STAY WITH ME 3 
--- 慢性的蜜月物語 4 --- 























 世の中、地獄耳という人種がいる。

 目の前の女性…三蔵の身元保証人である観世理事が、その見本とも言える人だった。僕が携帯を買った翌日には理事から電話とメールの両方がひっきりなしに来た。これは、僕に、というよりは、三蔵をからかって遊んでるんだろうなあ。

「大体だな。なんでアンタが八戒の番号知ってるんだ?」
「…んー。八戒、お前大学の休講連絡の掲示板に携帯でアクセスしたろ?」
「は?はあ」
「いろいろ弄れるんだよなあ。その道のヒトって今結構いるし。電話番号とかいろいろ情報抜き取れるらしくってさあ。その対策してたんだよ大学側でも。ちょっと弄って貰ったらお前の番号、あっという間に判っちゃった」
「……てめェ。悪用すんな。ってーか、やるな!調べるな!」
「コワイだろ?ネットって」
「はい、コワイですねえ…」

 理事は先ほどから僕だけを見て言う。三蔵は余計にそれでピリピリしている。弄ばれて、育ったんだなあ。
 僕達は、先日理事に招かれたお礼に招き返したのだ(いや、招けと命令された)。三蔵の引っ越し祝い、という理由もあったし。それで僕の携帯に連絡するっていうのも、ホントウに嫌がらせ…いや、可愛がってますね。
 三蔵はこたつにすっぽりと入り込んでビールを空けている。その隣で、既に日本酒に移行してしまった理事。
 最初は三蔵の部屋を見に来た理事だが、そのあまりの殺風景さにすぐに飽きてしまったらしい。キッチンとバスに繋がるドアを開け、そのまま続きの僕の部屋まで来て居着いてしまった。

「なんてな。本当は、お前らのトモダチの赤毛のにーちゃんに聞いただけだよ」
「悟浄ですか?確かに彼には教えましたけど…」
「やっぱり子供の頃から三蔵見てるから、心配じゃんか。一応八戒、お前のヒトトナリとかも聞いてみたのさ。『ウチの子のいいダンナさんになって貰えるのかしら?』ってな」
 三蔵がビールを吹き出しそうになる。
「てめェ、な、なにを…」
「あ?お前がダンナなのか?…まっさかだよなぁ?」
「いえ、そういう言い方が、その…」
 理事が呆れた顔をする。
「何?まだナーーーンモないの!?そーゆー仲じゃない訳じゃないよな。三蔵、お前な。お前みたいな面倒臭い奴引き受けてくれる人間なんて、滅多にいねえんだから。さっさと全部預けちまいな」
 り、りじ…。

「ずっとそばにいる」
 そう約束した。
 共に時間を過ごせることを何よりも幸せに感じる。誰にも渡したくない。この人が、もし目の前から消えてしまったら、僕は僕でなくなってしまうかもしれない。
 そして、三蔵も同じように思ってくれている…ことを期待してる。
 でも、ダンナとか…そういうのなんだろうか?やっぱり。

「でさあ、ちゅーとかはしてんの?」
 余りに余りな理事の言葉に、三蔵が赤面する。耳や首筋まで赤い。皮膚が薄いんだ。
「…したな?その反応は…。お前ら、本当にそういう仲だったんだなあ…」
 しみじみと言う。鎌を掛けられたことに気付いた三蔵の目が据わる。怒りにぶるぶると震えながら叫び出す寸前まで行っている。またそれを見て、理事はにやりと嗤った。
「なあ、三蔵…。まさかお前…未だこういうちゅーしか知らないんじゃないだろうな?」
 理事は、三蔵にかすめるようなキスをした。
「てめェッ!!!何しやがるんだッ!」
「なあ?これ、オヤスミのキスだろ?ご挨拶レベルだろ?それはお前だって判ってんだろーが?」
 いきり立つ三蔵を眺めて、冷静な声を出す。
「俺、光明から三蔵の性教育担当、仰せつかったんだ。いわば遺言だな。早くこーゆーキスさしてやんねえと…」
 理事が急に僕の方にしなだれかかる。ひっくり返されそうになって、思わず理事の身体を受け止めると、薄く開いた唇が僕の方に近付いてきた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
 三蔵が、理事の腕を掴んでいる。真っ赤な顔のままで、必死な表情で、理事を留めている。…なんて言ったらいいんだろう。怒ってるし、困ってるし、泣き出しそうにも見える。
「ダメだ」
「三蔵?」
「ダメだったらダメ」
「おい、さんぞ…」
「ダメだったらダメだったら、ダメなんだッ!」
 理事は、優しそうな顔で三蔵を見るが、当の三蔵は下を向いてしまったので、きっとその表情は見えていないんだろう。理事はぽんぽんと三蔵の髪をはたく。

「…なんだ、本当に好きなんだなあ。お前の必死な顔なんて、ずっと見てなかったからなあ。…て訳でな、八戒」
 今の今まで僕に抱かれて、三蔵の頭をよしよしとでも言いたげに撫でていた人物は、急に居住まいを正した。和服でも洋服でも、背筋を伸ばす姿がぴしっと決まる人だ。
「こんな、我が儘で、甘ったれで、スネ易い上に不器用だが、見ての通り可愛い奴だ。諦めて一生付き合ってやってくれ」
「あ、あの」
「…俺はそろそろお役ご免だ。全部、お前に預ける」

 どうしようもなく不真面目な物言いの人だけど、光明さんの亡き後ずっと三蔵を見守っていてくれた人が、僕に向かって頭を下げた。
「こいつをどうぞ、ヨロシク、な」
「謹んでお受けいたします」
 僕も深々と頭を下げる。ただ、三蔵だけが呆然と理事の腕にしがみついている。

「ヨシ!まあ、満更知らない仲じゃなし。フランクに行こうぜ」
 理事は急ににやりと笑って、僕にコップを持たせた。そのまま自分の飲んでいた日本酒を注ごうとするが、三蔵がそれを取り上げる。
「オマエら、何にやついて解り合ってやがるんだよ!」
「いちいち、カタイこと言うんじゃないよ。なに、お前注いでくれんの?」
 ひるんだ一瞬に僕が酒瓶を取り上げて、まず、自分になみなみと注ぐ。次いで、理事に。三蔵に。
「も、イイじゃないですか。飲みませんか?そろそろ、鍋も出来ますから。今日は牛スジと大根のおでんですよ。も、牛スジとろとろ」
「いいねえ。ほんじゃ、かんぱーい」
「くっそう…」
 三人で飲み干す。

 この場に光明さんがいたら、どうなってたかな?こんな風に笑ってくれたかな?三蔵、やっぱり真っ赤に照れたりするんだろうか?…光明さん、僕に三蔵のこと、任せてくれるんだろうか?
 なんだかいろんなこと思いながら飲む日本酒は、柔らかい口当たりで僕をいつもより酔わせてくれた。
「大体、てめェ、学校関係のニンゲンじゃねェか。どうして何時もそうやって横紙破りなんだよ」
「三蔵。お前光明に育てて貰った癖に、どうして常識にしがみつくんだ?あいつほど、頭柔軟な奴いなかったのに」
「いちいち酔っぱらいに付き合わされてりゃ、こうもなるだろうよ」
「他人の所為にする気か?ちゅーした仲じゃねえか。ほら、この間だって、寝顔に優しくちゅー…」
「てめ、やっぱやりやがったな!?八戒、オレされてねェって言ったのは、あれ嘘か!?」
「だって、こういう風に怒り出すの判ってましたし…ねえ?」
「そうだよなあ。可愛い三蔵にオヤスミの…」
「言うなッ!このオレに嘘付いたんだな!八戒」
「お前なあ…。嘘とオトナの違いワカランのか…?」
 三蔵はどうも酔っぱらっているみたいだった。
 前にも思ったけど、酔いが回ると子供みたいに素直になったり、我を張ったりするみたいだ。見ていてちょっと面白い。三蔵は、普段あんまり自分の感情を表に出さないから。可愛いとも思う。こんなこと言うと、また怒り出すんだろうけど。

 そんなことを考えていたら、理事と目が合った。
 可愛いと思う。
 理事の目も、そう言っていた。
 今まで三蔵を見守ってくれていた人。光明さんと、ふたりで。一生懸命守ってくれてたんだ。それでこんなに、芯の素直な人に育ったんだ。少しだけ、不器用で。愛情を受けると、全部返してくれる。
 僕を必要としてくれて、僕が必要とする、この人を。

 牛スジと大根のおでんは、我ながら久々の大ヒットだった。
 キッチンが狭いので、鍋釜類は出来るだけ数を少なくして使い回ししている。それでも欲しくてついつい買ってしまった圧力鍋で、本当にとろとろになるまで煮た牛スジが、舌の上でとろけた。鰹よりも昆布出汁を効かせて、ちょっと京風(?)に色の薄いおでん。大根も中々上品に仕上がってる。それとほうれん草のおひたしと、おまけに頂き物の大学芋。箸休めには、蕪を菊花に飾り切りにした酢の物。

 自信作は、大変好評のうちに品切れ寸前まで行っている。三人でお腹が一杯になるまで食べて、日本酒は二本空いた。そして三本目が開いた。
 こたつの上のおでん鍋からは湯気が上がり、部屋中に暖かな空気が回る。カーテンの向こう、窓ガラスは曇っているだろう。時折車がすぐそばを通り過ぎて行く音がする。静かで暖かな部屋は、とても居心地がよかった。

「おーい、三蔵ー。起きてるかー?…って、眠ってるニンゲンに聞くこともないか。結構弱えなあ」
「あなたが興奮させ過ぎるから、酔いが回るの早いんですよ」
「だああってなあ。面白いんだもんなあ」
 否定は出来ない。
「…大学に入るまで…。こいつが光明とくっついて日本と外国を行ったり来たりしてた間、周囲は大人ばっかりだったんだよ。大学も、まあ…みんなオトナって訳じゃないけど、子供って年齢じゃなかったし。こいつ、こんなに素直なところ、見せる場所があんまりなかったんだよな」
 そうですね。身近に接すれば、接するほど、この人の芯の真面目な素直さが判ってくる。真っ正面から人と向き合うひたむきさとか。先刻みたいに嘘を嫌ったのも、自分が絶対に嘘を付かないからだ。
「その分、俺や光明がこいつの子供の部分引き受けて来た、ってのもある。充分楽しいお役目だったがな。…くくっ。性教育頼まれたっての、マジなんだよ、実は。光明もやーらかい様でいて、三蔵相手だと妙に守りの姿勢に入る奴だったから」
「……ナニ教えたんですか…?」
「……怖えな、急に」
 おっとと。目が笑い切っていなかったか。
「安心しな。グンナイのキッスと、ブルーフィルム見せたくらいだから。…だから、苦労するぜえ?」
「…そういう風に話が流れるんですねえ…」
「悪いな。結構、純粋培養種に育てちまったかもだからな」

 大事にしてくれよ

 無言の圧力か。
「安心してください。僕、気が長い方ですから」
「本当かねえ?『鳴くまで待とう』の振りして、搦め手で『鳴かせて見せよう』って気もするがな?」
「…目の前で眠っている人をつまみにして、かなりご無体なこと、仰ってませんか?」
「寂しくなるから、絡んでんだよ。ちょっとくらい絡ませてくれよ。もう、三蔵にキスさせてくれないんだろ?お前が」
 僕はにっこりと笑う。

「ほら。怖え、怖え。…残念だよなあ。こうやってツブしちゃっても、もう遊べないのか。前はなあ…」

 前は…?まだ何かやってるんですか?

「そう。テキトーに服を乱してやって、一緒にベッドで眠るんだ。裸で。起きた時に面白い。こーゆーことして遊んでたからかなあ?オンナノコに余計に構える様になっちゃったのって。こいつが未だもってキヨラカなのって、きっと俺のお陰だから、感謝しな」

 理事は、天女の顔で、悪魔の微笑みを、僕に向けた。
























 続く 







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