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 樹に凭れかかり、凍りそうな月を見上げていた。
 冴え冴えとした夜の空気と月光は、三蔵を蒼く浮かび上がらせていた。
 とてもきれいだった。

「…こんな所にいたんですね。探しましたよ」
「騒がしくて落ち着かねえんだよ。八戒、てめェもいちいち追って来るな」
「単独行動は控えた方がいいって、あなたが言った言葉ですよ。それに『落ち着かない』って、こうやってふらふら出歩いている人のことこそを言うんじゃないですか?」
「…嬉しげに言葉尻捉えてんじゃねェよ」
 紫煙を上げながら、三蔵は嫌そうな顔をした。
「ねえ、三蔵?」
 近寄る僕に、三蔵は怪訝な表情を浮かべた。
「追って来られるの、嫌ですか?本当に?」
「ひとりの時間を邪魔されるのは不愉快だ」
 月光を遮る僕の影が、三蔵を覆った。
「僕が探しに来ない訳がないって、思いませんでした?」
「迷子の子供じゃあるまいし、これだけ貼り付かれてる方がオカシイんだよ」
 マルボロのフィルタを噛みながら、忌々しそうな声を出す。
「でも…僕が探しに来ることは、判っていたでしょう?」
 不機嫌そうな顔で、黙り込む。
「…ねえ。待っててくれたんじゃ、ないんですか?」

「勝手に解釈してろ」

 深紅のチャクラごと、不機嫌な眉間のしわの上に、掌を乗せて隠した。
 宝石の様な紫色の瞳が暗がりの中でも輝き、僕はそれをゆっくりと閉じさせた。
「あなたがハッキリと言わない言葉は、僕は全部自分の好きなように解釈しちゃうかもしれませんよ?」
「脳天気な野郎だな」
「照れ屋さんの言葉は、難しいなあ」
「誰がだ。気色のワルいことを抜かすな」
 嫌そうに唇が曲がったけれど、掌の下の体温が、少し上がったような気がした。

「あなたは…僕を待っていてくれた」
 三蔵が何か言い出す前に、唇を塞いだ。
 塞き止められた言葉が、低くくぐもる。
 滑らかな唇を挟んで少し吸うと、目がきつく瞑られたのが掌を伝わって来た。
「…はぁっ」
「ここで僕を待って。ふたりきりになれることを期待してくれてました?」
「…ばっ」
 三蔵の手が僕を押しのけようと動き、僕はまた接吻ける。
 ほの紅く染まる唇に、そっと歯を当てて舌で撫でた。そのまま歯列の隙間に舌を滑り込ませる。
「ン……!」
 追い掛けるような接吻けを続けると、やがて三蔵の腕の強張りが解けた。
 指に挟まれたままだったマルボロが、灰になっている。僕はそれを掠めて捨てた。
「ふたりになれるように、僕のことをここで待っててくれた?」
 接吻けの合間に囁きを繰り返し、三蔵の舌が僕を追うようになるまで、蕩けるまで待った。

「抱き合いたいと、少しは思ってくれました?」

「あなたを抱きたくてしょうがない僕に、チャンスをくれました?」

「こうして追って来なかったら、あなたは少しは淋しく思ってくれたんでしょうか?」

「……八戒!」
 三蔵の腕が、僕を引き剥がした。
 ずれた掌の下から、紫暗の瞳に炎の様な輝きが揺らいだ。
「てめェの好き勝手な解釈は、もう沢山だ。オレは……オレはな」
 眉が急角度に上がり、片方眇めた眼が僕を見た。
「…オレは、今は単に寒い。ジープに戻られたくなかったら、喋る以外のことをしろ」
 濡れた瞳と唇が、傲慢そうな笑いを見せた。
 襟元から手を這わせると、三蔵は首を仰け反らせた。
 目の前に現れた青白い素肌に、僕は迷うことなく唇を押し当てる。
 暖かく柔らかな肌は、甘く、甘く、僕を溺れ込ませた。掌の下の三蔵の鼓動も、早鐘のように感じられた。
「…ッ。寒いって言ってんだよ。襟を広げるな」
 胸の突起を摘まれ、震えがちな声を出す。
「押し倒して、引き剥がして、とはしてないじゃないですか。せめてこうやって体温を感じさせるくらいは、させてください」
「こんなに寒い季節に、外で脱がされて堪るか!」
「だからちゃんと寒くないように続けます。…温めてあげますから」
 首筋から舌でなぞり上げ、耳孔の奥に直接注ぎ込むように、囁いた。
「全部、熱くしてあげますから」
 法衣の裾を割り撫で上げると、息を詰める気配がした。

「大風呂敷、広げやがったな。…アツく、させて、見せ・ろ・よ……ッア!」

 木立に押し付けられて、不安定に腿を掲げられても、三蔵は不遜を絵に描いたような姿だった。苦痛と快楽を眉間に刻み、吐息の甘さと熱さで僕にそれを伝える。その最中でさえ、三蔵は君臨するものの傲慢さと美しさを失わない。

       ンっ」

 仰け反るラインが月光に浮かび上がると、三日月そのもののような冷たさと美しさの曲線を見せ付けた。
 嬌声を噛み締める唇が、艶やかに夜闇を彩る。
 声を聞きたくて。
 声を感じたくて。
 僕はその唇に何度も触れた。 

      吐息は、益々甘い匂いに変化する。 

 果物のような甘さと、獣の温もりが立ち上り、誘い込まれて接吻けを深くした。
 溺れながら息を吸うように、三蔵が唇を動かした。
 切れ切れのそれは、僕の名前を何度も繰り返す。
         ?」
 耳元で低く囁くと、三蔵は何度も肯きながら、僕の首に絡めた腕を強くした。僕にすがりつきながら……

「…も・う、イイっ。……       って、イイからッ!     け・よッ」
 傲岸不遜な専制君主のひとことを、真っ白な腿を掲げ上げられながら放つ。
 乱れた息と、芳る膚で。
 全ての決定権を持つ者の、悲鳴に近い声で僕にユルス。

「…ア・ツイ。……         に、モット……!」

 穿たれ、突き上げられながら。
    ッ!!」
 より深く刻み込まれるのはどちらなのか、この人は判っているのだろうか。
 掲げた腿を、また更に高く持ち上げた。
 躯を折り曲げさせるように、うんと膝を押し付ける。
「ンンぁ!?」
 首に絡む腕から、髪に指が伸びて掴んだ。
「…はっ……かい!?……やめっ……!」
「隙を見て重ねる逢瀬のように。それそのものみたいに」
 揺さぶり上げると、窮屈な姿勢に涙を滲ませながら、三蔵が目を僕に合わせた。
「アツくて甘い、蜜みたいだ……ッ」
 脈動のリズムに、がくがくと金糸を振り乱されながら、三蔵は指を僕の髪に挿し込んだ。ぐい、と強く引かれて、顎が上げる。
『オレを喰らい尽くせるものならば、喰らってみろ』
 濡れた唇と瞳で柔らかな躯を開きながら、貪られる姿勢のままで。
 三蔵の眼がまっすぐ僕を見て、命令した。
 僕はそれに掻き立てられながら、従った。
 僕と三蔵の隙間で、体温がゆっくりと冷めて行くのを待った。
「八戒。…背中」
 長く木立に押し付けられていた背が、痛むのだと気付いた。
 抱き締めたままで、今度は僕が樹に背を凭れ掛けた。
 三蔵はまだ、僕の肩口に金糸の髪を埋めたままだった。ゆるゆると離れかける度に、僕は髪と背を撫でて細身の躯を引き寄せた。
「まだ…こうしていて、ください」
 僕の言葉に、三蔵は気怠く目蓋を閉じる。

「三蔵、先刻の…」
「ん…?」
「少しは僕のこと、持っててくれてるんですか?」
「ああ?…勝手に解釈しろと、言ったろうが」
「本当に好きなように受け取っちゃいますよ?……僕を誘う為に、ひとりで待っててくれてるとか」
「そこまで勝手か」
 首筋に、呆れて吹き出す三蔵の吐息が当たった。
「そう。だから、少しは抑制かけないと。あなたの言葉で聞かせてください」
「オレがオマエのことを待ってるって、自信あるから聞きてェんだろ。甘いんだよ」
 三蔵が首筋に頬をすり寄せ、柔らかな髪が僕の耳をくすぐった。
「てめェなんか、只の毛布だ。オレが寒くなったら自動でやって来る、ブランケットだ。便利な肉蒲団だ」
 僕の首筋に唇を当てながら、熱い吐息と共に意地悪そうな笑い声が上がる。
「…酷いこと言われてるのに、それでも嬉しい自分が悔しいですねえ」
「毛布に不平を言う権利はない」
「本当に酷いんだから」

 放熱を続ける僕達を、月光が照らす。
 たったひとり月を見上げていた三蔵をこうして腕でくるんで温められるのなら、毛布でも別に構いはしない。月に見せ付けるようにこの人の躯を熱くして、くるみ込んで眠らせることが出来るのならば、僕はそれで充分だ。

「おい、毛布」
「はい?」
 素直に返事をする僕に、三蔵が鹿爪らしく申しつけた。
「次からもっと真剣に探せ。オレがあんまり寒くなる前に来い」
「…仰せのままに」








 終 







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◆ note ◆
うちの八戒さん、三蔵サマが許さないとダさせて貰えないの(笑)

全然本筋と関係ない話ですが、タイトル探しで辞書見てたら、毛布=blanketの縁語、「blanketing、毛布にくるんでする胴上げ」っていうのがあったんです。…リンチ?
通じるんだけど、胴上げってコトバ使うのかあ……