寝台に上半身を起こし、カーテンの隙間から漏れる光に目を覚まされたのかと僅かに機嫌を悪くするが、じきに自分がそれを閉めたのだと思い出す。
月が巡ったら、八戒のベッドにも光が行くかもしれない。
青白い月の光が妙に似合う奴だから、それもよくないかもしれないと、そっと床に裸足の足を降ろした。
そろそろと閉めるカーテンから、最後に薄い月を見る。
切り落とした爪のような、眠る目蓋のラインのような、そこから艶めく睫毛のような。
面白くもない気分で、寝台に戻ろうと。
ひたひたと裸足の足音を忍ばせて。
「……寝息、立ててやんの」
ついつい隣の寝台に近寄ってしまう。
「すーこら言ってんじゃねーよ。珍しく」
覗き込む寝台には、本当に珍しく深い眠りの八戒。
ばっさりと乱れる前髪から、白い額が明らかになる。
閉じた目蓋を縁取る睫毛が、意外に長いことをオレは知ってる。
「…頬に触れて来るからな。くすぐってェったら…」
規則正しく続く寝息に、置いてきぼりにされたような気になり睫毛にそっと触れてみた。
「……」
僅かに目蓋を震わせて。
再び規則正しい寝息が始まる。
「ひとりで熟睡してんじゃねーよ。普段あれだけ抜け目ないクセに」
果たしてこの声が聞こえているのかどうか。
「普段結構喋りたがるクセに」
眠る八戒に、囁くように文句を続ける。
「……八戒」
静かな静かな囁きに、ほんの微かに睫毛が揺れた。
「八戒」
呼ばれる自分の名に反応するのか、オレの呼び声に反応するのか。
途端によくなる気分がオカシイ。
「てめェは今日は抜かりっぱなしだ。普段あれだけ言いたがる言葉を、今日はすっかり忘れてたろう?」
寝顔を見守る楽しさに、言葉をねだるようなことまで言ってみる。
起きてる時には、言ってやらない。
けして、けして、言ってはやらない。
「………って、今日は言ってないだろう?」
長い睫毛の寝顔に向かって、囁くように言ってみる。
楽しいような、切ないような。
その言葉を聞きたくて、聞きたくて。
その言葉をどれだけ求めていたのか、自分でも知らなくて、知らなくて。
「……今日は言ってくれないのかよ」
眠る耳元で囁くように。
小さな声で、小さな声で。
「……八戒」
驚くほどにか細い声で。
続く寝息が淋しくて、月の光が恨めしく……
「アイシテル アイシテル」
起きてる時には言ってやらない。
けして、けして、言ってはやらない。
「……八戒、愛してる」
「……僕…も、あいし…て……」
眠りの中から返る言葉と微笑みに。
ひとりで戻る寝台の中、心臓がやたらと暖かく感じて。