見知らぬ世界に怯懦して、そして俺は選ぶ言葉を間違えた。
「オレハサンゾウホウシダ」
その寸前まで三蔵は、ベッドマナーを何も知らぬまま、八戒のもたらす快感に素直に応えていた。襟を広げ白い素肌を剥き出しにするごとに、夜気の冷たさに一瞬震えを走らせながらも、躯をそっと圧し広げる八戒の体温に、しがみつくように付いて来ていた。
目蓋に、頬に、顎に、首筋に。
徐々に下がって行く八戒の唇が胸元の二つの飾りを交互にじらし、尖らせた熱い舌が鳩尾を通る頃には、三蔵の脚は押し開かれていた。
腿の付け根の、青白く滑らかな膚が丹念に辿られ、三蔵自身ろくに触れることのない部分が八戒の唇に飲み込まれた。三蔵は息を弾ませ、腿の間に揺れる黒髪に指を絡ませながら、固く目蓋を閉ざして眉根を寄せた。
常の性欲の薄い分、与えられた悦楽に急激に溺れる三蔵は、不慣れな世界で堂々としていたと、八戒は思った。三蔵自身も気付かなかった快楽に弱い体で、八戒の与えるものを余さず享受していたと。
三蔵が小さな呻きを洩らし達した後も、八戒は自分の手順が性急だったとは思っていない。
耳元で言い聞かせるように囁き続け、けぶる金糸の髪と華奢さの残る手首を絡め取りながら、白く眩しい腿を持ち上げた。
例えば、三蔵が未経験の怯えを素直に表していたら、八戒は素肌に触れる掌に全身全霊を込めて、快楽に埋没する三蔵が美しかったことを伝えたろう。
吸い付くような、滑らかな膚にすべらせる唇で、三蔵が堂々と、貪欲なまでに悦楽を享受していたことを称えたろう。
貝殻の様に薄い耳朶に、宥める声を、甘い毒を滴らせるように囁き続けたろう。
獣の本能を充足し合う為のマナーを、三蔵はもうほんの少しだけ自尊心を忘れることを怠って、違反した。
僅かに胸を押し返すだけで、もう1ミリ眉根を寄せるだけで、八戒にはもっと時間を掛けて三蔵を蕩かすだけのつもりはあったのだ。
瞳で訴える替わりに目を逸らし、三蔵であることを理由に逃げ出そうとしたその初心さが、八戒の嗜虐をそそるまでは。
「僕はあなたに愉悦を与えるだけ。あなたの身を、最後まで汚すことはしません。けれど僕を拒まないで。僕の唇と掌の与えるものを、拒まないで 」
痛みと快感を代わる代わるに与えられ、躯の中に奔流を感じ始めた三蔵には、頷くことしか出来なかった。
鏡を前に、ひんやりした石の床に三蔵は膝を付いた。
八戒が三蔵の肩に、背に、丁寧に湯を掛けた。間接照明の浴場に、三蔵の金糸の髪も、白い躯も、ぼうっと輝くようだった。
濡れた髪から滴が落ち、肩をころころと転がるように落ちる。
頭上から掛けられる湯が、髪を染み通り、チャクラの輝く額から鼻梁へと流れる。
「駄目ですよ、そんなにごしごしこすったら。目を痛めるし、膚だって傷付きますから」
鬱陶しげに水を払う腕を優しげな掌に捉えられ、そのまま降ろすと膝の上に揃えて置いた。
「そう。ちゃあんと大人しくしててくださいね」
流れる湯に、三蔵は素直に目を閉じた。
膝を付いた瞬間に感じた床石の冷たさは、ふんだんに流れる熱い湯に、いつの間にか消え去っている。立ち上る湯気の暖かな潤いが、吸い込む呼気にも混じり込んだ。
襟足から肩にかけて、少し高い位置から湯が落とされ、張り詰めていた緊張が溶かされた。
知らず洩れた吐息を聞きつけ、八戒がくすりと笑った。
「疲労、溜まってます?」
「ストレスの溜まるような連中とばかり、付き合ってるからな」
「ストレス発散は、結構しているように見えるんですけどねえ?悟浄にも悟空にも、あなた散々当たり散らすじゃないですか」
「…ひとつ言うとひゃく返ってくるヤツがいる所為だ」
「それって僕のことですか?」
「てめェ以外に誰がいるっていうんだ」
笑いを帯びた言葉を返しながら、八戒は掌で三蔵の頸を後ろから包み込んだ。湯に馴染んで透き通るような膚の上に、たっぷりと泡立てた石鹸を広げて行く。
「僕の言葉は、受け取る側次第なんですよ」
親指を耳の後ろの髪に挿し込み、ゆっくりと圧しながら間近に囁く。
「ひゃくの言葉の中に、大事なことも、要らないことも交じっているのかもしれませんよ」
八戒の指は、首筋を脊椎に沿って降りて行った。
「要らない言葉に必要以上の意味を聞き取って、大事な言葉を聞き逃していることもあるかもしれませんよ」
三蔵の項を、髪の生え際から肩胛骨の間まで、親指は幾度も往復を繰り返す。
「拘っていると、たったひとつの言葉を応え間違えてしまうとか…?」
くすくすという笑い声が、湯気にこもりながら反響した。八戒の大きな掌が三蔵の肩を掴み、肩胛骨を強く圧しながら、四本の指で肩の関節の強張りを解く。
暫く力の強弱を繰り返し、やがて掌は背を降りて行った。
眩しいほどに白い背に、脊椎が蒼い陰を付けていた。八戒の掌は、その両脇を押しながら滑り降りて行く。三蔵の躯に、凝り固まっていたものが溶け流れ出した。熱い湯気と、掌と、そのどちらにも炙られながら、指先までも巡り出した。
薄い耳朶が、ほの赤く上気する。
「気持ち、いいですか?」
「これで済むんならな」
「済むと思いますか?」
腋から交差した腕が、鎖骨の下から裏側に入り込むように、肩口まで指を走らせた。
「ん…」
「…必要最低限の筋肉だけ、つくんですねえ。ホント、余分な肉って無いなあ、三蔵は。ほら、大事な筋肉は丁寧にほぐしてあげましょうね」
羽交い締めに背が八戒の胸に押し付けられ、三蔵は身を捩った。泡に滑る膚と膚の感触に身をすくめるが、八戒は気付かぬように掌を腕に移した。
「…暴れないで。腕、大事でしょう。明日も、明後日も、あなたは銃を持つんでしょう?明々後日も、弥明後日も、銃を撃ち続けるんでしょう…?」
「…それが?」
筋肉をほぐして行く掌は、確かに三蔵の疲労を癒していた。しかし三蔵の意識は、指の触れて行く柔らかな腕の内側に集中し始める。
日に曝されることのない素肌は、泡よりも淡い色合いで、薄明かりに浮かび上がっている。
誰の目にも曝されることのない、誰にも触れさせることのない、肌理の細かな膚。
指の滑る動きに沿って、甘い感覚が生まれてくる。
しっとりと、指先にまで甘い蜜のように溜まって行く。
掌が急に首筋を登った。指先が、つ、と顎から胸元までラインを辿る。
「何も。あなたは、あなたの為すべきことを、思うままにしていい」
泡に覆われた胸の、尖りに指先が止まり、転がした。
じわ、と、三蔵の中にまた蜜が生まれる。
「僕はあなたの為すままに、思うままに従うだけ」
掌は三蔵の上を丁寧に動いて行った。
背後から抱えられるようにして、三蔵は身を折っていた。
八戒の掌は、腿からふくらはぎへと、丹念に筋肉をほぐしながら泡を広げて行く。三蔵の片足を身体に押し付けるように曲げ、足の指まで一本一本撫で浄める。指は三蔵の足裏を掴み、踝の周囲を圧し、脚の裏側を昇った。
腿の付け根まで昇った掌が、充血した下腹部を避けるように、青白い皮膚を撫でて反対の脚に渡った。
「……っ」
三蔵は一瞬息を詰め、背を八戒に押し付けた。
身体を挟む、八戒の腿に置いた手の指に力が籠もる。投げ出していた脚を持ち上げられ、また身体にぴたりと着けるように折り曲げられる。
八戒は、ふくらはぎから滑らせた手で、足首を持ち上げた。三蔵の背は、益々八戒の胸に押し付けられる。
「きれいな脚」
脚を閉じようとするが足首を掴む八戒の腕は強く、反対に強く腿を押し開かれる。充血したままの三蔵自身が、さらけ出された。
「…やめっ……っ!」
腿の内側を撫でる指が、充血の下を辿って桜色の蕾に触れる。三蔵は、八戒にもたれたまま背を強張らせようとしたが、抱え込む腕は緩まなかった。身を捩らせて触れる膚に新たな甘さが走り、髪を乱して頸を振る。
「……っくぅ……!」
蕾をほぐす指の動きに、小鳩のような声が声が漏れる。泡に潤い滑る蕾が、撫でる指先を飲み込んだ。
「ン…!」
三蔵は堅く目を瞑り、八戒の肩に顔を押し付けた。
「すぐに目を閉じちゃうんだから。そんなことをしても判るでしょう?ほらここ…」
八戒はゆっくりと指先の出し入れを繰り返した。
「ふァ……!?」
「動いてますよ、ひくひく、って。モット呑ミ込ミタイって言ってるみたい」
「ア!」
一瞬深く挿し入れ、抜き去る。
「ここも。なんだか淋しそうですよね。触れてあげないと、可哀想みたい」
指先が充血の根本まで撫で上げ、周囲にだけ微かに接触して行く。
三蔵は片足を躯に引き付けようとしたが、肘で強く押し開かれた。掲げられた足首が、躯の真上近くまで持ち上げられる。
「やぁっ……」
頸を振ると、濡れた髪が頬に貼り付いた。
「目を閉じてても、全部自分で判るでしょう…?触れて欲しくて、欲しくて…って風情ですね」
付け根の周辺の敏感な部分を、指が滑って行くごとに、三蔵自身の跳ね上がる動きが続く。堪えきれない自分の躯が、三蔵の羞恥を煽った。
「自分が今、どんな格好をしてるのか…よおく判っているから、目を開けられないんですよね?勿体ないなあ、とてもきれいなのに」
「…はっか…!」
「腿の後ろ側、とても白くてきれい。ふくらはぎの後ろも」
「はっかい…!」
振り乱した髪がひと筋、三蔵の唇に届いた。
「腿の内側も、とてもきれい…」
「八戒…!」
「目を開けたら、鏡で全部見えるのに。額にチャクラの輝く、銃を持つあなただけが、あなたの姿じゃないって、よく判るのに。…こんなに可愛らしい貌も」
「はっかい……、八戒」
「こんなに愛らしい、ここも」
「…はっ…ぁあッ!?」
求める動きを止められなかった蕾が、指を深く呑み込んだ。
足首の拘束は漸く解かれたが、膝を掴まれ大きく開かれた。三蔵は力無く八戒にもたれかかるばかりで、抵抗も見せない。
深みを探る指の動きに、唇を噛み締めては呻きを堪える。
目蓋をきつく鎖ざし、これ以上無い程に紅みを帯びた唇が震えていた。八戒はそれを鏡越しに見て、微笑んだ。
三蔵がしどけなくもたれかかり、指先ばかりに力を籠めてしがみついている。指の探しあてた一点は三蔵の衝動を強め、しきりに腰が揺らいでいる。
八戒は、先刻まで掲げていた脚の、膝の裏に腕を入れて持ち上げた。大きく広げて胸の突起をきつく摘み上げると、三蔵の、あまやかな呻きがこぼれた。
三蔵は背を仰け反らせ、乗り上がるように八戒の肩に頭を預けた。
紅く濡れた唇が舌を覗かせ、せわしなく空気を求めるように動く。意味のない言葉を紡ぐように、名を呼ぶように、動き続ける。
「…ンあっ」
三蔵の膝が跳ね上がり、爪先が掴むように曲げられた。放置されたままの三蔵自身が震え、先端の蜜が流れた。
三蔵が頸をよじり、八戒の首筋に顔を埋めた。また唇が動き、熱い吐息が直に触れる。
「…どうしました?」
「……」
「ちゃんと、口に出してくださいね」
「……ダしたい」
「…出したいですか。では…」
耳元へ、囁く。
「…どうして欲しい?」
孕む熱を覚え込んだ俺の躯が、溜まる蜜の重さに撓る。
走る甘さを刻み込んだ膚が、やがて触れられるだけで熟して落ちる。