歓喜の表情
表情を余り出さない三蔵の官能に近い表情に、一瞬八戒の胸が高鳴った。
宿にふたり部屋をふたつ確保した八戒は、忙しく働き出す。
「悟空!洗濯機借りられるんですって!濡れた服と、汚れ物、このカゴに入れちゃって下さいね。速攻で洗濯したら、今日中に乾かせると思いますから…。……悟浄」
「うわっと」
「あなた今逃げようとしたでしょう。着替えたら買い出しに行って下さいね。今必要なものをメモしますから…」
こっそりとドアへと向かおうとした悟浄は、そのままメモを書き出す八戒の手許を覗き込んで、呻き声を上げた。半乾きのシャツを脱ぎながら、悟空が呆れ顔を見せる。
「悟浄、八戒から逃げられるワケないじゃん。…あ、八戒、静かに怒ってる?買い物メモ、缶詰に、水に、燃料に…重たいモノばっかじゃん」
「気の所為ですよ、悟空。…ま、可哀想だから、燃料は明日の出がけにジープで行くことにしましょうか」
にっこりと笑いながら、八戒は走り書きのメモを悟浄の胸に押し付けた。
「…って?お前は行かないの?」
「僕は洗濯がありますから…。あ、汚れ物はこのカゴにね。後で受け取りに来ますから」
文句を言いかけて止める悟浄と笑う悟空を背に、もうひとつの部屋へと移動する。
「…三蔵。着替えて下さいって言ったじゃないですか」
窓辺の椅子には数日分の新聞を抱え込みながら、マルボロを灰にし続ける三蔵が座っていた。
「ん…今着替える。コレ、吸い終わってからな」
はだけた法衣と、眼鏡と煙草と新聞。
三蔵の最もリラックスしたスタイルに落ち着いてしまっている。 これはせっつかないと、自分から動くようには思えない と、八戒はこれ見よがしにため息をついた。
「!?」
目線を落としたままだった新聞を、先ず取り上げる。
「てめェ、読んでる途中だぞ!返しやがれ!」
立ち上がる三蔵の肩に、八戒はにっこり微笑みながら手を置いた。
「僕も急いでるんです。…じゃ、このまま読んでていいですから、大人しくしててくださいね」
新聞をテーブルの上に広げると、三蔵は思わずそちらに目線を走らせた…
「…おい」
勝手に三蔵の手甲を外そうとする八戒に、三蔵が低い声を出す。
「そのまま読んでて良いんですよ。僕がお着替えさせて上げますから」
「冗談じゃねェ…」
慌てて自分で服を脱ごうとする三蔵の様子に、八戒はくすくすと笑い出す。
「僕のことはお気になさらず…。新聞、この宿のですか?さっさと読んでさっさと返さないと…」
背後から三蔵の腰に腕を回し、帯を解く手を止めさせる。そのままうなじに接吻けながら、両腕の手甲を外して椅子の背に掛ける。
「…お前またヘンなこと考えてるな…」
呆れた声の三蔵は、それでも本当に新聞に目を落としていた。
「気にしないで下さい」
言いながら八戒は、うなじからノースリーブの肩口まで唇を滑らせ、華奢に浮き上がる鎖骨に歯を当てた。腰に回した腕が強められ、引き寄せられた三蔵は上半身を逃がそうと新聞の拡がるテーブルに腕を突く。
「あ。これは思った以上に煽情的な姿かもしれませんねえ…」
「この…!」
肩にかかる熱い吐息と唇に、ため息混じりの声が応えた。
帯が解かれ法衣が落ちる。
八戒は唇を離さぬままアンダーの裾から片手を侵入させた。ゆっくりと肋を数えるように脇腹を撫で上げると、めくれ上がって行く黒のアンダーウェアに眩しい程の白い素肌が露わになる。
乾いて暖かな掌に与えられる感触に、三蔵は身を震わせた。
八戒が敏感な桜色の突起を、爪先でなぶった。微かに鼻に掛かった吐息が三蔵の唇から漏れ、半ばまで現れた背が誘い込むような陰影を浮かべ撓る。
八戒は薄く血色を浮かべる耳朶を唇に挟み込もうとした。
「…てめェ。何がお着替えだ…」
「ちゃあんと着替えさせてあげますから、新聞読んでていいんですよ?」
耳朶を囓るように囁き、摘み上げる刺激を強くする。躯を捩らせ逃げようとする三蔵を、八戒はまた強く引き寄せた。
「ンっ……!」
押し付けられた欲望に、三蔵は反射的に仰け反り呻きを漏らす。
「三蔵」
耳元で囁かれる、優しく、宥めるような声。
「三蔵。目を瞑っちゃ駄目じゃないですか。ちゃんと読んでてくださいね。宿の新聞、早く返さないと皆さんが困るでしょう…?」
熱い吐息と共に囁きながら、胸元への刺激を止めずに、欲望の証を強く強く押し付ける。
「ンあっ」
背後から強く押し当てられる熱い塊に、あえかな声が上がった。テーブルに突いた掌の指が、しがみつくように曲げられる。
敏感な胸の突起をなぶられ続け、肩口に埋められたままの唇に翻弄されて、三蔵の息は乱れていた。唇と舌の這う感触に快楽の震えが走り、その揺らぐような感覚に流されかける度に、胸元への刺激が強められる。…爪を立てられる。
痛みを伴う甘美に、快楽の波に乗り切れずに引きずられる。
三蔵の神経は、八戒のもたらす感覚だけに捕らわれていた。
吐息混じりの唇と、ひと時も休むことのない意地悪な爪先、脈打つ欲望の訴え。
急に腰骨を手荒く掴まれ、脈動のままの動きを押し当てられた。布地越しの欲望が生々しい熱さに感じられる程、三蔵の意識がそこへ集中する。
三蔵は、吐息を抑制することを止めた。自分を突き上げる欲動のリズムに、追い立てられるままの呻きを上げる。
背筋ごと反らされた首筋に、覆い被さるようにして八戒が囁く。
上気した肌の芳しさに、乱れた金糸から垣間見える唇に、もたらされるものを余さず甘受しようとする肉体に、囁きかける。
「…こんなに、何も考えられなくなっちゃうくらいに乱れてても、どうしてあなたって人はきれいなんでしょうね…」
「っアん…ッ」
首筋にかかる熱い吐息に、三蔵はテーブルに突いた腕を折った。伏した肢体が、降服を伝える。レンズ越しに長い睫毛を震わせ、訴えるように開かれた唇の横顔が、八戒の目には酷く蠱惑的に映った。
「三蔵、それじゃ新聞読めないでしょう。…新聞がくしゃくしゃになっちゃいますよ」
「…てめ…八戒…。まだそんなこと……もう、いいだろ。こんなじゃ、どうせ読めやしねェよ」
紅に染まる目元を少し悔しげに上向かせ、三蔵はテーブルの上に広がったままの新聞を払い落とした。
ばさり、と音を立てて新聞が部屋中に舞い広がる。
再び突っ伏す三蔵の吐息が、磨かれたテーブルの表面を曇らせた。
ぎりぎりまで捲り上げられた黒いアンダーウェアは、暴かれた白い素肌をただ淫猥に引き立るだけだった。剥き出しになった腹も、八戒の指に弄ばれて充血した突起も、今は冷たいテーブルに押し付けられている。
眼鏡を鬱陶しげに外しかける手を八戒に留められ、ほんの僅かに首をよじり八戒を見上げる。
「てめェだって、あんなだったじゃねェのかよ。…こんなにまだるっこしいコトばっか続けてんじゃねえよ」
躯をひねり起きあがると、ゆるゆると八戒のジーンズへと手を伸ばした。
震える指が八戒のジーンズの前を広げ、そのままそそり立つ欲望に絡められる。掌に直に触れる脈動に三蔵は一瞬息を詰め、平静を装うとする表情を、微かに寄せられた眉のラインが裏切る。
「三蔵。今のあなた、凄まじく色っぽいですよ。こんなに切ない顔して、裸よりヤらしい格好して、僕のものに手をかけて…。先刻あんなに焦らしたから、あなたのここも限界でしょうにね」
つ…、と長い指先が三蔵の欲望をジーンズ越しに撫で上げた。その微かな刺激にも、より強い刺激を求める三蔵の腰が揺れる。
「判ってんなら、何とかしやがれ。てめェがオレにこーゆー格好させてるんだろうが。てめェの見たいモン、好きなだけ見せてやってんじゃねェか。責任取れ、…は…やく」
口調を、掠れる声がまた裏切る。
快楽の渦に巻き込まれつつも、まだ虚勢を張ろうとしている三蔵が、八戒にはとても愛しくきれいに見えた。
「本当にあなたって人は可愛らしい人ですね。とてもきれいで、意地っ張りで。…折角『早く』ってねだってくれたけど、もっともっときれいなトコロを見せて欲しくなっちゃいますよ…」
骨格の薄い顎に触れる八戒の掌が、貴重な宝石を扱う丁寧な仕草でそれを包み込む。
掌の中の薄く開かれた唇に、八戒はついばむような接吻けを繰り返した。すぐに離れる唇を三蔵の舌が追いかけ、また掠めるように近付く唇がそれを挟む。
熱をはらむ接吻けの合間に、八戒が囁く。
「ねえ。そのきれいでハシタナイ舌で、シて…?」
一瞬の間をおいてから三蔵は床に跪いた。
テーブルに寄り掛かる八戒の猛るものに、唇を寄せる。絡められた指が一瞬止まり、接吻けに濡れた唇が開かれ薄い舌が現れる。躊躇いがちにゆっくりと八戒の先端に触れ、…撫で上げ、含む。
熱い口腔に己を飲み込ませた八戒は、満足げな吐息を吐いた。
見下ろす三蔵は、金色の睫毛に翳りを帯びる瞳をうっすらと開いていた。
眼鏡をかけたままの奉仕に、日常と非日常の境目が危うく感じられ、硬質なガラスを透かす欲望の煌めきが、なお八戒を駆り立てる。
その表情を露わにしようと、八戒は三蔵の額に被さる金糸に指を通し、掻き上げた。
白い額に時折眉が寄せられ、濡れて紅みを増した唇が、自分のものをくわえ込み上下するのを眺める。すっかり露わになった華奢な顎のラインが、限界まで開かれて自分の肉を迎え入れる様子が、八戒の情欲を高める。
三蔵は自分の口腔内の欲望の塊に熱心に舌を這わせた。飲み込む肉が訴えるあからさまな欲情が熱を増して行くように、丁寧に、淫らに舌を遣い、唇で締め付ける。
口腔内の脈動に、三蔵の思考が奪われて行く。育って行く肉欲の存在感を唇に感じ、躯の記憶が期待感となって、脊髄にしびれを走らせる。
勤勉な舌が精通の道を辿り、また先端に絡み付いた。唇が離れ、白い歯がくすぐるように刺激する。八戒のものに絡められたままだった指が締め付けられ、充血に硬度は増す一方だった。続けられる局部的な刺激に、八戒はくぐもったような息を吐く。
三蔵が、唇で奉仕したまま八戒を見上げた。
挑発的な視線だった。
「…そんな目で見て…知りませんよ…?」
髪を掻き上げたままだった指に、八戒は力を込めた。金色にけぶる頭を抑え付け、動く。
口腔を好きなように犯す肉に、三蔵は眉を苦しげに寄せた。喉の奥への刺激に、噎せ掛けて涙をにじませる。反射的に押し返そうとする舌の動きは、反対に八戒に狭い肉を犯す快楽を与るばかりだった。それでも、八戒の欲望に歯を当ててしまわないように、三蔵は懸命に顎を開いていた。
さらけ出された従順な顔に、八戒の欲望が加速する。
「ああ、苦しいんですね。可哀想に、こんなに熱くなって、泣いちゃって…。なんてきれいな表情なんでしょうね…」
三蔵の髪に絡む指が力を増し、唇と喉の奥への摩擦が早められた。苦痛と息苦しさに、八戒の脚にしがみつく三蔵の爪が、食い込む。
熱が、三蔵の喉の奥で迸った。脈動に合わせての最後の摩擦が口腔に与えられ、三蔵はそれを全て飲み込めずに思い切り仰け反る。
濡れた唇からこぼれた肉が、三蔵の口元に白濁を放つ。
飲み込み切れなかった白濁も、紅い唇からこぼれ滴る。
喉を塞ぐ苦痛から解放されても、三蔵の息は乱れたままだった。未だ潤む目元が、蘭の花の芳しさを思わせる色香を放つ。
「 何もかも忘れて吸い寄せられそうですよ」
八戒は脱力して床に手を突く三蔵を支え、テーブルに腰掛けさせた。胸元に飛沫を見つけ、散々苛んだばかりの桜色の突起になすり付ける。
「ふっ…ア」
後ろ手に躯を支えながら、薫る肢体が弓なりに反った。覆い被さる八戒の躯にしどけない脚が絡み付く。
「随分お預けをくらわせちゃいましたからね。今度は、大事に大事にしてあげますよ。あなたの一番して欲しいことを優先でね」
優しい声音が三蔵の神経に毒のように染み込んで行く。
長い指がジーンズにかけられ、待ちかねていた解放に三蔵は甘い吐息を吐いた。
躯をゆっくりと倒されながら、自分を抑え込む躯に白い腕を差し出す。情欲を訴える指を、黒髪に差し込む。
テーブルの上に汗ばむ躯を広げながら、神経を蕩かすような声が上がった。
「なんか…喰われてるみてェ」
「…極上の、果実みたいですよ。滴るような。全て喰らい尽くしたくなる…」
快楽の蜜の溢れる果実と、罪びとの唇とが、密やかな逢瀬に悦んだ。
きょとんと見つめ返す悟空に、悟浄は気の抜けた笑いを返した。
「買い出しに行こうにも、カードまだ受け取ってなかったんだよなあ。なーんか、サル叩き起こしてまでして、急いで買い出しに行く気も、起きなくってなあ」
「何だよっ。カードだったら三蔵から受け取ればいいんじゃん。早くしないと日が暮れ…」
「ヤメとけ?悪いコト言わないから、今はヤメとけ?」
悟浄が真剣な表情で留めた。ぶるぶると首を振っている。
「…ああ。もう面倒くさいから、飯でも食いに行くか。たまにゃおごってやっから大人しくしろ?…買い出しは明日に回しても、絶対ェ八戒怒らないから!屋台の桃?西瓜?何でも買ってやっから、とにかくもう何も聞くな?」
「え♪本当にいいのかよ…、って、何が何やら判んねえんだけど、俺」
部屋を出る悟浄に走って付いて行きながら、悟空は首を傾げ続けていた。