Under The Rose 
under the rose
・密談
・「秘密に」「内緒に」「信頼して」
・ローマ時代の、天井にバラを吊した宴会での会話の内容を、
 他では漏らさぬことにしたという風習より。
『無様だネ。』

 無様だろうが何だろうが、あがけるだけあがいてやるさ。
 人生死ぬまであがきっぱなしなんだ。

 
『…こっちは4人だ。少し頭を使えば、どうにでもなる』

 一瞬、悟浄が意外そうなカオをした。
 コッチハ4ニン
 自分の口から出た言葉が、聴覚に音の震えとして入り、脳に届く。
 コッチハ4ニン
 何食わぬ顔で会話を続けた八戒が、不穏当なことを嬉しげにほざいた。
 コッチハ4ニン
 悟空は、気付かない。奴にとっては当然過ぎることだから。
 腹立たしいことに、オレがそう思っていると、それすらも。
 動物に腹を立ててもしょうがないのだが。

    お客様、お煙草はご遠慮下さい。
銃器類も     それからお子様とペットの御同伴も禁じられております』

 オレの、持ち物だ。
 全部、オレの持ち物だ。
 欠く気はねぇよ。
 自分でも意外な程に反発を感じた言葉だった。

『…ねえ俺に頂戴?』
『やらねぇよ。』

 やらねぇ。
 誰にもやらねぇ。
 手放さない。
 手放したくない。
      オマエには、その価値が判るのか?
 判ったから欲しかったのか?
 判らないまま、本能的所有欲だけで全てを欲しがったのか?
 ズルくても、ケチでも、もう手放す気なんてねぇんだよ。

 ガウン、ガウン!
    さっさと走れ!!』
『いやん。三蔵サマ優しーっ
『ここを出たら殺してやる』

 悟浄が笑う。
 今回のゴタゴタの発端ヤロウが、嬉しげに笑う。
 所有物のうちの、たったのひとつのクセに。
 オレがそれを傷付けられたくないのを、聡く気付いて笑ってやがる。
 やっぱりいつか、ブッ殺す。     オレの手で。

    伏せて!!』

 崩壊する建物から必死で駆けて離れる。
 ぎりぎりのタイミングで、奴が叫んだ。
 その判断に素直に従ったのは、保身の本能だろう。
 咄嗟にでも、その声の判断を疑わない自分が、ここにいた。
 呆れる程に、その声を ――――

『終わりましたねえ…』

 瓦礫と化した「お城」。
 建造物のカケラが、ぱらぱらと周囲にまだ落ちる。
 もうもうと立ちこめた埃と土がやがて落ち着き、見上げる空は澄んで青い。
 疲労と脱力にひっくり返って、大の男4人で頭を突き付け合って転がった。
 そんな莫迦らしいことをしてしまったということを、気にさせることのない青空を。
 揃って見上げた。

 どこまでもどこまでも続く、蒼穹を。

 心の片隅に巣喰っていた虚無が。
 大きな笑顔を喪失した時に、永久に心に穿たれたと思った虚無の闇が、埋まって行く。
 「死なねえ」奴らの、脳天気さと、瞳と、笑顔と、怒鳴り声と、怒りと、悲しみ、喜びで。
 感じることをやめようと思った。
 感じることをやめたいと願った。
 眠らせていた心の柔らかな部分が目覚めてしまうのを、とても恐れていたのだと漸く認めた。
 「喪いたくない」対象を持つことに怯えていた、十四のままの子供が、漸く目覚めた。

 血と埃にまみれたむさ苦しいヤロウ共と頭を寄せ合って見上げた青空に、真っ白な雲が浮かんでいる。
 陽の光に眩しく輝く雲が、風に流され、千切れてはまた寄り合う。
 青空に白い雲。
 残骸になった「お城」の瓦や鳥居の朱赤。
 目に染み込むような、色合いの数々に取り囲まれる。

 長い階段を降りながら、声を聞いていた。
 いつも通りの、悟空の騒ぐ声。にやりと笑いながらそれをからかう悟浄。八戒は…珍しく心から笑っている。
「ピィ!」
 甲高い鳴き声を上げて、鳥居の朱赤のトンネルをジープが飛び回った。
 甲高い、喜びを訴える鳴き声。
「…そうだな。」
 喪いたくない奴らと共にあることを、喜ぶ自分。
 「死なせない」「死なせたくない」と思ってしまっている、自分。
 脳天気が伝染してしまったことを自覚しながら、煙草に火を着けた。
 紫煙に全て託すだけ、言葉にはしない。
 誰にも言わない。

 大事なモノの為に、次には迷わず立ち上がるであろう自分のことを。

      ◇   ◇   ◇
「なあなあ。三蔵のアレってもしかして…」
「…ああ。考えたくないが、恐らくな」
「そんな失礼なことを言うもんじゃ…。単に上機嫌に笑ってたってだけじゃないですか」

 町に到着して、早速宿に入った。
 流石に人間の体力の三蔵は、躯を浄めると食事もロクに摂らずにベッドに沈みこんだ。
 残った妖怪3人下僕組は、その寝顔を見ながら、顰め声で話し合っていた。

「だぁからよ!ンなもん、今まで見たことあるかってーの」
「普段と同じに、口の端をちょっとひん曲げたってだけだけどさ。あんなに上機嫌な三蔵なんて、俺見たことなかったよ。…馬鹿なこと言っても、普通に言葉で返して来たろ?」
「もしかしたら、三蔵の運転に怯える僕達を見るのが楽しかっただけ、なのかもしれないですけど。でもハンドル握りながら、鼻唄でも歌いかねないような雰囲気でしたよ」
「アノ運転は、怖かったな。ハンドル切る、ブレーキ掛ける、アクセル踏み込む…全てのタイミングが怖かった。…俺、後部座席でずっと、足がブレーキ踏む形で固まってたからな」
「ああ、僕もです。何かというと、存在しないブレーキをぐぐーっと…。足が疲れましたよ」
「俺さ、ジープのドアを掴みっぱなしだったんだけどさ、もしかしたらジープに痣でも作っちゃったかもしれない。指の形に、こう、ぎゅーっと…」

 密談の声は、高まり、また時に低くなりして続く。

「『罰ゲーム』の言い出しっぺが、もし負けてたら…やったと思うか?」
「しない!三蔵は他人にはやらせるけど、自分では絶対ぇしない!!」

 一番三蔵との付き合いの長い悟空が、即断した。

「絶対しねえとは思うんだけどさあ。……上半身だけならって気も、すんだよなあ」
「ちょっと…『死んだら負け』のゲームの罰を、そんなに真剣に考えなくてもいいんじゃないですか?死んだら自発的に動けなくなるんですよ?」
「だから、その。普段の三蔵だったら、ひん剥こうとしたら生き返るだろう」
「ああ、きっと生き返って来ますね」

 ニップレスの裏紙を剥がそうとする自分と、三蔵を脱がせようとする悟浄の姿を想像し、八戒は冷や汗をかいた。罰ゲームの内容の言い出しっぺは自分だった。
 絶対に、地獄から蘇って発砲確実。

「…とにかく、三蔵が一番軽傷だったんですから。だから三蔵が運転することになったんじゃないですか。…自分から言い出して」
「……怖いのは、やっぱソレだろ。あれは上機嫌だったんだよ、上機嫌」
「三蔵の上機嫌…」
「三蔵の上機嫌な笑顔………」

 下僕3人は、揃って三蔵の寝顔を見た。
 疲労困憊で、夢も見ぬ深い眠りに落ちている筈の、三蔵の唇が。
 微かに動いたような気がして一瞬躯を強張らせ。
 何事も起こらないのに、安堵の深い溜息をつき……。

「上機嫌な三蔵を見ることになるとは、思いもよらなかったな」
「だからそんな失礼なこと…。この人だって人間なんですから」
「だって俺も見たことねーもん!」

 いつ迄も、その夜の密談は続いたのだという。
 長い旅の中の、とある長い一日の締めくくりの夜の出来事。








 終 







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◆ note ◆
お誕生日ネタではないのですが、Gファン12月号の三蔵見て
「変わったんだなあ、本当に」
…と、感じたので
8巻収録以降の内容で、感じたもの総まとめ^^;
カリスマティックのある彼の、年齢相応な部分が好きですv