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STAY WITH ME 6
--- 吐息桃色桜色的物語 2 --- |
ぼくのくまは、ぼくのおじさんがくれたそうです。
そのときぼくは小さかったので、くまのほうが大きかったそうです。
小さいあかちゃんのときからくまがすきだったぼくは、
よくくまの手をひっぱってあそんでいたそうです。
おぼえてないけど、ときどきくまがぼくのうえにのっかってしまい、
ぼくはおんぎゃあとないたそうです。
ごはんもいっしょにたべたので、くまはいつもベタベタしたものが
ついてましたと、おじさんは言いました。
「それでどうしたの」とぼくがききましたので、
「もちろんおふろにいっしょに入りました」とおじさんはこたえました。
くまがかわくまで、ぼくはやっぱりたくさんないたそうです。
でもぼくは、まったくぜんぜんおぼえてません。
ぼくは、もうくまよりうんと大きいです。』
朝からの晴天に、街路樹が嬉しそうに葉を広げていた。
家の前の道路に待っていた僕たちは、悟浄を待つほんの10分程の間に、妙に目立っていたのだと思う。通り過ぎる人達全部が知り合いの悟空は、人も、散歩の犬も、区別ナシで声を掛ける。犬相手含め、そのまま数語の挨拶に平然と笑顔で混ざる僕も、確かに変わり者の部類だろう。
しかし、何と言っても。
「…しっかと抱えちゃってぇ…」
「文句あるのか?悟浄」
「いえいえ、何も」
ティディベアを抱いた三蔵の注目度は、断然高かった。普段は必要以上の視線を嫌う三蔵が、くまと一緒だと大人しい。全く人目を気にせず、硝子の瞳に光を当てたりして眺めている。
悟浄が僕に耳打ちした。
「…たかがくまに三蔵取られてどーすんのよ?もしかしてアレ、ダッチ・ワ…」
「聞こえてんだよ、エロ河童!」
座席の後ろから腕を伸ばして、三蔵は悟浄の首に巻き付けた。
「…渋滞する前に車を出せ。出さないんなら、くまごと車を降りるまでだ」
「さ…三蔵?そんなにくまが欲しいんですか…?」
「違えよ!」
まあ、笑い事ではあるけれども、多少妬けたのは確かだ。今日、この車でお見舞いに持って行くのが判っているのに、わざわざ三蔵はこのティディベアを部屋まで持ち帰った。ベアをそっとカウチに座らせて眺めながら、三蔵は何を思っていたんだろう。子供の頃のことだろうか。
ラッピングしてなかったら、もしかしてベッドで一緒に眠ったんじゃないだろうか。
高速に乗って暫くは、とても快適なドライブだった。
日曜日の朝は大型車もいないし、渋滞するのもまだまだ先の時間だ…と思っていた。余りの順調さに、休憩も入れずに一気に進んでいたのだが。
「出口で工事中とはね。その為の渋滞が5キロとはね」
晴天のドライブがノロノロ運転に変わった瞬間、太陽は僕たちの敵になった。風は先程からうんともすんとも言わない。外車を右ハンドルに改造したものだという悟浄の中古車は、雪山には抜群の強さを発揮するらしい。
「…っていうかさ。吹雪の中に一晩いても凍死しないらしいワ。そもそもヒーターの熱って、エンジンの排熱を強制的に車の中に送り込んでるだけだし」
「それは知りませんでしたよ。でも今は暑いんですよ」
「このノロノロ運転でクーラー付けたら、誓ってもいいけどエンジン焼け付くね。走って風が当たんないと絶対冷えねえもん。ってーか、水温計、上がって来た」
「おい、本当にやるのか…!?」
「…悪いけど、みんな諦めな」
「うわああああ!」
悟浄がスウィッチを入れると、コンソール脇のスリットから熱風が吹き出した。
「熱がこもると、マジでエンジン焼け付くから。JAF呼んでも、どーせそろそろ廃車だしな。ヒーターで、少しでも排熱するしかねえ」
「…マジかよ…」
「…灼熱地獄。全部汗で出るから、トイレの心配だけはしねーでいいな…」
『……暑う。っていうか、熱う……』
最後のヒトコトは、全員が思っていながら、口には出さなかったヒトコトだった。
それからすぐに昼食時間になり、オーナーと、悟浄、悟空は、売店に買い出しに向かった。
三蔵は飽きずに赤ちゃんを覗き込んでいる。
くふん。
「あ」
続く仔猫の様に小さな泣き声に、奥さんと三蔵は同時に反応した。
「お腹空いたみたい」
赤ちゃんを抱いた奥さんに、僕たちは慌てて外に出ようとした。
「…別にいいのよ?赤ちゃんにお乳あげるの、恥ずかしいことじゃないから」
不思議そうに笑う奥さんは、とても綺麗な絵みたいだった。
赤ん坊を大事そうに抱き上げ、真っ白な乳房を含ませる。赤ん坊は、必死にそれに吸い付く。
三蔵は、その側の椅子にすとんと腰を下ろした。目を瞑ってお乳を吸う赤ちゃんを、幸せそうに眺めていた。お母さんと赤ちゃんの幸福な姿を、とても嬉しそうに見ていた。
その光景を、まるで聖母子とそれを見守る大天使のようだと、僕は感じた。
「……なんか、照れちゃった自分の方が、恥ずかしーじゃないの」
いつの間にか戻ってきていた悟浄が、僕の肩に手を置いた。
「悟浄がエロ過ぎんだよ。赤ちゃん可愛いなあ。…姉ちゃん、早く赤ちゃん産んでくれないかなあ。俺、抱っこしたい…」
「俺は赤ん坊より、おねーさんの方が…」
「……てめェ、やっぱエロ河童決定」
三蔵に断罪される悟浄の隣では、オーナーが涙ぐみながら、その光景を眺めていた。
「…だからさ、オーナー。また鼻の下伸びてるから…」
エロ宣告された悟浄も、普段より少し優しい目で笑っていた。
「オレのくま、一体どこにあるんだろーな。…誰かにやっちまったか…?」
冷凍ストックのトマトシチューとクラッカーとワインいう遅めの夕食の合間に、三蔵が言った。
「懐かしくなっちゃいました?」
三蔵の片頬に付いたクラッカーの欠片を、僕は親指で口の中に押し込んだ。そのまま唇を撫でると、三蔵は「指ごと食うぞ」と言わんばかりに囓る真似をする。
「ん…。行方知れずのままってのが、な。いや、誰かが可愛がってやってるんなら、全然構わない。ただ、物心付いた頃には一緒にいたからな…」
「……新しいの、買ってあげましょうか?」
「新しいのが欲しいんじゃなくて、アイツが気になってるんだ」
冗談で言った言葉だったけれど、三蔵は真剣に考え込んでいた。本当に子供の頃、三蔵の大事な友達だったんだろう。くまと、くまと同じ色の髪をした子供が、ぐっすりと眠り込む様子を想像して、僕は少し笑った。
「…何が可笑しい…」
「可笑しくて笑ったんじゃないですよ。ただかわいーなーって……あ!」
三蔵は少し頬を赤らめると、報復に、ワインを最後の一滴まで自分のグラスに注いでしまった。
食事の後にゆっくりと今日一日の出来事を笑い、やがて、明かりを落として三蔵を抱き寄せた。
「…ねえ、今、何考えてるんです?まだくまが忘れられない…?」
「何だよ。妬いてんのか、くまに?」
「ほんの少しだけ」
三蔵は笑いながら僕に接吻けた。接吻けながら、ぺろりと僕の唇を舐めた。
「ああ…。昼間は本物の天使みたいだと思ったのに」
「何だ?酔わせてノせようとしたんじゃないのか?それでワイン2本目開けたんじゃないのか?」
「あなたが僕の分まで飲んじゃったからじゃないですか」
「そうか?同じくらいしか飲んでないと思うが」
三蔵の顔の両脇に肘を突き、額に唇を落とした。そのまま、額と額をくっつけて、薄暗闇の中、三蔵の顔を覗き込む。
「…くまのこと、話して」
「…そうだな…やっぱ頼り甲斐のあるヤツだったよな、自分より大きなサイズのくまの縫いぐるみってーのは。自分の方が大きくなっても、暗闇で目覚めた時に、横にくまがいると安心出来たしな」
三蔵は僕の顔を両手で包み込むと、目蓋を撫でた。睫毛が、くすぐったい。そのまま顎を上向かせて、ついばむようなキスと、その合間にくまの話を続けてくれた。
「ひとりで目が覚めると、いつもの子供部屋も妙に広く感じられた。『あ、マズイ時間に起きたな』って一瞬思っても、柔らかいのにしっかりしてるヤツに触ると、すぐに安眠出来た」
柔らかい声を聞きながら、僕は三蔵のシャツを捲り上げた。胸元まで捲ると、何時だって三蔵はそれを邪魔にして、自分からすっぽりと脱ぎ捨ててしまう。
ふと昨日の昼間の裏返しのシャツを思い出して、くすりと笑みを零すと、三蔵も同じ事を思い出したらしい。意地悪な指が、僕の鼻をつまむ。
「三蔵、痛いですってば」
先刻のお返しに、その手を掴まえて指を囓る真似をした。そのまま顔の脇に、シーツにピンで留めるみたいに押し付ける。
「痛えよ」
少しだけ力を緩めたけど、離さなかった。三蔵のジーンズのボタンを、片手で外す。
「…自分で脱ぐから。…手、離せ」
「脱がさせて」
ジーンズをアンダーごと引き抜きながら、掴まえたままの指と指を組み合わせた。
「…ねえ。どうして僕が脱がそうとすると、その度照れるんです?」
「照れてねェよ……。オマエ、どんどんタチが悪くなってくな」
三蔵の腰骨を掴まえて、僕は笑った。そのまま親指から滑らせて中心に触れ、三蔵が息を飲むのを見てまた笑った。
「おい、もういいから、手ェ離せ!ボタン外せねェんだよ!」
むくれたまま僕のジーンズに片手を伸ばしていた三蔵は、腰骨辺りを叩いた。手が届いたのなら、多分子供にするみたいに僕のお尻を叩きたかったんだろうと思うと、また笑いがこみ上がる。
「てめェ…スパンクだな。スリッパで叩くヤツ…痛ェんだぜ。俺はされたことはないが」
「悪ガキへのお仕置きか、女王様か…どっちなんです?これ以上ヤバい方って、本格的にマズイんじゃないですかねえ…?」
「押し倒しておいて、言うセリフか!?…おい!?いいから、オレの手を離せ!自分ばっかり卑怯だぞ!」
途中で三蔵に絡めた指の動きを変えたら、慌てた様な声を上げた。…気に入ったのかな?
長い接吻けをしながら、互いに掌で包み込んだ。
時折、触れ合う胸の鼓動と同じリズムを掌に感じては、絡める舌を深くした。
桜色に染まった耳朶が目に入り、そっと唇で挟み込む。そのまま、巻き貝みたいなラインに沿って舌を這わすと、ため息混じりに名前を呼ばれた。僕はそれが嬉しくて、果物にするみたいに舌を滑らせ、かぶりつく。
「はっ…かい。……なあ…もう…」
尋ねるみたいに、語尾が跳ね上がる。
三蔵の、サテンシルクか仔猫の鼻先みたいにすべすべした所を指でなぞる。じわ、と滲んだ透明な体液を、出来るだけそっと撫で広げた。
三蔵の腰が、ねだるみたいに持ち上がる。
それは、少しだけはしたなくて、動物みたいに綺麗な動作だった。
「…はっかい…?」
「先刻は卑怯だって言ってたじゃないですか」
指を巻いて締め付ける僕に、非難を込めながらも乞う声を上げる。
「…判ったから、もう……」
僕はまた笑いながら、音を立てて接吻けた。三蔵の望むように、した。
急激に解放へ向かう動きに、三蔵はまた腰を浮かせる。
その瞬間、僕の名前を呼びながら、絡めた指に力が込められた。僕は零さないように、全部掌に受け止める。
「…くそ。また負けたか…」
「何度も言ってますけど、勝負事じゃナイんですよねえ…?」
笑いを堪えながら、まだ脱力したままの腿を抱えた。先程のぬめりを、三蔵の桜色にゆっくりと塗り込める。
「…眠たい」
「どっちが卑怯なんです…?」
逃げ出そうとする躯に、上体の重みを気を付けて落とす。押さえつける。
桜色に圧迫されながら指で熱を探る瞬間、三蔵の躯が強ばる。そのまま暫く待っていると、三蔵は自分から僕に接吻けた。
「もう続けていい?」
こくりと頷く。
「先まで続けてもいい?」
またこくりと頷く。
「…くまと僕、どっちがいい?」
三蔵が吹き出した。上気したままで笑うと、涙が滲み易いみたいだ。
「くまは、こんなことしねェしな…。どっちがいいかな…?……あ!?くっくっく…止せよ…おい!何だよ、答えさせたいのかよ!?」
中を探る指を止めずに、今度は僕が頷いた。
「くまはな。もういなくてもいいんだよ。却ってひとり寝の方が安心出来るし…だから、おい!?最後まで聞け!」
僕は三蔵の熱を楽しみながら最後まで言わせようとした。
「…だからな!抱きしめても抱きしめ返してくれる腕の方がいいんだよ!オマエの方が!! ……おい、八戒!もうこれだけ言わせて満足しただろ!?いいから、いい加減に最後にオレに選択させるクセ、ヤメロ!毎回オレにねだらせるのも、ヤメロ!……真面目にやらないと続けさせないぞ!?」
僕たちは、笑いながら続きを始めることにした。
『おやすみ。おやすみ、くま=ティディ。…おやすみ、小さな三蔵』