STAY WITH ME 17 
--- 君ニ贈ル言葉探シテ三千里的物語 --- 


















「何か欲しいモンあるか?」
「牛乳が切れそうですね。あとは……あ、石鹸のストックがそろそろ無くなるかも」
 どうせそんな答えしか返ってこないだろうとは、思ってはいたが。

 アニバーサリーデイが大好きな八戒は、他人の誕生日を忘れない癖に、自分の生まれた日のことを重要視しない。持ち前の、アノ笑顔に隠した図々しさでも発揮して、プレゼントを具体的に品名まで出して要求してくれればラクなのに。

 自分の誕生日を忘れる八戒。
 何故か思い出してしまった俺。
「クソ、思い出すんじゃなかった」
 適当に奴の喜ぶ物を見繕って、その辺に置いておけば済む。簡単なことの筈だ。
 なのに何故。

「……牛乳と石鹸。他は?」
「お買い物行ってくださいます? ちょっと待って下さいね」
 嬉しげにチラシを探すな、新聞の折り込みチラシを!
「駅前のドラッグストアでトイレットペーパー安売り、スーパーの駐車場で農協主催の野菜市、お醤油ひとり一本特価、あ、スパイスもそろそろ無くなるんじゃ……七味唐辛子が」
「……。」
「待って下さい、今メモします。あ、卵も安い」
「行くのやめた」
「あっ、あっ、じゃ、一緒に! 荷物一緒に持ってください!」



 九月下旬の太陽は、まだまだ夏の眩しさで、目を射て汗を噴き出させる。
「朝夕の風は大分涼しくなって来たんですけどねえ」
 片手を翳して、わざわざ強い日差しを見上げる八戒に、釣られて空を眺めてみた。
 天が高い。
 遠くに、小さいけれども湧き上がる入道雲。
 頭上に切れ切れ、薄い雲。
 眩暈のしそうな明るさに、足下に落とした視線の先には、黒々とした影がふたつ、並んで歩む毎に揺れる。
「三蔵は瞳の色が薄いし、サングラスあった方がいいんじゃないですか?」
「日焼け痕が鬱陶しい」
「ああ、逆パンダ。……でも大して焼けもしないじゃないですか」
「少しは焼ける!」
 軽く笑いを含む声が気に障り、シャツの半袖を肩まで捲って見せる。
「色が違っているだろうが!」
「ええ、少しだけ」
 如何にも「堪えるのに苦労する」といった風情で洩らす笑いが、更に気に障る。

「ああでも。いい天気ですね」
「ああ」




 七味牛乳醤油卵を買い、野菜市では夏野菜の品定め。
「トマトが美味しそうですね。箱売りですねえ。お昼にトマトたっぷりの冷製パスタは如何ですか? 大葉と刻み海苔をたっくさん添えて」
「買うならその荷物持っててやる」
「……」
「向こうで煙草吸ってる」
 財布を出したり仕舞ったりの間、荷物を持つと言ったのが、そんなに珍しいか。鳩豆な目をするな!
 スーパー出入り口側の吸い殻入れまで荷物を運び、日陰の涼しさに息を付いた。
 野菜市の特設テントの影からはみ出す、夏野菜の彩りが目に鮮やかだった。トマト、キュウリ、ブロッコリ、茄子、ピーマン……。色とりどりに、艶やかな肌で日差しを弾く。
 野菜の山の隙間を縫うように、八戒はまだ、買い物を続けているようだった。
「食い切れんのかよ」
 咥え煙草でぽつりと言い、少し離れた場所に繋がれた犬に気が付いた。
 きゅうん。
 買い物の主人を待つ犬が、視線を合わせて、一度尾を振った。煙草一本を灰にする間、犬と並んで八戒を眺め続けた。

 俺が荷物持ちを続けることに驚いた様子を隠さない八戒を、視界の半分にしか入れないようにして、次の店へ向かった。
 八戒の片腕には、箱入りトマトとブロッコリとピーマン。
「次、薬局で石鹸とティッシュだったか?」
「……トイレットペーパーですけど、持てそうだったらティッシュも是非」
「……俺が持つのは、どっちかでいいんだな?」
「はい」
 口を開く度に、思惑から外れる方へ、外れる方へと、物事が運んで行っているような気に駆られる。思惑と言う程、大層なものがある訳でもないが。
 このまま、適度に労働力を提供して済ませばよいのか。
「助かります」
 どうせ共用で消費して行く日常雑貨を持ってやり、殊更のように感謝の言葉を「言われる側」になって。何日も経ってから八戒が自分の誕生日が行き過ぎたことに気付いた所で、騒ぎ立てることもないだろうし。
 投げやりな気分で前に出す脚に、手からぶら下げたティッシュボックスの角が当たった。
「痛え!」




「三蔵、あそこも」
 いい加減、眩しい太陽にうんざりとした気分になりかけていた頃に、八戒の足がまた止まりかけた。八戒の目が釘付けになっていたのは、威勢の良い掛け声の魚屋だった。
「三蔵、安いですよ!」
 ゴム長靴にゴムの前掛けの店員が、通りかかる人を呼ぶ。
「秋刀魚美味しそうですねえ!」
 覗き込む客に売り口上を滑らかに述べる。
「鯵もいいなあ。……あ、あれ」
 店員が氷を詰め込んだ新しいトロ箱を店先に運んで来た。
「ゴロンゴロンに太った鯖!」
「これ以上荷物を増やす気か!?」
「だって三蔵、ほら三尾でこんなに安いお値段で」
「帰りは上り坂だ!」
「トマトにローズマリー、セージ、ガーリックたっぷりのソースで鯖のプロバンス風!」
「三匹も食わん!」
「明日は鯖味噌とか!」
「鯖味噌……!……鯖味噌か」
「しめ鯖も美味しいですよ」
「しめ鯖、なァ……?」
 ついつい、八戒と揃って魚屋店員を見つめてしまった。
「この鯖、しめ鯖にしても大丈夫か?」
 鯖は鮮度が命だ。
 店員が頷くと同時に、八戒は財布を取り出している。

「毎度あり! おまけしとくよ!」
 脂の乗り切った太った鯖が一匹余分に付いて来て、さあ四匹目は何にして食わせてくれる気かと、掌に食い込む重たいビニール袋を見せびらかしつつ問い詰めてやろうと八戒を振り向けば。
 くすくすと上機嫌な笑顔。
「ねえ、三蔵」
 歩きながら小声で呼ぶので、目を合わせれば。
「お買い物中の新婚さんみたいな気分になって来ました」




 よく晴れた、九月の一日。太陽は真上近くまで巡っていた。ふたり並んで歩くと、ふたつの影が従い付いて来る。日陰に入れば半袖の腕に触れる風が、心地よい涼しさを運ぶ。
 夏がじきに終わる。
 艶々のトマトの箱を覗き込んでいた八戒が、笑った。
「ねえ、三蔵」
「何だ」
「僕、この季節好きなんですよ」
 家路へ続く上り坂を眺めると、太陽に焼かれたアスファルトには、揺らぐ逃げ水が光っていた。
「暑いし、汗かくし、日に焼けるし、まだ蚊もいるし、台風も来るけど」
「……自分の生まれた季節だしな」
「ええ」
 この狸。

「三蔵」
 何だ、狸。
「暑くて、汗かいて、日焼けもまだまだして、蚊も鬱陶しいし、台風になったら窓開けられないから蒸すけど」
 狸、何が言いたい?
「来年も、再来年も、そのまたずっと先までも、僕と一緒にいてください」
 この俺に、狸に化かされ続けろと?

 八戒の歩みが止まったことを知りつつ、三歩進んで振り返った。
 この地上に存在する限り傍にいるから。だからお前こそが離れるなと。何度も重ねた言葉をもう、口に出さなくても信じられるようになっていたのに。
 耳に触れるとそれは酷く、儚く大切な誓いのように感じられて。
「莫迦か」
 緊張しつつ返事を待つ八戒に、余裕の笑いを見せようとする唇が、抑え切れず震えた。
「そんなこと、 ―――― 約束してやるよ」


 

 小さな小さな誓いをここに。
 今生の全てをかけた誓いを、ここに。
 ずっと共に ――――












□ オマケ □

 坂道を上り、やがて部屋が見えて来る。
「三蔵、なんだか」
 急に八戒が、眩しさに目を眇めながらも、周囲をキョロキョロと眺め出した。
「こうやって坂道上っていると、チャーミーグリーンな気分になって来ません?」
「 ―――― 死ネ」
「だってほら、天気のよい住宅街の坂道を新婚さんがスキップするCM」
「誰が新婚だ!?」
「僕とあなた。手え、繋ぎたくなりません?」
「な・ら・ね・え!」
「手を繋ぎたくなるCMなんですけどねえ……」
「勝手に繋ぐな! スキップをするなッ!! パスタ出来上がるまで、お前はもう、俺に口利くなッ!」
「あ、三蔵……」
 腕や掌に食い込む荷物の重さを忘れ、俺は早足で部屋に戻った。




「……でも本当に、繋ぎたいんですけどねえ……」












 終 







《HOME》 《NOVELS TOP》 《BOX SEATS》 《SERIES STORIES》 《PARALLEL》 《83 PROJECT》
八戒さんお誕生日stayで、さんぞ語りです。
八戒さん、お誕、おめ! らびゅー!