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STAY WITH ME 14
--- 小春日和午後の紅茶的物語 1 ---
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何もない一日。
何の予定もなく、突然ぽかりと空いてしまった一日。
……ふたり揃って手許にお金がナイことが発覚した、とある日曜。
「コンビニでお金下ろして、どこか遊びに行きます?」
「自分のカネ下ろすのに、無駄に手数料を払うのは納得行かねえ」
こんな時ばかり庶民的なことを三蔵は言う。
日差し差し込む部屋で、のんびりとブランチ。
紅茶とコーヒー、どちらにします?
お湯を湧かしながら。
やがて立ち上る湯気を見ながら。
欠伸まじりの、低い返事を聞きながら。
「あれ。豆、もう残りが少ない」
「今飲む分がないのか?」
「辛うじてありますけど。コーヒー豆を買いがてら、散歩にでも行きません?」
「……俺の財布の中身、漱石一枚」
「僕も。コーヒー豆と、ハンバーガーなら大丈夫ですね」
「せめてMOSな」
諭吉、新渡戸がいれば、映画でも見に行けたんだろうなあ。
それでも。
ガラス越しの陽光は、とても暖かで。
窓を見上げた三蔵は、眩しそうに目を細めた。
額にかかる前髪の一本一本が、日差しの色に染まっていた。
「何だ?」
前髪を指ですくうと、僕の掌の影で紫暗の色の瞳の瞳孔がゆっくり広がり、穏やかな色合いに変わる。
「今日は布団干し日和かもしれませんね」
「……何故俺の髪を触りながらそう言う」
「暖かいからです」
指の間をさらさらと滑る髪に、唇をあてながら。
「懐くな。鬱陶しい」
「ありがたがってるのに」
大事な大事な人に、臍を曲げられる前に。
コーヒーをふたりで飲んで、紅茶をポットに詰めて。
「部屋の中は暖かいですけど、外は少しは冷えますよ」
「ああ」
椅子の背に掛けたままだったジャケットを手に取ると、ガラス越しの光にふんわりと暖まったそれが手に優しく。
「はい」
「ああ」
肩に広げて掛けると、温もりに三蔵は目を猫のように細めた。
コーヒー豆を、マンデリンにするかモカマタリにするかで悩んでから、ハンバーガーを買い込み、公園へ向かう道すがらのんびりと歩く。
葉の落ちた街路樹なんて寒々しいばかりと思っていたのに、落葉のお陰でたっぷりと日差しを吸ったアスファルトまでが暖かな気がした。
三蔵は何も言わない。
ただ、太陽の光の色の髪が揺れる度に、穏やかな瞳が見えるだけ。
甲高い鳴き声に振り向けば、路傍のピラカンサスのたわわな赤い実にムクドリが喜び回るのが見え、気付けばそこかしこの庭では、葉の落ちた枝にみかんやりんごの実が刺してある。
「あ。メジロ?」
「今、インコが交じってなかったか?」
他愛のない会話を交わしながら、日溜まりで昼寝する飼い犬や、車のボンネットで躯を伸ばす猫を見た。
何もない一日。
ただ歩き、冬の最中の暖かな日を堪能するだけの一日。
枯れた芝がなだらかに広がる公園で、濃い緑の柊に、小さな白い花を見た。
遠くに聞こえる歓声は、子供達の草野球のファインプレイの応援。
小さな子供を連れた母親。
犬と一緒にジョギングする人。
ゆっくりとあるく、老夫妻。
歩くスピードが、誰もが違っていた。
すれ違い、向かう方向も違っていた。
目の合う人、気付かずに行き交う人。
僕たちは、僕たちのスピードで隣合って歩み、日溜まりにベンチを見つけた。
目の前を行き過ぎる人達を黙ったままで見て、カップを交替に使って、ミルクで煮出した、ナツメッグとカルダモンとシナモンと砂糖をたっぷりの紅茶を飲んだ。
ハンバーガーは公園に来るまでに少し冷めていたけれど、ピクルスが甘酸っぱくて、あっという間に僕らの胃袋に収まった。
「今日は暖かいですね」
「ああ」
三蔵は生返事ばかりで、煙草をふかし出す。
煙草を咥える間、また子供達の声だけが風に乗って。
「煙草、拾って下さいね」
「ああ」
今度は少し口を尖らせて。
それでも三蔵は、紫煙の行方を追って、眩しげに天を見上げた。
「三蔵」
「何だ?」
ベンチの背もたれに腕をかけ、振り向いた人が愛しくて。
「何でもありません」
「……莫迦か」
何もない一日。
あなたが隣にいるだけで。
happiness
■■ 終。…そして ■■
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