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 『飛び降りろ!!』
 三蔵一行を付け狙う妖怪は、恐怖に竦んでいた少女を盾に取り逃げた。
  ―――― 空へ。
 蝙蝠めいた黒い翅が羽ばたき、少女を抱いた妖怪は、あっと言う間に地上50メートル程の高さまで飛翔した。
 見上げる蒼い空に、一点の黒く禍々しい影。
「このまんまじゃ、確かに手ェ出せねーな」
 運転席の八戒に、焦りをこらえた悟浄の呟きが届いた。
 三蔵は狙撃を諦め、ジープはひたすら黒い影を追った。
「スピード落とすな、八戒」
 ジープの座席に立ち上がり、三蔵は上空を見上げた。
 街を抜け、走路の悪い砂漠に出れば、追いつけなくなる可能性があった。
 逃げ切ったと判断した妖怪は、迷わず手を離すだろう。
 少女から。
 地面に叩き付けられる少女の、へし折れた手足など、妖怪は気にも留めないだろう。

「手が出せねぇなら、出せるようにさせるだけだ」
 これ以上無いほどシンプルな三蔵の断言に、一同が笑った。
「現状打破の努力は、てめェにさせるしかねえ」
 八戒は、ステアリングを握りながら、瞬間助手席に視線をやった。
 三蔵は露ほども疑わない。
 鋭い爪を持つ妖怪に囚われた少女が、遥か虚空でも自分を救う為に努力することを。
 生き物が、諦めに取り憑かれ、生存に無力になることを、許さない。

 八戒の心に、ふといつかの黄金の輝きが蘇った。
 死者への手向けの経を、生きる者の為に読むと言い切った彼。
 朗々と胸に響き、死にかけの心を叩き起こした、あの声。

 妖怪という恐怖と怪異の具現化に畏れを為した人々は、既に建物に逃げ込み、街路は無人になり、廃墟のように静かだった。
 八戒は砂塵を蹴立て、ステアリングを手荒く切りながら、自分の心が浮き立っているのに気付いた。
「じゃあ、あの女の子には、頑張って頂きましょうか」
 後部座席から、呆れたような悟浄の声がする。
「お前ら、オンナノコには、もうちーっと親切にしてやるもんよ?」
「悟浄の親切は、ウラがあるからなーっ」
 即座に悟空の声が楽しげに続いた。
「 ―――― で?」
 三蔵、どうすんの?、と。
 三蔵の為すことを、信じ切った声が。
 ここにも、疑いを持たぬ瞳が。
 いつかの黄金の輝きを、未だに映し続ける金の瞳が、三蔵を見た。

『飛び降りろ!!』 

 迷わぬ声が、響いた。

 妖怪の腕を振り切り、遥か上空から、少女が落下する。

 蒼穹の輝きの中、小さな躯はその『声』だけを信じて、飛んだ。
 入れ替わりに悟空が宙へ向かった。
 悟浄が叫ぶ。
 前輪も後輪も横滑りして軋む車体に、三蔵がしがみつくのを八戒は見た。
 三蔵の声を信じた少女を、地に落としたりはしない。
 あの黄金の声を信じた少女を。
 躯ひとつで闘った少女を。
 八戒は更にアクセルを踏み込んだ。

 悟空が宙を舞い、妖怪に向かって如意棒を炸裂させるのが判った。
 悟空はきっと笑っている。
 三蔵の声を聞き、笑っている。
 後部座席では、悟浄が少女を受け止めようと、大きく腕を広げている。
 八戒は、更に浮き立つ自分の心に気付いた。
 加速しながら、少女は真っ逆様に落下する。

 生きる為に。

 どさり。
 少女を受け止めた悟浄が、愉快そうに笑い声を上げた。
「……あ……」
 ジープを止めた八戒が少女の声に振り向くと、小刻みに震える指が目に入った。落下の衝撃に茫然としたままの視線を、少女が三蔵へ向ける。

 怖かったのだ。
 自分の命を失いかけていたことを、少女は充分に理解していたのだ。
 それでも三蔵の声を信じて、虚空に身を投じたのだ。

 少女が無事であることを確認した三蔵は、興味を失ったかのように視線を移した。三蔵の視線の先で、悟空に叩き落とされた妖怪が建物の屋根を突き破り、瓦が弾け飛ぶ。
「今度はオマエらが働く番だ。さっさとゴミ掃除しに行け」
「俺は落とし物拾いしたぜ?」
「あ、僕、一生懸命追っかけましたし」
 悟浄と八戒の声に、三蔵の眉間のしわが深まる。
 妖怪を追って着地した悟空が、嬉しそうに手を振った。
「…悟空があそこで待ってますよ?」
「……チッ」
 忌々しそうに舌打ちをし、そして三蔵はジープを降りる。
 ひらりと、悟浄がそれに続いた。
 突き抜けたような空と明るい日差しに、金色の髪と、法衣の白が眩かった。
 悟浄の髪が翻り、悟空はまだ腕を降り続けていた。
 八戒は、笑った。
 へたり込む少女の、どれほど自分が勇ましく闘ったのかを知らぬ顔を見て、笑った。
 いつかの自分の、死にかけの心と震える躯が、今大地を踏みしめるのを感じ、笑った。

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 いつまでも。
 この躯に溢れる。
 また、走り出す。


















「観世音菩薩」

 天界の水鏡。
 下界での人生を終えた人々が、天上で咲かせると言う蓮の花。
 ぬめる汚泥に這った太い根から、まっすぐに伸び上がる茎。
 水面に浮かぶ鮮やかな緑。
 夢のような、白い花。
 花に覆われた水鏡を眺め、観世音菩薩が微笑んでいた。
 美しい花を咲かせる泥土の沼底を眺め、微笑んでいた。

「あ奴ら、また何かしでかしましたか?」
 次郎神が、期待したように水面を覗き込むと、街から離れる三蔵一行のジープが映った。
 観世音菩薩は、水鏡から目を離さずに唇の端を引き上げた。
「……いや」
 皮肉な笑いに象られた唇は、しかし慈しむ瞳の色を隠すまでには行かなかった。
「いつも通りさ」
 水鏡に映る夕日色に染まった瞳が、細められた。

「いつも通りさ」










 Congratulations on resume, SAIYUKI RELOAD. 







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◆ note ◆
祝!連載再開!準備はいいか、野郎ども。おー!