裏cotton 2 
 三蔵の髪が陽に煌めく。
 先程濡れたばかりの髪は、その華奢な骨格の頭に張り付くように重たいが、くしゃくしゃとタオルに掻き回されて乾いて来た部分が、空気を孕んで明るい色を取り戻して来ている。

 普段から三蔵は窓辺に座ることが多い。
 早朝の柔らかな日差しの中で、またはカーテンで昼の直射日光を遮りながら、狭く薄暗い宿の特等席で新聞を読む三蔵の姿のイメージは、いつも眩しさを伴う。
 柔らかな日差しの下、新聞を読む三蔵は眼鏡で少し済まし顔に見える。黙って座っているだけならば、端正な顔の造りも相まって物静かな文人然と見えるのだ。
 それに物足りなさを感じるのか、すぐに三蔵にちょっかいをかけるのは悟浄だ。そうとなると、三蔵に構って貰えるチャンスを待ち続けている悟空も、辛抱し切れず騒ぎに乗じる。
 また三蔵も彼等を無視し切れないのは…何故だろう。
 騒動の最中に八戒がお茶を出し、笑いながら宥める声をかける。そして一旦は静寂が戻り、4人それぞれが自分の好き勝手なことを始める。ひとつ部屋にいるだけで、全員見ているものは違う。
 それでも居心地がよいと思える幸せ。

「新聞ひとつ穏やかに読み通せない環境は、三蔵にはストレスですかねえ」
「…何か言ったか?」
「いいえ、別に」
 微笑む八戒の視線の先、三蔵は髪を掻き上げながらマルボロをくわえたところだった。僅かに目を伏せ、ライターの火を煙草に移す。一息深く吸い込むと、ソファのアームレストに身を凭れさせ、頬杖を突きつつ窓の外を眺める。 
 厚手のバスローブをゆったりと身に纏い、横顔から首筋へ続く線が匂うように八戒の目に映る。普段ハイネックに隠された鎖骨の浮き上がりに、柔らかなタオル地が陰を作る。頬杖を突く腕の、滑らかな皮膚の下に青白く走る静脈がやけに無防備に感じられた。
「余り食が進みませんでしたね。…もしかして疲れてますか?体調が悪いんだったら、シャンパンばかり飲んでないで…」
「あのなあ」
 心配そうな声を、三蔵の呆れた声が遮った。マルボロを指先に挟み、心底不可解とでも言いたげに八戒を見る。
「オマエ、本当にオレの躯が心配なのか?スープは冷める前に飲んだし、シャンパンも栓を開けたらそりゃ飲むさ。しかしオレがメシ食える状態かとか、ホントーに判らんのか?オマエ先刻ナニしてたんだ?」
「…キスだけしたかったんですよね。ついでに一緒にシャワー浴びちゃおうかとかも思ってましたけど。キスで止まらないのは僕の所為じゃないと思うんですけど」
「オレの所為だとでも言う気か?言ったらぶっ殺すぞ。オマエに散々な目に遭わされたのはオレの方なんだからな」
 揃いの白いバスローブ姿の八戒が微笑む。
「じゃあ口には出しません。…僕の所為で食べられないんですか?僕そんなに酷いおイタしちゃいましたか?」
 テーブルを挟んだ距離のまま、八戒の湖の色の瞳が急に深い色を帯びたように三蔵には感じられた。
「ねえ、三蔵。まだ躯アツイままですか?」
 八戒はソファに近付くと三蔵の躯の両脇に腕を突いた。そのまま覆い被さるように躯を低くして囁く。
「僕が、あなたが乱れて行くのを見るのが大好きだって知ってます?いっそずっと乱れたままでいてくれたらって思うのも、知ってます?そうやって素知らぬ顔で過ごしながら、躯が僕のこと待っててくれるなんて…最高」
 穏やかでいて、深い深い色合いの湖。その湖水の碧に囚われる    
 三蔵の紫玉の瞳も、覆い被さる人影に暗がりの色を帯びる。
「…この昼日中に、そんだけ発情した言葉が吐けるってのは却って立派だな。で?お預け喰らわせた責任、さっさと取るんだろうな」
「勿論、喜んで」
 三蔵の指からマルボロを抜き取り、灰皿に押し付ける。そのまま八戒は三蔵の躯を抱え上げた。
「…オマエ、これ好きだな。なんだか荷物扱いで気に食わんのだが」
「お姫様抱っこなんですけどねえ。大事に大事に抱き上げてるつもりなんですけどねえ」
「いや、オマエは結構ぞんざいだ」
 言いながら三蔵は八戒の首に両腕を回した。
「以後注意します」
「当然だ」
 三蔵を首にしがみつかせたまま、八戒はベッドスプレッドを引き剥がし放り投げた。
「…やっぱりぞんざいじゃねえか。」
 八戒の頭を抱えるようにして文句を言う三蔵を、丁寧にベッドに横たえた。
「お姫様を下に降ろしたくなかったんですよ。途端に逃げられちゃいそうで怖いですからね」
「獲物逃がさない野獣か?」
「野獣の何より大切なばらの花です」
 肌触りのいいシーツに躯を滑り込ませ、体温を感じ合いながら囁きを続ける。

「ばらの棘で死ぬこともあるって知ってます?」
「刺される方が悪いってことだろ」
「流石にばらは言うことが意地悪ですねえ」

 接吻けの合間の囁き声が、徐々に熱を孕んで途絶えがちになって行く。

「棘がなくちゃばらじゃねえだろ」
「毒まで持ってる」
「…こっちも必死なんだよ」

 ついばむような接吻けが、やがて深くなり熱さを探り合う。舌を絡めて互いの熱を確かめては、追ったり追われたりを繰り返す。
 ひんやりとしたシーツの暗がりが、ふたりの熱に浮かされたように温まる。
 八戒は三蔵のローブをゆっくり左右に開いた。
 白いシーツ、白いローブの上でも、尚三蔵の素肌は白く眩しい。
「なんて甘い毒」
 重ねた身を徐々にずらしながら、八戒は指で辿って行った。
 濡れて訴える瞳をすぐに隠してしまう金色の睫毛、滑らかな頬、白く細い首、すぐに歯を当てたくなってしまう鎖骨から、薄い肩。
 青白く暖かな腋から、滑らかな筋肉の付いた胸。
 ゆっくりと長い指を走らせ、また、淡く残る戦闘の痕に留まりながら三蔵の肌の震えを楽しむ。
「こうやって触れてるだけで、指先から染み透って来るみたいだ」
 肋に掌を当て、白さの増して行く腹から腰まで降りて行く。
 八戒が下腹部の柔らかな体毛を指ですくい上げるように撫でると、三蔵が溜息をついた。
「…習慣性、あんだろ?」
 情欲に掠れた声に、八戒が笑いながら応えた。
「本当に悪い毒ですねえ」
 目の前で期待に震える果実の、先端の蜜を舐め取り唇に含んで行く。
「…どっち、がっ……んんッ…」
 自分を包む熱さに、三蔵の背が撥ね上がった。全て含まれ緩く摩擦される。
 漸く与えられた刺激が物足りなくて、三蔵の脚が八戒の躯をきつく挟み込み、彷徨う指が黒髪に絡む。
 シーツの上で汗ばむ躯と、腕に絡むローブ。快感を追って腰が艶めかしく揺らぐ。
 三蔵を口中に納めながらそれを見やった八戒は、自分の屹立がローブの布地を押し上げるのに苦笑しつつ、舌を動かした。
 尖らせた舌を往復させ、滑らかな先端を歯で刺激する。
「ふ…あッ……も、先刻からっ…充・分だっ…」
 自分の足の間に潜り込んだ黒髪の頭に向かって、三蔵が訴える。
「……もっ……イかせろ、よっ…!」
 余裕の無い声に八戒が破顔し、自分の頭を挟む腿を膝まで撫で上げた。吸い付くような肌触りの内腿に音を立てて口付ける。
「はいはい。了解」
 宥めるように声を掛けて、八戒は自分の指を口に含み濡らした。三蔵自身に再び唇を這わせながら、後ろの熱い蕾にゆっくりとその指を潜り込ませる。
「ふあ…っ……ッ!……あ、あ、ん…ッ……」
 浴室で充分にほぐされていた躯は、すぐに八戒を飲み込んだ。八戒の舌の刺激に同調して奥が蠢き、締めつける。その抵抗の波をかいくぐって、長い指が三蔵の躯の中の一点を目指す。
「…っ……またそれっ……ヤめ…」
 制止の言葉とは裏腹に三蔵の躯が反り返り、黒髪が強く引き寄せられる。
「…くっ……イっ…!」
 指と唇が熱を増した。
 達する寸前に三蔵は、口中に放つ羞恥に八戒の頭を押しやろうとしたが、自らのものから熱い感触は離れなかった。却って自分のものをくわえ込む八戒と視線が合い、その眼が自分の痴態を楽しんでいるのに気付き、体温が一段と上がった。
「…も……ヤぁ…」
 羞恥と快楽の中で乱れる自分の姿を、八戒の眼に晒すことで。
 更に自分は一層快楽に追い上げられている。
「見……るなっ…」
 三蔵は改めてそれに気付いて、放った。

 八戒は三蔵の顔を覗き込み、うっとりと微笑む。
「…腕どけてください。あなたの貌見せて。イったばかりのあなたの貌」
 そっと三蔵の額に押し付けられた腕を取った。三蔵の紅潮した目元は、固く目蓋を閉ざしたままだった。震えがちな熱い吐息を吐く唇が、艶めいて薄く開いている。
 薄らとかいた汗に金糸の張り付く頬が、自覚の無いまま壮絶な色香を放つ。
「…飲むな」
「どうして?」
「いいから今度から飲むな!」
 漸く瞳を上げた三蔵が、濡れた目で八戒を睨んだ。
 三蔵は、達した瞬間に自分の放出したものを嚥下するであろう八戒に酷く困惑を感じ、目を閉じた。目を閉じても、それを飲み下す気配が、物音が、自分の全身の感覚をさざ波のように駆け抜けるのを感じた。
「…なんだか理由は察しちゃったりしますけど…。子供みたいに恥ずかしがって困ったり、そうかと思うと稀代のヴァンプみたいに色っぽく乱れたり…。そういうの、ひとことで何て言うか判りますか?」
「…何だって言うんだ」
「可愛い」
「ばっ…!」
 飛び起きようとする三蔵を押さえると、八戒はその唇を塞いだ。
 どうしようもなく恥ずかしがる三蔵が八戒の胸を腕で突っ張り、それがまた可愛らしく感じられて、笑いを抑え切れずに何度も角度を変えて接吻けた。
 やがて息苦しさに負けて大人しくなった三蔵に、何度も何度も接吻けを続けた。
 諦めて茫然と開かれた三蔵の瞳に、湖の色の瞳が映る。
 深い湖に陽が差して、きらきらひかる。
「…オマエ、かなり上機嫌だな」
「あなたをこの腕に抱いているのに?僕が不機嫌だったことがあります?しかも今日は僕の誕生日で、こんなに素敵なプレゼントを手にしているのに?」
 単なる確認の言葉に、疑問形で返す言葉も微笑の成分が含まれる。
「所で、また飲んじゃうと思いますけど…許して貰えますか?」
「…もういい。それ以上口に出して言うな」
 ぐったりとシーツに伸ばされた三蔵の手が、思い付いた様に八戒の腰に回った。ローブのベルトを紐解き、ベッドの下に放り棄てる。
「もういい。さっさとこの誕生日終わらせる」
「酷いですねえ。でも僕の誕生日が終わっても、あなたの誕生日も69日後に迫ってますよね。楽しみにしててくださいね」
「オレは何もいらねえぞ」
 八戒の肩からローブを落とそうとしていた手が引っ込められる。
「遠慮なさらず」
「遠慮じゃねえ」
 八戒が自分でローブを脱ぎ捨てるのを見て、三蔵は身を起こして自分の腕に絡んだままだったローブの袖を抜こうとした。
「あ。そのままで…」
「あ?」
「いえ。…そういう姿とかって、やっぱり男の浪漫かなーっ、とか」
「……この馬鹿!エロ河童よりよっぽど露骨じゃねェか!?触んな!伝染る!!」
 三蔵は自分の上にのしかかる八戒に枕を押し付けた。
 枕越しの八戒の声は、慌てながらもやはり笑っている。
「三蔵、それ凄く酷いです。傷付きます…」
「知るか!傷付くだと?これだけ図々しいヤツ…来年はちゃんと誕生日来る前に言いやがれ!いい加減めでたいって歳でなくても、アイツ等が覚えててオレだけ気付かないってのは腹が立つ!前もって直接申告しに来い!」
 枕が横に落ちる。
「…はい」
「判ったか」
「…はい」
 湖水の碧が、益々陽のきらめきを増したようだった。

 素肌を触れ合わせ、波のようにたゆとうた。
 時に切なく、時に悦びに声を上げながら、シーツの波間に時が過ぎる。
 広い肩に掲げられた脚が撥ね、所在なさそうにシーツを掴んでいた三蔵の指がもどかしそうに空を掻く。
「…辛いですか?」
「いや、へい…き…だ」
 きつく瞑られた目と寄せられた眉が、苦痛と快楽を往き来している。

 打ち振るわれる金糸の髪が輝く。
 日差しの下とは違う、艶めいて引き寄せられるような輝きだった。汗に少し湿って重みを増した、自分以外の誰も見たことのない輝きだった。
 それが嬉しくて八戒は髪に唇を落とし、その動きに三蔵が苦痛の勝った呻きを漏らした。
 急に、腕の中の人と快楽を分け合うことに焦りが消える。
 優しい、柔らかな気持ちが八戒を満たした。

 八戒の動きがゆっくりとなり、三蔵は目蓋を上げた。気遣う抽送が却ってじれったかった。
 三蔵は腕を差し出すように上げた。
 八戒の首に巻き付け、指を黒髪に潜らせる。
 瞳が懇願の色を帯び、噛み締められていた唇が意味の無い言葉を紡ぐ。
 落とされる唇に、やがて同じ名を呼び続ける。
 ねだる言葉と願いが繰り返される。

 愛の言葉を。

 素肌で暖かなシーツにくるまり、抱き合う夢の中でも。














 今度こそ fin 







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◆ note ◆
9/21の八戒さんお誕生日記念「裏cotton」、更に引き続いての「2」でした(笑)
ウカレ具合が判りましょう?
ちょ、ちょっとstayの八戒さんが憑依してるかもですね
えっち以外が長いのは、毎度のことですね^^;

誕生日シアワセあまあまえっち、これにてお終い