STAY WITH ME 15 
--- 桜花満開春うらら的物語 --- 


















 桜が咲いた。
 まだ肌寒い気候の中で、薄い花弁を展開させ、淡い色合いを浮かべる桜が密に。
 もう数時間も経てば開くだろう、ふっくら丸い蕾の、仄かな紅色。
 陽光を吸い込んだ花びらの、瑞々しさ。
 座り込んだ芝生の、萌葱緑に散る花の美しさ。

「すっかり春なんですねえ」

 すぐ傍らに咲く、薄紫のホトケノザに指先を触れさせながら言う僕に、三蔵はちらりと目線を投げて寄越した。
 判り切ったことを口に出す度、呆れられる。
 僕の隣、公園の芝生で腕を枕に寝転がって、
 ばかか?
 三蔵の唇がそう動こうとした時、さあっと風が吹いた。

 空は水色、春霞。
 枝先の柔らかな緑、淡い桜色。
 そんなものが、見上げた視界に風で揺れた。

 空にくっきりと浮かぶ桜の枝は、白っぽい桜を引き立てる黒味が艶やかだった。
 そのほっそりした黒い枝が、微かに揺れると花びらを撒いた。
 天からゆっくり、舞い降りる桜の花びら。
 僕たちはそれにただただ、見蕩れるばかり。

 ぶるっ

 口を開いて天を仰いでいた僕の、隣で三蔵が身震いをした。
 どれだけ桜が咲いていても、地面に寝ころび、風を受ければ体温を奪われる。
 暫くの間、三蔵は寒さに身を強張らせていた。
 寒いですか?
 もう帰ります?
 そう口に出そうか、出すまいかと逡巡しているうちに、三蔵はまたゆったりと躯から力を抜いた。
 
 日差しが三蔵を温めた。
 冷たい空気を透かす光が、やんわり躯を、地面を温めた。
 また一枚、ひらりと落ちる花びらを、春の太陽が輝かせた。

「怠惰に過ごすにはいい季節だ」

 言われて3秒程経ってから、先ほどの自分の言葉に返されたのだと気が付いた。
 桜に見蕩れておきながら、それを怠惰と言うとは全く。
 うっとり桜を見上げておきながら、芝生の若い緑に躯をすっかり預けながら。
 春の日差しは寝ころぶ三蔵の全身に降り注ぎ、柔らかな陰影を与える。
 その優しい光を受けながら何て言いザマ。

「眩し……」

 眇めた眼の、金色の睫毛がまた輝いた。



「三蔵?」
「なんだ」
 機嫌のよさそうな、愛想のない返事。
「今あなたにキスしたい」
 急にぎょっとして僕に目をくれる三蔵がおかしい。
「空気に冷えた頬と、太陽で暖まってそうな髪の毛に接吻けたい」
「するなよ!?」
 慌てて首を持ち上げ、周囲を確認する三蔵に向かって、殊更に静かな声で続けた。
「陽溜まりの猫みたいな人の隣に座って、風が吹いたら躯を重ねて庇ってあげて、寒さを感じないように甘やかしたい」
 晴天の公園は、花見がてらの散歩の人や走る子供達が沢山いて、でも皆けぶるように咲く桜に酔ってか、口数少なく声も静かで。
 桜を誉めて、上を見上げてばかりの人達の中では、こっそり接吻けるくらいなら本当に見咎められないだろうと思うのだけれど。
「緑の褥の中に横たわって、躯中に桜の花びらをまとわりつかせた人にキスして、髪にくっついた花びらは唇で挟んで取って……」
「木の芽時とはよく言ったもんだな!」
 忌々しげにそうに言ってからぷいと横を向いてしまった三蔵の、髪の隙間から見えた耳朶が赤く染まっていた。




「桜見ながら耳朶囓って、花よりきれいですって囁きたい」
「桜に見蕩れる目元に接吻けて、桜とあなたとどっちの方がふわりと染まった色が鮮やかか、よく確かめたい」
「桜の蜜とあなたの唇と、どっちが甘いか比べたい」
 益々染まる三蔵の耳朶を見て、笑い出しそうになるのを堪えた声で続けると。
 とうとう三蔵が根をあげた。

「八戒、いい加減に……」
 花びらがひらり、三蔵の濡れた唇に舞い落ちる。
 ぺろ、と舌で押し出した花びらを指先に取り、僕の口に手荒く突っ込んで。
「間接キスで黙っとけ!」
 これ以上ないくらいに押し殺した声で、甘い脅迫。




 春霞の空を見上げながら。















 終 







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