楽園の瑕 
BY.オルタンス夫人
神々しく輝くステンドグラスを背景に、運命の女神が舞い降りた。
手のなかには、魔天経文が主人の呼び掛けに呼応して、戻ってくる。

「てめぇにくれてやるモンなんざねぇんだよ------何ひとつな-------」

運命を狂わされた男達の闘争心が、より一層激しく燃え上がる。
一人、また一人、業火に焼かれた者たちが、満足げに倒れ込む。
いよいよ、自分の出番だ。しかし、最終的には、三蔵の昇霊銃でとどめをさすべ きだろう。
なんとかして、彼の注意をそらし、三蔵に銃を打ち込める機会を与えなけれ ば・・・
一計を案じ、八戒は三蔵に提案を試みた。

「三蔵・・・。今度、僕が彼の前に立った時に、銃を打ち込んでください」

驚愕の表情。眉を顰め、じっと、八戒をみつめる。

「大丈夫、三蔵。僕は、死にませんから。・・・だから。」

三蔵は八戒の意図を察したらしい。
やがて、小さな溜息と頷きで、八戒に返事を返した。
瓦礫の中から、悟空に倒された彼が起き上がる。

「殺してやる!!殺してやるから!!!」

初めて合った時よりも、明らかに違う色彩が彼を彩っている。
八戒は右手にありったけの気孔を溜め込み、彼の前に立ちはだかる。

「どうぞ、御自由に?」

次の瞬間、八戒は誰もが考え付かないリアクションを起こした。
手にためた気を捨て去り、両手をひろげて、彼の前に立った。
その姿は、強大な鷲が獲物にむかって、飛来してくるようであった。

誰もが息を呑む。
次にとった行動で、全てが終わる。危うい均衡が彼等を支配した。

--何、考えてやがる!!--

八戒の背を見つめながら、三蔵は銃を構えた。
あの台詞は、まだ続きがあったのだ。

「・・・だから、確実に、気功のバリアの隙を 突くのではなく。」

三蔵は舌打ちしたい気分だった。
この構図は、三蔵のトラウマをどうしても刺激する。

--俺は二度と、あの思いをしたくねぇんだよ!!--

「・・ほら、この、向こうです。僕の この躯の、向こう。」

--大丈夫、三蔵。僕は、死にませんから。---

表情は見えなくても、彼の背中が雄弁に物語っている。
きっと、深い新緑の眸は静かに、微笑んでいるだろう。
背中越しに、三蔵限定の、八戒の甘いささやきが聞こえてくるようだった。

「・・・・バカ が。」

その囁きに誘われるように、三蔵は引き金を引いた。





*****






満身創痍。
しかし、彼等の表情は出かける前よりもさらに、余裕がみられた。
明るい表情の彼等を見て、酒場のマスターと医師は、ほっと胸をなで下ろした。

「お大事に」と二人が消えた後、部屋に4人が取り残された。

「八戒は俺が看る」

三蔵の申し出に、一番ゴネたのは悟空だった。

「なんで?!三蔵だって、まだ悪いのに、八戒の面倒を看る訳?俺か悟浄が看る よ。」
「てめぇたちと同室になると、俺がゆっくり眠れん。
それなら、八戒と一緒のほうが、まだ静かだ」
「でも・・・!」

何か反論をしようとした悟空を、悟浄が制した。

「オッケー。そこまで、言うんなら、小猿ちゃんの面倒は俺がみましょ。」

悟浄は三蔵に救急箱を手渡した。

「これが、化膿止めで、こっちが痛み止め・・・、身体を拭いてから、ガーゼは 必ず変えろよ。
寝る前に飲み薬をのませること。」
「わかった。」

悟浄は、てきぱきと三蔵に指示をだす。
悟浄は一通り説明し終えると、悟空の頭を抱え、ドアへと向かった。
ドアの前で、悟浄は振り向き、最後の忠告をする。

「八戒も三蔵の具合が悪くなっても、自分の気をやるなよ。あと、自分で看病し ようとするな。
まあ、何かあったら、絶対におれたちを呼ぶこと。Do you understand?」

「わかりました。ありがとう、悟浄」

八戒が穏やかに応えた。
八戒は背中にクッションをあてがい、半身を起こしながら、笑顔で悟浄と悟空を 見送った。
パタンと三蔵が後ろ手でドアを閉め、俯く。

しばしの沈黙。

「三蔵。すみませんが、窓を閉めてもらえません?少し寒いので・・・」
「あっ、わかった・・・」

一歩、また一歩と、三蔵は八戒の横たわるベッドに近付いて行った。
八戒の枕元にある窓を静かに閉めた。八戒には気づかれないように、小さく溜息 をした。
そのまま、三蔵は窓の外へ視線を彷徨わせる。

「三蔵。どうしたのですか?」
「何がだ?」

八戒の言葉に、三蔵の鼓動が小さく跳ね上がる。
冷静さを取り戻すため、いつものよりもさらに、硬い声色で呼び返した。

「三蔵。こちらに来てください。」

八戒はベッドの傍らを指差し、座るように命じる。
三蔵は、八戒の言われるまま、ベッド脇に膝まずいた。
八戒の手が、少し青ざめた三蔵の頬に触れる。

「熱はないようですね。本当にどうしたんです、そんな顔して・・・」

少し熱っぽい八戒の体温にあぶられたのか、三蔵の瞳が徐々に濡れてくる。
三蔵は八戒の視線をそらしながら、ぽつりと呟いた。

「昔、師匠が俺をかばった時を思い出したんだ。
おまえと同じように、両手をひろげて、俺の前に立ちはだかって・・・」

八戒は三蔵の唇に人さし指を押さえ付け、彼の言葉を封じた

「三蔵。でも、僕は生きてますよ。」

穏やかな表情の、その瞳に三蔵は魂ごと囚われる。

「こうして、あなたに触れている。あなたも、触れて・・・?」

柔らかな口調で八戒が言った。
三蔵の目元がほんのりと上気してくる。

「・・・・バカ が。」
「・・・・・お互い様、でしょ?v」
「・・・死んだら、コロスからな。」
「・・・はいv」

ベッドが軽く、軋んだ音を立てる。
三蔵は、八戒の開いたシャツから見える白い包帯の、自分の打ち抜いた銃創のあ る部分に、白い指を走らせ、接吻けた。

「ほら、三蔵。これがあなたが僕に刻みつけた、魂のキズアト。もう二度と消え ない・・・」

八戒は、うっとりとした表情で、自分の脇腹に接吻ける三蔵を見下ろした。
徐々に下がる三蔵の唇を、八戒は制止させる。

「三蔵、キスして・・・」

八戒のささやきに、三蔵は、長いまつげをふせ、少し唇を開けて待つ。
やがて、八戒の唇が、三蔵の元へと近付いてきた。
緩やかに優しく、触れあう唇。
甘い吐息をひとしきり分け合うと、二人は悩ましい嘆息をついた。

「ここにも、触れて・・・」

三蔵は熱にうかされたまま、八戒の燃えさかる炎に口づけた。
始めは、羽毛で撫でられたように、次に、砂糖菓子を食すように、三蔵の唇の動 きが変化していく。
目尻に少し涙を浮かべ、白い肌と対照的な紅い舌がときどき、見えかくれする。

一途に奉仕する三蔵の姿を眺め、八戒は益々、猛々してくなっていく。


「・・・さっ、さん・・・ぞ。もう、もう」

八戒は堪らず、三蔵の髪を掻き回した。
軽く三蔵の髪をつかみあげ、彼の顔を上にむかせる。

「僕にも、触れさせて」

八戒は三蔵の向きを変えさせ、自分にもたれるようにした。
背中に八戒の熱があたる。その熱さに、改めて羞恥心を三蔵は覚えた。
思わず離れようとする三蔵の身体を、八戒は羽交い締めにし、法衣の裾を割る。

「あっ・・・」
「・・・逃がさないvv」

三蔵の耳もとを接吻け、熱い吐息を吹き掛ける。
三蔵の身体に、甘い震えが湧き上がる。流れ出す甘い蜜。
何かを掻き回す音が、前と後ろから、自分の耳に響いてくる。

「はぁ・・・かっ・・・もぉ・・・」


荒い息を吐きながら、八戒に懇願する。
廻された腕に、いくつもの引っ掻き傷をつくりだす。

「じゃあ、あなたからキテ」

怒りのあまり、思わず八戒の腕に深い傷跡をつけてしまう。

「・・・んなこと、できるか!!」
「僕、背中が痛くて、あんまり激しく動けないんですよね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・///」

無言のまま、三蔵は八戒と対峙した。薄桃色の肌が、さらに朱に染まる。
八戒は、桜か紅葉の色づきを愛おしむように、三蔵を見つめた。
三蔵の身体が深く沈み込んできた。

三蔵は堪らず、何度も八戒の背中を引っ掻く。
そこから、柔らかな皮膚が裂け、新しい肌が生まれようとしていた。

熱い吐息と体温は、怪我によるものか?それとも、別のものなのか?
おそらく、答えは、二人だけが知っている。





*****






翌朝、八戒は眠る三蔵を抱きかかえ、そっと隣のベッドに移動させた。
移動の際、三蔵の目が覚めないかと、ひやひやしたが、思いのほか彼の眠りは、 深かった。
この分だと、今日の行軍でも、眠るかもしれない。
今日の運転は、極力、彼の負担にならないようにしよう。八戒は心に誓った。
新しいシーツの感触が気持ちいいのか、三蔵は敷き布団の上で寝返りをうつ。
彼は再び、レム睡眠の世界へと戻っていったようだ。
八戒は、彼の頬に軽くキスを落とすと、さっきまでいたベッドのほうへ向った。

シーツをめくりあげると、そこには何ケ所か、赤褐色のシミが点在していた。

「やっぱり・・・」

そのシミをみつめながら、八戒は苦笑を浮かべた。
気をとりなおして、シーツをとりあげ、こっそりと部屋を出ていった。
やがて、洗濯場を出たところで、悟浄とばったり、出くわした。

「よお、身体のほうは大丈夫なわけ?」
「はい、おかげさまで。なんとか、出かけられますよ。心配かけて、すみません でした。」
「気にすんなって。まあ、洗濯できるんだったら、大丈夫か」
「はい」

二人は無言のまま、物干が置かれている庭へと移動する。
悟浄は何ごとかを言いたそうに、八戒の手の中にある濡れたシーツをしばらく見 つめた。
八戒のほうも、彼の次にでてくる言葉を待っている。
二人の視線が合致する。悟浄は上目遣いに八戒を見つめ、たばこを一口すった。

「・・・・・で、それは誰の血だ?」
「それは、秘密です」

破顔一笑。
八戒は彼自身がもつ、最大の武器を、悟浄に持ち出した。
その表情をまともにくらった悟浄は、くっくっくっと、含み笑いをした。
そんな悟浄の態度を気にもとめずに、八戒は、ばさっと洗ったばかりのシーツ を、物干の前に広げた。

「んなことばっかりしてっと、いつか出血多量で、死ぬぞ。」

悟浄は、笑いながら、再び、たばこを一口吸込もうとしていた。
シーツを広げながら、八戒は振り向いた。

「構いませんよ。彼の手で天国にイカせてもらえるならね」

八戒は再びシーツに向きあい、しわを伸ばしていく。

「ソレは、どっちにかかるワケ?」

悟浄の笑い声が、青空に溶け込んだ。







 終 







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◆ note ◆
オルタンス夫人あとがき

Special Thank's

以下の台詞及び表現&インスピレーションを、TAKAYAさま&よしきさまから、拝 借させていただきました。
使用許可ありがとうございます!

TAKAYA さま (Joker's mirror) : 戯れ言3 TAWAGOTO9より
「僕は、死にませんから。・・・だから。」
「・・・だから、確実に、気功のバリアの隙を 突くのではなく。」
「・・ほら、この、向こうです。僕の この躯の、向こう。」
「・・・・バカ が。」
「・・・・・お互い様、でしょ?v」
「・・・死んだら、コロスからな。」
「・・・はいv」

よしきさま : Guest book  10/29 のレスより
八戒は背中にクッションをあてがい、半身を起こしている。
「どうしたんです、そんな顔して・・・」
一歩、また一歩と、三蔵は八戒の横たわるベッドに近付いて行った。
穏やかな表情の、その瞳に三蔵は魂ごと囚われる。
「触れて・・・?」
柔らかな口調で八戒が言った。
三蔵は、八戒の開いたシャツから見える白い包帯の、自分の打ち抜いた銃創のあ る部分に、白い指を走らせ、接吻けた。
「ほら、三蔵。これがあなたが僕に刻みつけた、魂のキズアト。もう二度と消え ない・・・」
八戒は、うっとりとした表情で、自分の脇腹に接吻ける三蔵を見下ろした。



「Joker's Mirror(TAKAYAさん)」様にて連載小説掲載中のオルタンス夫人から、
どさくさに紛れて、素晴らしいお話をゲットしてしまいました
そして掻き立てられた妄想そのまんまイラスト付けてしまった(笑)
オルタンス夫人、ありがとうございます    (よしき)