこへ向かった三蔵は、台からジャンプした途端に姿勢を崩し、つんのめるように着地し、転倒した。
 アスファルトをローラーが噛む音がした。
「勢いは悪くなかったんだけどね。三蔵だったら、数回やったら慣れるんじゃない?」
 見下ろす悟空の足下で、三蔵は無様に転がっていた。足にはローラーブレイド、肘と膝には悟空が子供の頃に使用していたというパッドを装着したままで、不本意そうな表情の三蔵が歯ぎしりをした。
「サル、てめェ…。すぐに追い付いてやる」
「すぐに上手くなるって、言ってやってるんじゃないか」
 胸を反らして言い放った悟空が、にや、と何事かを考えついたように笑った。
「さんぞ、俺、三蔵が上手くなるの、待ってるからね」
 転がる三蔵の躯の上に悟空は屈み込むと、間近で笑ってから、舌を出した。
 三蔵の、頬を。
 ぺろりと舐めて、すぐさま滑って遠くに逃げる。
「ごちそうさまv」
「てめェっ!?」
 叫んだ三蔵の視線が流れた。
「八戒」
 続けて気付いた悟空が、舌を出して見せた。
「……見てた?」
「ええもう、しっかりと」
 買い物帰りの八戒が、微笑みながら、ふたりを見ていた。

「もしかして、八戒、怒ってる…?」
「怒られるような悪いこと、したんですか?」
 首を竦めながら顔を覗き込んで来る悟空に、八戒はまた微笑む。
「してない!」
「なら、いいんじゃないですか?」
 そう言いながら、三蔵に振り向く目は、決して笑ってはおらずに…
 三蔵は黙って手を差し出した。路上に転がったまま、引っ張り起こせと、目で命令した。
「八戒」
「……はい」
 八戒は恭しげに掌を差し出し、不安定な足下の三蔵が真っ直ぐに立ち上がるまで手を貸した。
「…痛ッ!?」
 姿勢を正して息を抜き掛けた三蔵の掌に、最後に力が加えられた。

「オニ!」
「小悪魔!」

 小さな囁き合いは、悟空に聞こえはしないまでも、空気を悟らせた。八戒の後ろ姿を睨む三蔵に、悟空は近付き、小声を出した。
「マズかったかなあ?」
「悟空、貴様!?てめェが間違ったことしてねえと思ったら、堂々としてやがれ!」
 悟空の後ろ頭を、三蔵は殴りつけた。
「痛〜〜。…なんか、三蔵の姿勢も、どうだかなあ……?」
「文句があるのか!?」
「いや、無いけどさあ」
 叱られながら、悟空は三蔵のローラーブレイド練習に、その後も暫く付き合わされた。

   ◇   ◇   ◇
 朝、気温が高くなる前に、僕は犬を迎えに行った。
 小型犬は、幾ら元気でも大型犬と同距離は走れない。その分、抱きかかえて散歩することになる。僕はミニチュア・ダックスフントとポメラニアンを抱きながら、ビーグル犬とブラック・レトリバーのリードを引いた。
 躾はよい方なのだろう犬達だが、ポメとブラック・レトリバーは、ことあるごとに「構って」光線を投げかけて来る。
「可愛いし賢いのは判るんですけど……。散歩のバイトをする分には、猟犬の方がラクでいいかもしれませんねえ」
 前を向いて歩く律された動きを見て、つい口をついたその舌の根も乾かぬうちに、ビーグル犬が駆け出した。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
 何とも不本意なことに犬に引っ張られることになり、そして角の向こうから聞こえて来る、聞き慣れた声。

「……オレの前を走ろうとするな!いーから、ちょろちょろするんじゃねえよ!オマエ、拾い食いはヤメろっ、駄目だ、よせっ!」

 今日もまた、犬達に翻弄されていそうな三蔵の声に、思わず口元が緩んだ。
「優しいお兄さんが、河原で遊んでくれるかもしれませんよ?楽しみですね」
 レトリバーが大きな濡れた瞳で僕を見上げた。
「行きますか」
 ミニチュア・ダックスフントとポメを下ろし、僕達は駆け出した。

   ◇   ◇   ◇
 蒸し暑い一日が終わりかけ、窓から流れ込む空気が涼しさを運んで来た。
 遠くから、プラスティックのローラーの転がる、低い音がしていた。三蔵と悟空が、まだローラーブレイドの練習を続けているらしい。思わず苦笑を漏らしながら、窓の外を眺めた。
 ふたりの姿は見えない。
 どこかから、小さく風鈴の音が響いて、季節の巡りを気付かせる。小さく家を区切る塀から、濃い緑色が溢れ出しそうだった。
 高い湿度に負けない常緑樹。
 盛んに腕を伸ばす蔦性植物。
 そこかしこに見える、背の高い向日葵と、家々を飾る朝顔昼顔。
 濃いピンク、白、そして赤の、夾竹桃。
 濃密な色のノウゼンカズラに、命短い木槿。
 燃えるように、真っ赤なカンナ。

 夏だ。

 夕方の風に暫く顔を嬲らせて、机の上の文庫の束に目を遣った。古本屋で一冊10円で手に入れた、雑多な文庫の群れ。風に頁を煽られた一冊に手を伸ばした。
 顔に酷い火傷を負ってしまった盲目の美女を思い、自らの目を潰す男の話。
 美文に酔い切ることも出来ずにいた頃に、隣室に物音を聞いた。三蔵が戻って来たのだろう。
 三蔵は。
 ……いかにも嫌いそうだな。
『共倒れは趣味じゃない』
 そう言いながら、必要以上に怒り出しそうな気がする。

「だって、人の執着のお話なんです」
 ベッドの上に転がりながら、ひとりごちた。
「どうやっても繋ぎ止めたい、愚かな男のお話なんです」
 四角い部屋の天井を見上げながら、いつの間にか、眠りに落ちた。

   ◇   ◇   ◇
 うたた寝の合間に夢を見た。
 枕の両脇に腕を突いた三蔵が、そっと僕に接吻けた。
「ばぁか」
 優しい声音に目覚めたと思ったのに、僕の枕元に座る三蔵は、澄ました顔でシャワーの後の濡れ髪を、タオルで擦るばかりだった。
「腹が減った。美味いものが食いたい」
 むすっとしながらそう言うばかりの人に、腕を伸ばした。
「おい。もう夜なんだよ。目を覚ませ」
「もう少しだけ……」
 矛盾するようなことを言う人を、目を瞑ったまま引き寄せ、しっとりした肌に唇をつけた。

「……八戒。マジ、寝ちまったのか?」
 三蔵の声が聞こえたような気がした。続けて傍らに重みが横たわる、ベッドの軋み。
「寝癖ついたら、オマエの所為だからな」

   ◇   ◇   ◇
「くしゅん!」
 自分のくしゃみに驚いて目覚めた。長い睡眠を摂ってしまったようだった。開けたままの窓から薄い朝焼け色が見え、清しく冷たい空気が流れ込んでいた。隣から伝わる体温に、僕は急に切なくなった。
「繋ぎ止めたい愚かな男には、他に方法が浮かばなかったんです」
 閉じた目蓋に接吻けると、三蔵は微かに身じろぎをした。
「おはようございます、三蔵」
「ん……」
 三蔵は身を擦り寄せる。
 躯の両脇に手を突き、潤みきった紫色の瞳が、眩しそうに繰り返す瞬きを見つめていると、三蔵は漸く目が覚めて来たらしい。
「寝過ぎで莫迦になったらオマエの所為だ」
 あくびをしながら、そう言い放つ。
「躯も頭も、すっきり起こして差し上げましょうか?」
「どうやって……?」
 唇をついばむと、指先がしなやかに動いて僕のシャツを広げて行った。不機嫌そうな顔がボタンを外し、胸元から鳩尾まで、すうっとなぞるのを僕は見下ろした。
「どうやって起こす気だ?そんなこと言って、てめェだけ爽やかに目覚めるつもりじゃねェだろうな?」
「努力はしましょう」
 笑いながら、明けの太陽に照らされつつある躯に覆い被さった。

「愚かな男には……」
 膚の薫りに溺れながら、呟いた。

   ◇   ◇   ◇
 川面には、きらきらと日差しが踊っていた。
 昨日の半分の数に減った犬達が、機嫌よさそうに水を跳ね上げている。
「水嫌いの犬もいるんだろうにな」
「この子達は、揃って水遊びが大好きみたいですねえ」
 河原に座り込んだ三蔵の、膝の上ではポメラニアンが昼寝をしていた。艶々と輝く毛並みを、三蔵はただ、撫で続けている。
 僕はジーンズを膝上まで捲り上げ、水の中にいた。周囲を犬が走る度、顔まで水が跳ね上がる。踵のストラップが緩い所為で、サンダルが今にも脱げそうなのが不安だ。
「ねえ、交替しません?」
「さあ。どおするかな」
 三蔵が一向に交替してくれなさそうなのを見て取り、僕は楽しむことに専念することにした。流れて来た木ぎれを放り投げると、ゴールデンとブラックのレトリバーが宙で咥えようと競う。ところが二頭の大型犬の足下を、ビーグルが素早く走り抜けると木ぎれを咥え、自慢げに鼻を鳴らして僕の元に戻って来た。
「よしよし」
 頭を撫でてやってもなおざりにしっぽを振るばかりで、早く投げろと鼻先で突っついて催促をする。
「そらっ、取って来い!」
 うんと遠くに投げてやると、三頭の犬は仲良く水を跳ね上げて走り出すが、またビーグルが木ぎれをキャッチした。
 ちらりと三蔵を見やると、こっそりポメラニアンを、突付き起こそうとしているのが目に入った。
「三蔵!」
「何だ!」
 大声の返事に、三蔵の膝で天国気分だったポメが、漸く目覚めた。
「このビーグル、キャッチが上手過ぎるんですよ!何か他にも、投げるものをくれませんか」
「しょうがねえな」
 嬉しそうに、三蔵は自分のジーンズの裾を捲り出した。ポメを抱いて、ざぶざぶ水音を立てて近寄る三蔵に、言ってみる。
「投げる物を取ってくれるだけでいいんですよ。あなたまで濡れる必要、ないのに」
「言ってろ」
 三蔵は僕にぐいっとポメラニアンを押し付けた。
「そらっ!こっちもだ、取って来いっ!」
 河原で拾った棒っきれと、空気の抜けたボールを、てんでんバラバラの方向に放り投げると同時に、三蔵は走り出した。それぞれの宝物を咥えた犬が、水を蹴立てて三蔵を追う。
 水の中を走り、犬達に飛びつかれた三蔵は、あっと言う間にずぶ濡れになった。ずぶ濡れの、水を滴らせた姿で、機嫌良く口端をへの字に曲げていた。
「今日は最終日だからな。サーヴィスだ、サーヴィス」
 楽しげな仏頂面で、いつ迄も「取って来い」を続ける。
「もう。三蔵ズルいんですから」
 下ろそうとすると水面で足をじたばたさせるポメを、しょうがなく抱き続けた。
「もう。三蔵、ズルいですよ!?交替してくださいよ!」
 帰り道、濡れたサンダルの足音を立てながら、三蔵はまだ機嫌がよさそうだった。
「報酬の為だからな」
 そう言いながら、三日の付き合いの犬達を一頭一頭送り届け、最後に帰すポメラニアンとは、並んで特にゆっくり歩いた。

 旅行から帰宅したばかりのご主人に、ポメラニアンは大喜びで飛び付き、興奮した様子で行ったり来たりを繰り返していた。短い足を素早く動かし、とことこ、きょろきょろと、自分の主人と三蔵との間を動き回る。
 バイト料の入った封筒を受け取り、三蔵はポメのふわふわの毛並みに指を突っ込みかき混ぜた。
「またな」
 うっかり声に出してしまったらしい言葉に、僕は笑いを堪えるのに苦労した。

「今回のバイトは、旅行先が北海道だというのがポイントだ」
 帰る道々、三蔵は勿体ぶって紙袋を掲げて見せた。
「お土産込みの、バイト料だったんですか」
「祝儀だ」
 お行儀悪く袋の中身を覗いてみれば、保冷剤と共に入れられた、チーズに生チョコ、サーモン、きれいなアスパラ、トラピストクッキーに……
「おお。メロンだ、メロンもあります。この紙の包みは…?」
「ん?」
 歩きながら薄い和紙を剥がして行くと、中から小さなグラスが現れた。小さな気泡がきらきらと、薄手のガラスに閉じ込めてある。
「食えやしねえ」
 小さなグラスを指先に持ち、三蔵は太陽に透かして見せた。ガラスに枉げられた陽光が、三蔵の顔に落ちて映った。歩くごとに輝きは、瞳に、髪に、柔らかく揺れては落ちた。
「薄くて華奢で。簡単に壊れちゃいそうです。大切に扱わないと」
「壊さねえよ」
「とても儚そう」
「壊れねえよ」
 グラスを太陽に翳す三蔵を、僕はずっと眺め続けた。

   ◇   ◇   ◇
「壊さねえよ」
   ◇   ◇   ◇

「このグラス」
 ぽつ、と三蔵が言った。
「冷酒でもワインでも、どっちでもよさそうだな」
「ワインとクラッカーでもあれば、今夜はそれだけでも足りそうな気もしますね」
「いいワインが飲みたい」
「何だか…夏のバイト料って、物凄く呆気なく消えて行ってしまうような気が」
「文句あるならオマエは飲むな」
「飲みますって!」
 足速な三蔵を追おうとした途端に、携帯電話が鳴った。
「悟浄です」
「……嗅ぎ付けやがったな」
 鼻に皺を寄せた三蔵を見ながら、電話口の悟浄とふたこと、みこと、言葉を交わす。
「……悟浄ですけど、海にでも行かないかって」
「奴のナンパツアーに付き合う気はない!」
 携帯電話に向かって叫んだ三蔵の声は、充分悟浄に伝わったようだった。
「……美味しい魚を食わせてくれる店に連れてってくれますって」
「悟空と同じ扱いにしてんじゃねえよ!?オレを食い物で釣ろうとするのはヤメろ!」
「…って言ってますけど、三蔵、魚好きですし。へえ、花火大会あるんですか。じゃ、打ち合わせは僕の部屋で今夜…」
「八戒!勝手に決めるな!」

 三蔵が怒りながら早足で歩く。
 僕は少し後ろを歩きながら、三蔵が機嫌を直してくれるのを待つ。
 視界に入ったカンナの花の赤に、ふと何時かの悟浄の姿を思い出した。
 花を贈ろうとした相手は、どうなったんだろう。聞いても黙って笑うだけなのだろうか。何時かは、大事そうに、僕にも教えてくれるだろうか。
 夏を、共に過ごす相手のことを。夏を過ごせなかった相手のことを。

 カンナは強い日差しに揺れて、益々美しく咲いていた。

 三蔵が、歩調を緩めて半分だけ振り返った。
「……さっさと来い!」
 追い付こうと、僕は急いだ。

 さあ。夏の話をしよう。
 一緒に過ごす時間のことを話そう。
   ◇   ◇   ◇
「ところで三蔵。悟浄、車で海に行くつもりらしいんですけど」
「まさか。あの熱風クーラーのボロ車、車検通しちまったんじゃねーだろーな……?」
「………さあ。」

 ほんの少しだけ、夏のスリル。
















 終 







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