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STAY WITH ME 7
--- 爛漫果実盛夏的物語 --- |
アブラゼミが飛び立ち、寝返りをひとつ、うってみた。
風が風鈴の音を運んで来る。
三蔵が額に汗をかいているのを見て、ホンモノの子供みたいだと僕は少しだけ笑った。扇いでやろうと持って来た団扇を、ゆっくりゆっくり動かす。
髪が、団扇の風と一緒に揺れて、まるで寝息を立ててるみたいだ。
辺りの静けさに、蝉の音だけがやけに響く。急に吹き込む風が僕のあぐらの膝に広げた本を、ぱらぱらと捲る。
どうせ真剣に読んでいる本でもないからと、捲られたページから目を落とす。時折団扇を動かして、木の床の冷たさを感じながら過ごすのが、楽しかった。
またどこかから、風鈴の音が届いて来た。
「先刻ね、大家さんから貰ったんですよ。おめざにいかがですか?」
冷えた桃を見せると、三蔵は少し鹿爪らしい顔を寄せて来た。
「…フン。いい匂いだ。…今年始めてかな?」
そのまま、桃の皮を剥く僕のそばで、シンクに寄り掛かりながら嬉しげに待つ。
頂き物の大きな桃は、黄色からほんのりとしたピンクや赤にに色づいて行く。綺麗なグラデーションの皮を剥くと、瑞々しい果肉がつるりと現れ、指を甘い香りの汁が滴る。
「…『ピンク』じゃねェだろ?これが『桃色』なんじゃねェのか?」
「『桃色』って、桃の花の色じゃないんですか?…あっちの方がもっと『ピンク』ですかねえ?」
果実の芳香と風鈴や蝉の音が、僕達が夏のど真ん中にいることを思い起こさせる。
「お皿とフォーク取ってください」
「…そんなのいらねェ」
三蔵が、僕の腕をそっと押さえた。ナイフの上にそぎ取った桃に、唇を寄せる。
「…また危ないことをする」
桃をくわえようと刃物に近付く唇を、少し緊張しながら見守った。桃を凝視する三蔵の、伏せた睫毛だとか、ぱくりと食らいつく様子だとか。
三蔵の唇が、甘く紅く濡れるのだとか。
「美味い」
「ひとりだけ先に、ズルいんですから…。順番ですからね」
今度は自分用にひと切れ、うんと大きく桃をそぎ取った。ナイフから直接食べる桃は、なんだか野蛮で素晴らしく美味しく感じられる。
「どっちがズルいんだ?ひと口で食い切れない大きさなんて、先刻は違ったろーが」
「じゃあ、僕の順番を次は一回抜かししていいですよ」
削いだ桃を、またナイフから食べようとする三蔵は、大きく口を開けて、まるでツバメの子みたいだ。そう言うと三蔵は、
「判ってんなら、早く餌寄越せ」
と、眉を寄せて真剣な顔をしてみせる。
僕は餌付けに励むことにした。
順番こに食べる桃は、あっという間に小さくなった。最後のひと切れを今度は指先で摘み取ると、三蔵の口元まで持って行った。三蔵は素直に口を開く。
「!?八戒!!」
口元から急に離して、僕がひとりで食べる真似をすると、三蔵が真剣な声を出した。あまりそれがおかしかったので、僕は笑いが止まらなくなる。
キッチンには桃のいい匂いが立ちこめて、麦茶を飲んだグラスはまだ露に濡れている。桃を剥いた僕の腕は、肘まで甘いべたべたが滴っている。
三蔵が「なんて酷いことをするんだ!」という顔をしているので、文句を言われる前にその口に最後の桃を放り込もうとした。
自分の口元に持って来られた桃を見て、三蔵は用心しながら近付く。先ず僕の腕をしっかりと押さえ込み、桃を囓ろうとする。
「…もうしませんから。この意地悪は、一回だけするのが楽しいんですよ」
「覚えてろ。忘れた頃に仕返ししてやる」
僕を上目遣いで睨み付け、桃を半分だけ囓った。三蔵は半分残った桃を指先で摘むと、僕の口元へ近付けた。最後のひと切れは、半分こだ。
少し上を向いて口を開く僕を見て、三蔵が感心したような声を出した。
「…ナルホドな。本当に巣の中の雛みたいだな」
僕が「ピィ」と鳴いてみせると、三蔵は笑いながら最後のひと切れを口に落とし込んでくれた。
「この分なら、中止にならずに済みますかねえ…?」
天を見上げて言う僕に、三蔵は主語は何かと眼で聞いた。
「花火大会ですよ。適度に風もあることだし、きっと綺麗に見えますよ?夜風に吹かれて花火見物、涼しげでいいですねえ」
「ここからでも見えんじゃねェか?」
「夜店が沢山出るんですよ。金魚すくいに、ヨーヨー釣り。射的に焼き鳥にフランクフルト。りんご飴にチョコバナナに冷やしたあんず。かき氷に綿飴に薄荷パイプ。生ビール飲みながら花火見物」
「…人出が多い。面倒臭い」
「美味しいんですよ、骨付きフランクに、チーズスティック」
「オマエ…オレが食いモンで釣れるとか、勘違いしてねェか?…でもチーズスティックは見たことがないな」
「チーズを練り込んだパイ生地が揚げてあって、マヨネーズやピリ辛のソース付けて食べるんですけど…結構癖になるんですよ、これが」
「だから、食いモンで釣るな」
呆れた声の三蔵に、今度は真顔で言ってみる。
「……あなたとふたりで、花火が見たい」
急に真っ正面から言うと、三蔵は一瞬目を見瞠いて。
「…阿呆。最初っから、素直にそう言え」
少し照れくさそうに、視線を逸らしながら呟いた。
夕方の風に、また風鈴の音が聞こえる。