本日定休日 
 久々の大きな街だった。
 暫く補給もままならない状態だった三蔵一行は、街に入るとすぐに一軒の店の前にジープを停めた。
 薄暗い室内に座る店主が振り向くよりも早く、三蔵が商品の並ぶガラスケースに拳を叩き付ける。

「………セデス4箱!」

「あぁ!?」 
 大きな紙袋を覗き込んだ悟浄が叫んだ。
「ンだよ、これェ!?俺頼んだの、バファリンじゃねーか!何でバファリンがねーんだよ!!」
「…煩ェ!生理痛の薬を4箱一気買いしてやったんだ!それ以上を求めるな!!」
「だってえ。じゃんけんに負けたの、三蔵じゃんかー」
「煩いッ!」
「…三蔵、僕の頼んだタンポンは買って来てくれましたよね?僕、どうしてもタンポン派なんですけど、買って来てくれてますよね?」
「う…」
「俺の羽根付きは…あ、有った有った」
 悟空と悟浄は後部座席で紙袋を漁り続ける。
「俺は、激しく動いてもずれない奴がいいって言ったのにぃ…」
「運転中は出来るだけ薬を飲むのも我慢したいし、せめてそのくらいの選択の自由は欲しいんですよね」
「貴様らっ!?一軒の店でまとめ買いだぞ!?あの状況で4人分の好み全部選ぶのが恥ずかしいのくらい、充分判ってるだろうが!?だったら自分で買いに行きゃいいじゃねェか!?」
「三蔵。じゃんけんに負けたのは、あなたですよ?」
 ハンドルを握る八戒が、やんわりとたしなめるような声を出した。
「大体がだな、下僕のてめェらが買いに行くところだろうが!?何でこのオレが生理用品の買い出しじゃんけんに参加しなくちゃなんねェんだよ!!」
「さ、三蔵」
 悟空が慌てて三蔵を止めようとする。
「バカ!今の八戒に喧嘩売るのは自殺行為…」
「…悟浄、確かに僕の機嫌は今最悪ですけどね。この手のことにまで上下関係持ち込もうとするヒトは、許して置くわけにはいかないんですよね。誰だって平等に生理痛は辛いんですよ」
 多少顔色は悪いものの、八戒はいつも以上の笑顔で運転を続ける。
「僕は、生理用品の購入の共同義務と、生理休暇の導入をここに要求します」
「無茶言うなッ!」
「貧血起こしそうなんです」
「妖怪相手に『今日は生理休暇だから出直せ』とでも言う気か!?」
「本格的にお腹が痛くなって来ました」
「生理休暇だからって、妖怪が帰って行くとでも言うのか!?」
「ああ、今回は頭痛も酷いみたいです」
「オマエな、オマエな…!」
 シートに沈み込んだ悟浄が呟く。
「…三蔵、さっさと諦めろ?……俺、腰痛えわ……」
「…判った。生理用品購入は、今後もオレもじゃんけんに参加する。生理休暇は…意向を汲みたいところだが、事実上不可能だ。取り敢えず、メシと宿だ。腹にモノを入れんと、薬も飲めない」
「やったあ、メシメシ!」

 食事を済ませた4人は一斉にセデスを飲む。
 コップの水を飲み干しながら、三蔵は密かにため息をついた。
 宿を決めるのにも、毎回大騒ぎなのだ。あまり小さな宿で洗面所や風呂場が共同だと、朝晩が混み合う。トイレの順番を決めたり、長風呂な悟浄を急かしたり、ドライヤーを一斉に使用した所為で宿のブレイカーが落ちたのを謝りに行ったりという手数が加わる。
 もう一度、深いため息をついた。

「玄奘三蔵。悟空、悟浄、八戒を連れて天竺に向かうのです」 
 三仏神に言い渡された時から、こうなることは判り切っていた。
「…オレ、生理痛キツイんですが…」
「安心しなさい。彼等も相当キツイようです。…お互い気持ちが分かり合うことで、絆が出来るでしょう」
(そんな絆、要らない…)
 無表情のままで斜陽殿を辞したが、心の中では泣いていた。
 三仏神…神々は随分と長く生きているらしいから、奴らはアガってるに違いない。生理痛なんてものの存在も、実は忘れ果てているのかもしれない。

「三蔵、どうしました?」
 顔色の一番悪い八戒が、三蔵の顔を覗き込んでいた。
「いや…。どうして一斉に『来る』んだ、と思ってな…。全員が同時にヨワるのはかなりマズイんじゃないか、とな…」
「ああ、それ」
「俺もそれが不思議だと思ってたのよね。最初は時期バラバラだったよな、確か」
 気分が悪いらしく、ハイライトを半分でもみ消した悟浄がテーブルに突っ伏しながら口に出す。
「それね、しょうがないみたいですよ。共同生活をしていると、自然にホルモンが影響し合うらしいです。匂い、に近いものが出てるらしいんですよね」
 セデスを飲んだ後に杏仁豆腐のお代わりを食べていた悟空が、急に顔を上げた。
「あ、それでかあ!俺さ、三蔵に引きずられてるような気がしたんだよね。確かに匂い、っていうか、なんというか…」
「ドーブツ…」
 3人は悟空に視線を集めるが、悟浄がまた呻きながら言った。
「…なあ、人間より妖怪の方が嗅覚上じゃん。で、こん中で、一番ホルモンとゆーか、フェロモン?出てそーなの、三蔵サマじゃん」
「…ナニが言いたい」
「いや…、4人同時に来るのって誰の所為なんだろーなーと…」
 常ならば即座に発砲モノの発言だったが、テーブルに懐く悟浄の姿に三蔵の気力も萎えた。
「…今日はいい加減に宿に戻るぞ。とにかく全員休むんだ。妖怪が来たら来たで、その時だ」
 ぐったりとした様子で立ち上がる三蔵に、八戒が声を掛ける。
「…三蔵、具合大丈夫ですか?もしかして酷くなって来てます?」
「いや…薬が効いて来たようだ。随分ラクになった」
 八戒の顔色は益々悪くなって来ている。
「そうですか。じゃ、タンポン忘れずにお願いしますね」
 3人がごとごとと椅子を引く音を聞きながら、三蔵はまた、心で泣いていた。

 三蔵は先程とは別の薬局から、また大きな紙袋を抱えて出て来た。
 胃の弱い悟浄の為に、バファリン。羽根付き、羽根ナシ、ボディフィット、壁アリ、夜用、昼用、レギュラー、スーパー……。中々引かない腰の鈍痛に、貼るほっかいろ。…ほっかいろは、意外と消費が早い。
 がさがさという紙の音を聞きながら、三蔵はつい先日交わした会話を思い返していた。

 酒を呑みつつ、何故か生理痛に話題が向いたのだ。
 一番生理痛のキツイ八戒に、何故気孔で痛みを和らげないのかと尋ねたら、滔々と語りだしたのが発端だったか…。
「気孔を使うにはまず呼吸です。呼吸に合わせて丹田から全身の経絡に沿って気を巡らせる訳です。その丹田が下腹ですから、気が乱れっぱなしになって気孔が使えないんです…」

 気の毒というか、役立たずというか……。
 そんな話から始まったのだと思う。

「手足が冷えたり腰が痛かったりって、どうして血行まで悪くなるんでしょうねえ」
「一般事務職なんか、座りっぱなしの冷房病で辛えよなあ」
「寺で座禅を組むのに、ドーナツ座布団が欲しいと思ったことがあったな、そう言えば」
「子供産むと体質変わって生理痛無くなるって言いますよね。それを期待しますか…」
 確かあの時は、八戒が生理前緊張痛で頭痛を訴えていたのだ。余りの頭痛の酷さに、薬を水で飲まずに、ボリボリと噛み砕いていた…。

「あ、それ嘘だって」
 あっけらかんとした悟空の言葉に、全員で振り向いた。
「何だと?」
「こないだ宿のおばちゃんが言ってたもん。子供産んでも、やっぱり痛いもんは痛いって。妊娠中に生理が止まって子宮内膜症は軽くなるけど、暫くすればまた同じコトだって」
「テメ、それホントかっ!?」
「そんな…今までそれだけが救いだったのに…」
「やっぱりこの先何十年も付き合うのか、この生理痛と…!?」
 掴み掛からんばかりに詰め寄られ怯え気味だった悟空が、ふと気付く。
「……どーして三蔵までショック受けるの……?」
 悟浄と八戒も、三蔵を見つめる。
「……ほっとけ!!」
 僧籍にある三蔵の人生設計に、妊娠も出産も予定はない。
 ないが…。
 生理痛の無い人生を、ちょっと夢見るくらいは許されてもいい筈だ。

 荷物を抱え直し、腰をとんとんと叩く。
 また思いが過去を巡る。

「…江流、大丈夫ですか?」
「お師匠様…」
 自室の床に死体のように転がる江流に、光明三蔵が心配そうに声を掛ける。
「…可哀想に…わたしに痛みを替わってあげることが出来れば…」
「……ホントーですか?」
 屈み込む光明三蔵の手首を、江流は転がったまま掴んだ。
「ホンットーに、そう思いますか?」
「こ、江流…」
 光明の笑顔が引きつった。
「あげます。1年分あげます。半年分でもいいからあげます。のし付けて差し上げますから」
「江流…」
 腕が逃げようとするが、暫く離さなかった。
「受け取ってくださいますか?受け取ってくださるんですね?」
「江流、落ち着いて…。そうだ、腰、指圧してあげましょうか?朱泱が指圧上手いですよ。朱泱を呼びましょう!朱泱、朱泱…」
「朱泱…アイツ、この間『よう、ブルーデイか?』なんてセクハラしやがったので、はり倒したばかりです。暫くはこの部屋には寄りつかないでしょう…」
「……」
「……受け取ってくださるんですよね……?」
「……」
「……受け取って、頂けるんですよね……?」
「……詮無いことを言いました。江流、わたしが悪かったです」
「判って頂ければいいんです」
 言いながらも、ずっと掌を握っていてくれた光明三蔵は、もういない…。

 腰を叩きながら、三蔵の唇が微かにほころんだ。
 別に痛みを止めてやることが出来るわけではない。…ただ、同時に生理痛で苦しんでやるくらいは…いいのかもしれない。

 単なる同病相哀れむだけど、どーせ時期がズレてたって、痛ェもんは痛ェからな。

「…でも、こんなことで『絆』とか言われるのは、絶対ェ納得してやらんからな」
 開き直りの薬局の大判紙袋を抱え、三蔵は大股で宿へ戻って行った。



オマケ@吠登城
「ううううう……」
 呻き声を聞きつけた八百鼡が、心配そうに顔を覗き込む。
「紅孩児様、大丈夫ですか…?」
「大丈夫だ…ただ、腰が痛い……」
 ソファに俯せて脂汗を流す紅孩児に、八百鼡はそっと毛布を掛ける。
「紅孩児様、こんな時くらいはお休みになられた方が…」
「いや!こんなことくらいで…俺は、こんなことくらいで休んでいる訳には行かないんだ…!」
「紅孩児様…!」
 苦しむ紅孩児の姿に、八百鼡は涙をにじませた。
「紅孩児様のお気持ち、この八百鼡、しっかりと受け止めました!」
 紅孩児の視界で、部屋を出て行く後ろ姿の長い髪が揺れた。
「…おい、今八百鼡の声したか?」
 ドアの開閉の音と、水音が同時に聞こえた。
「今、出て行ったところだ。…独角…お前も大変だな」
「……毎月下痢が酷くてな……その替わり、俺の腹に宿便はないぞ」
「…本当にそういう問題なのか?」
「そーとでも思わんと、やってられんからな」
 独角兒はそういうと、紅孩児の向かいのソファに身体を投げ出した。
「……半年にイッペンくらいに、なんねーものかなー……」
「発情期か…?」
 ボケとツッコミが、普段と入れ替わっている。しかも冴えが見えない。
 いい加減倦怠感に室内が埋め尽くされようとした時に、小走りの八百鼡が戻って来た。
「紅孩児様っ、これを…ッ!」

 …むーーーーーーん… 

「や、八百鼡ッ、これは何だッ!?」
「紅孩児様の為に処方した漢方です!紅孩児様のお身体の為…血気を滞らせない為、巡りを善くする為には…体質改善が一番の道だと…!少々苦いですが、この八百鼡の為にも堪えてください!」
「八百鼡…お前、味見はしたのか…」
「しません」
「…この匂いは…」
「しょうがありません」
「…体質改善は…食事から変えて行くというのが、妥当ではないか…?」
「私、薬師でございますから」
「…どうしても、飲まねばならないのか…?」
「はい!」
 真摯な八百鼡の姿に、紅孩児が呻き声を上げる。それを横目に、独角兒がそろそろと動き出した。
「…独角!お前まさかひとりで逃げる気か…?」
「い、いや、俺はトイレだから。じゃ!」
「独角ー!!」
 見捨てられた紅孩児がソファに縋り付いた。
「…もう!お兄ちゃんったら情け無いんだったら!」
 部屋の入り口に、腰に手を当てた李厘がすっくと立っていた。
「り、李倫!お前にも同情心があるんだったら…。そうだ!お前も一緒に体質改善しよう!八百鼡の心のこもった漢方を分け合おう!来い!来てくれ!!」
「……伝染るから、嫌」
 素早くドアの向こうに逃げた李厘が、顔だけ覗かせて言い捨てた。
 遠離る足音が続く。
「りりーーーーん!」
「さ!紅孩児様…!」

 頑張れ、紅孩児!負けるな、紅孩児!体質改善の道は遠いぞ!!














 終 







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◆ note ◆
…『女三蔵』どころか『女最遊記』
ごめんなさい、ごめんなさい……
(あ、光明サマと朱泱は女性じゃないですから^^;)