我ガ手ハ、何ヲ掴ム為ニ… 
 『本当に欲しい物』など、誰にでもあるものなのだろうか。
 かなり真剣な疑問なのだけど、余り無防備に過ぎる言葉など吐く機会もなく、そもそもその吐露先がない。…ような気がする。
 探せばあるのかもしれない。
 本気で探せば。
 …だから、その本気を、

 誰もが、本気になって自分を晒け出せる相手を、欲しいと思っているのか。 
 それが判らない。

『マジな話、あんた現場じゃいつも独りで全部片付けちまうのな。
 俺ら下っぱの出る幕、ねーじゃん』
『…そうですね。スミマセン。
 僕の悪い癖です』

「…って会話交わしてからさ、多少の努力をしてくれてはいるみたいだけど?基本の姿勢が変わる訳でもないよな、あんた」
「はあ」
 夜の窓辺だった。
 捲簾が、部屋の窓のすぐ傍まで張り出している木の枝に腰掛け、酒杯を傾ける。僕も窓枠に寄り掛かりながらお相伴に預かった。
「こーゆーことは、結構すんなり乗って来るのにな。真夜中急に三階の窓を外から叩かれて、驚かないっつのも、かなりヘンだぜ?天蓬元帥」
「ヘンって言われても。それだけ機嫌良さそうな顔が酒壷持って手を振ってたら、酔っぱらいはしょうがないなあ、って窓開くしかないじゃないですか。尋常とは思いませんよ。…あ、中に入ります?」
「…いんや。すぐに行くからいいさ」
 暫く黙ったままで杯を傾けていた。
 静けさの中、風だけが梢を揺らす。
「オモシロイことは、好きみたいなんだがなあ」
「オモシロイものを、探すのは好きですよ」
 また、杯を傾ける。
 また風だけが、梢を揺らす。
「懐かないよな、あんた」
「あなたは、喧嘩売るのが上手いのと同じくらいに、懐くヒトですね。懐かれる、のかな?…喧嘩相手のことも、キライじゃないんですね、きっと」
「アツイ拳を交えた相手ってーの?ま、色男だから恨みも買ってますケド?」
「忙しそうですね」
「ヒマ出来ると、死にそうになるからな」
 くすり、とふたり笑い合う。苦笑に近い笑い。
「恨み買ってまでヒトとの付き合いを欲するのは、何故です…?僕はそこに喜びを見出せない」
「俺も別に誰でもいいワケでもねえんだけどな。…あんた、観察は好きみたいなんだがなあ」
「観察されるのが嫌いな人も多いですからねえ」
「ヒトの失敗嬉しそうに見てるからじゃないの?面白がって…」
 梢と窓辺の間を、酒だけが行き来する。否、杯を交わすと共に、僅かなりとも言葉や思いも交わされる。言葉にしない思いも、注がれる酒と共に柔らかに。
「心配お掛けしているようですいませんねえ。あなたには懐いている方だと思いますよ。信頼してますから」
「…有能だからね、俺は。今んところ、期待を裏切ってねーしな。…なあ?」
 捲簾が、暗がりからまっすぐに見る。
「俺は扱い易い部下、ってワケにはいかないらしいからな。あんたみたいな上司はやり易くって好きなんだ。あんたのフォローは喜んでしてやるさ……だから」
 …気ィもっと抜いていいゼ?
「捲簾」
「有能だから信頼するとか、寝首かかれそうにないから重用するとかでも、ま、いっか。ヘンクツな切れ者で名の知れた元帥閣下の、覚え今ん所メデタイってだけで満足しとくわ」
 きゅ、と。小気味よい音をさせて酒壷に栓をする。振り返って僕を見る捲簾の目は、苦笑しながら「しょーがねえなあ」と言っているような、微かな諦めと、…優しいあわれみ。
 幼子に対するみたいな。
「俺は自分に都合のよい上司は大事にする。ムカつけば誰が相手だろーが喧嘩売る。美人、麗人と寝て恨み買ったら殴られてやるし、殴り返す。酒は呑み交わしたい相手と呑む。…判り易いだろ?」
「ええ。結構ひねくれてるらしいのに、そういう所はまっすぐですね」
 捲簾は太い幹を滑り降り、飛び降りた。
    天蓬元帥!」
 3階の窓を見上げて、大声を出す。
「あんた、懐くのに時間のかかるタイプなのかもしんねえな。取り敢えずのんびり頼むわ。あんた見てるとオモシロイし!」
「あはは。観察される方は、不慣れですねえ」
 深夜に響き渡る声に、何事かと起き出した者もいるようだった。周囲の窓から灯りが漏れ出す。
「ま、タマには素直なご意見でも聞かせてちょーだい!」
 最後に一声叫ぶと、暗闇の中へ姿を消してしまう…。
 隣室の窓が開き、階下を覗き込もうとした顔と、目が合った。
「今の騒々しいのは何です?」
「…さあ?なんでしょうね?」
 微笑みながら返すと、諦め顔で大人しく窓を閉めた。

 言いたいことを、全部言って帰った男。
 ふてぶてしく、有能でアカラサマ。勘が鋭く、屈折しているようでいて、健全な匂いの。
 そう。時間が少しあれば、僕の内面などは引きずり出されてしまうだろう。
 素直なご意見もなにも、全部を見透かされてしまうようになるだろう。
 彼にそれをされるのは、嫌ではない。
 窓の外を眺め続ける内に、酔いが醒めて来たのか、空気の冷えを感じるようになる。
 閉めようと窓枠へと伸ばした手が、ふと止まった。

 大木の端に、月が掛かる。
 ほっそりと、今にも消えそうな、三日月が掛かる。

 月に手を伸ばしても、届くことはない。
 届かない月だからこそ、腕をぎりぎりまで伸ばして、届けと願うこともある。
 ひとつの美しい貌を、月に重ねて思い出す。
 不機嫌そうな、美しい貌。僕よりも更に、何が楽しくて生きているのか判らない人。
 あの美しい貌から本気を引き出せたら。

 不機嫌な表情に隠された、怒りも不満も、瞋恚も恐怖も、絶望も願いも。
 晒け出させることが出来たらと。
 誰にも見せたことのない、喜悦と焦慮と、降服と従順と、慢心と懇願と。
 僕の下に組み敷き、暴いてしまうことが出来たらと。

 あの美しい貌に、全てを晒け出させることが出来たらと、欲してしまう。願ってしまう。
 もし叶うなら、願い乞いて跪いてでも。乞い伸ばす腕で、そのまま強く引き寄せ、二度と手放さないように…。
 くすり。
 恐ろしい程利己的な欲望に、自嘲とも違う純粋なおかしみを感じる。自分の中の、理解しがたい自分の欲心。誰かを欲する心。…願い。
 月を眺めてひとしきり笑い、ゆっくりと掌を月に向けた。

 月を掴もうと。 
 月を掴もうと指を折るイメージだけを。
 そのまま、僕の指は空を滑り、窓を閉じた。
 眠らせた欲望を閉じ込めて、窓が閉じた。

 月は高みを巡り、やがて朝の明るみに溶けるように沈むとまた、夜に皓々と僕を照らす。














◆ 終 ◆







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◆ note ◆
まのまつとむ製作所サマとのリンクを記念してv
…だったのですが、お時間かかってしまいました
リクエスト内容「天蓬であれば何でも」でした
これ、一応天金なんだけど、捲天っぽい?
金蝉、名前すら出てこないしなあ(冷や汗)
水気たっぷりえろてぃっくはまのまさんには叶わないので(ウヒヒ)
天ちゃんの夢想だけです
どうぞ、今後ともよろしゅうv