BLOWIN' - 5 - 
 軌跡と、舞い上がる土埃が、乾いた大地にひと筋の道しるべを残す。
 誰ひとり見る者もなく、それはやがて風に消えて行く。
 風の向こう、何処までも続いて行く。
 ジープに運ばれる4人を太陽が照りつけた。
「日差しがキツくなって来たよなー」
 そう言いながらも、悟浄は先程からシャツを脱ぎ捨て上半身を日に晒している。適度に日焼けした肌に風が当たると、機嫌よさそうに煙草に火を着けた。
「悟浄なんで無駄に元気なんだよ。カッパの皿、もう干からびてんじゃねえの?」
「…カッパや人魚のミイラって言われてるヤツ、サルのミイラや魚の剥製から作られてるって知ってっか?てめェ干してから人魚に仕立ててやろっか?」
 ぐったりシートに沈み込んだ悟空も、マントを外して上着のボタンを全開にしている。悟浄にからかわれても今ひとつ覇気がない。
「や〜めた。暑くなるばっかなんだもん。…なあなあ、さんぞー…」
「止まらず進む。休むような木陰はない。涼む湖も川もない。ジュースもアイスクリームもない。大体俺に暑さを訴えても、気温は下がらん。諦めろ」
「だって暑いんだもーん」
「取り付くシマもナイって、これですねえ…。確かに湿度が高くなって来てますからねえ」
 後部シートに比べて、運転席とナヴィシートのふたりはいつも通りの服装のままだった。風が衣服をはためかせるが、日差しのきつさの前には清涼感も感じられない。
「こう空気がぬるいと、ジープ走らせててもあんまり爽快感ないですねえ」
「こないだまでの黄砂の嵐よりはマシだろう。これだけ空気が変われば…」
「え?何ですって?よく聞こえなかったんですけど…?」
 途中で小さくなった声に八戒が助手席に視線を走らせると、三蔵はきっちりと着込んだ法衣に被布をはためかせている。
 白絹が、眩しいばかりに陽光を照り返す。
「別に何でもない」
 遙か前方を見る横顔は、いつも通り表情が読めない。
 が。
 ふと頬の線が和らいだような気がした。
「三蔵?」
「何でもない」
 三蔵は被布を深く被ると、ヘッドレストに頭を預けて目を瞑ってしまった。

 ゆっくりと太陽が動いた。真上から落ちていた陽光が徐々に横顔に当たるようになり、輝きが目を射るようになる。
「八戒ー、次の…」
「次の街まであとどの位かって聞く気か、サル?お前先刻から何べん聞いてんだ?5分刻みで同じ質問してたら、5分刻みで答えが変わるってのがどーして判んねーんだよ?あ、サルだからか。悪かったなあ、サルだもんなあ」
「んだよっ!答えが判ってても聞きたいコトもあるじゃんかっ。待ち遠しい気持ちの表れじゃんか、悪いのかよ!?」
「悪いに決まってんだろーが。同じことを延々聞かされる身になれ、サル!」
「サルサル言うな、エロガッパ!ミイラガッパ!焦げカッパ!!」
 口論が始まり、悟浄と悟空が睨み合った。お互いに掴みかかろうとした掌が衝突し、ぎりぎりと指先まで力んでの押し合いになる。

「…同じことを聞かされる身、と言ったか?悟浄」
 ゆらり、とふたりの視界に陰が映り、撃鉄を起こす音が聞こえた。
「ほほぉ。貴様でも同じことを繰り返す不毛さは理解出来るんだな?」
 がっちりと組み合った悟空と悟浄は、そのままの体勢で硬直した。
「そうとは気付かず、今まで悪いことをしたなあ、悟浄?で、100万べん繰り返してる貴様等の喧嘩の理由を、オレに判るように言え。オレが発砲するまで貴様等の喧しい阿呆ぶりが止まない理由を、ハッキリと解説しろ」
 悟空が、そろり、と視線を横に動かした。ナヴィシートに片膝をついて、後部シートを覗き込んでいる三蔵の法衣が見える。S&Wの銃口が、ふたりの間を行ったり来たりしていた。
 引きつった悟空の表情につられ、悟浄もそろそろと顔を横に向けると、そこへぴたりと銃口が定まった。
「三蔵〜?ちょっとこの距離はヤバいんじゃな〜い?ハズレないっしょ、これじゃ…」
 頬を引きつらせながら笑う悟浄の額に、鋼鉄の感触が押し当てられる。
「余計に外れねーじゃねえかよ、このクソ坊主…。おい、八戒…」
 悟浄が助けを求めた瞬間、遂に八戒が吹き出した。
「…ナニよ、それ」
 八戒の笑い声に、悟空は目を上げた。逆光に浮かぶ三蔵の表情は、唇の角度がいつもより…
「…さん、ぞ…?…あー!」
 八戒が笑い続けながら、前方を指さした。

 もくもくと立ち上がる積乱雲が、物凄い勢いで近付いて来ていた。雲の真下に雨が降り注いでいるのが、はっきりと見える。雲を押し寄せる風が、雨の香りと涼気を運んで来る。

「…悟空。まだ暑いか?」
「ううんっ!」
 もう普段通りの片頬だけの笑みだったが、S&Wを懐へ仕舞う寸前、三蔵はくるりと人差し指で回転させて見せた。
 一瞬それに目を剥いた悟浄が、脱力してシートへ寄り掛かる。
「なんだよ。俺等はオモチャか?」
「こんなに可愛い気のねェオモチャなんざ、いらねえよ」
 悟浄がハイライトを銜えたのを見て、つられたのか三蔵もマルボロを取り出した。ジープのエンジンを止めた八戒が振り向くと、火のついたままのジッポがその間を一往復する所だった。
「ふたりとも、今火なんか着けたって…ほら!」
 八戒の声と同時に、ばらばらと雨が降り出した。

 大粒の雨が地に落ちる瞬間、土埃と共に強い香りが立ち上る。生き生きとした、大地と緑の香りが立ち上る。
 マルボロを投げ捨てた三蔵は、それを深々と吸い込んだ。
 大地に染み込む雨は、三蔵の躯をも包み込む。ジープに立ち上がったまま、三蔵は金冠を手に天を向いた。金糸が流れ、白い額と細い鼻梁が露わになる。
 音もなく落とされた被布を手に取った八戒が見上げると、三蔵は目を瞑っていた。雨を受け、躯に濡れた法衣を貼り付かせたその貌は、歓喜の表情に似ていた。

 『乾いた大地に、萌葱が一面に広がるようになればいい…』

 天蓋を覆う黒雲の切れ間から、大粒のシャワーを透かし、陽光が筋になって落ちた。雨粒が輝き、三蔵を飾る。貼り付いた金糸から落ちる滴が、また輝いては三蔵を飾る。
 見蕩れる八戒の目の前で、雨雲は駆け足で去って行った。
「ふうー。忙しい雨でしたね」
「でも涼しくなったあ」
 スコール並みの雨のシャワーを受けた悟空は、ひまわりの様な笑顔を見せた。
「空気が新鮮だと、煙草が美味いって言いたいんだけどな。ポケットに入れてた煙草まで、ぐっしょりだぜ」
 火の消えた煙草を銜えたままだった悟浄が、にやりと笑いながら髪を掻き上げる。
「吸うの止めねえぜ?」
「薄情だねえ…」
 袂を搾る三蔵に、八戒、悟浄、悟空が笑みを向けた。黙っていても一番暑さが身に堪えていた筈の三蔵の、機嫌よさそうな悪態を嬉しげに受け取る。
 軽く水気を押し絞った被布を、八戒は手渡した。手に取る布地の重たさに三蔵は一瞬眉を顰めるが、勢い良くそれを広げ持った。

 ぱん!

 純白の布地が振られ、細かな水滴が舞うときらきらと輝いて虹を生み出した。
「ハ!」
 悟浄が放り投げた煙草が、軌跡を描いた。
「煙草のポイ棄てはやめてくださいと、何度言えば…あ」
 4人が振り返って眺める空に、大きな虹が架かっていた。通り雨の過ぎ去った澄んだ空に、美しい橋が架けられていた。
「八戒、いつ迄見てやがる。いい加減に車出せ」
 飽くまでもぶっきらぼうな声がする。
 ジープが走り出すと、4人にまた風が吹き付けた。4人の髪を、それぞれ風がなびかせる。
 三蔵が、被布をまた広げた。
 風を受けて、純白の布地が大きく翻る。金糸の髪と共に、陽光を飲み込み、跳ね返す。

「いい風だ!」
 蜃気楼の揺らめく大地をまっすぐに見つめた三蔵が、言った。

 緑に染まる夢を見る大地に、軌跡が続く。
 風の向こう、何処までも、遙か遙か続く。














 終 







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◆ アトガキ ◆
『BLOWIN'』最終回でございました
…最後の最後にあまあまが無くなってしまったですね^^;あでで?
果たして「三蔵至上」もちょっと怪しいままです
…えー。短い番外編、多分近い内にアップ致します
激短い、八戒さんのイイ目編(笑)
その時はまたちょろっと、この緑や風や雨に喜ぶ三蔵様の設定を
思い出してやって頂けると嬉しいです

…反動出まくりのエロ長編がおまけです…