月光 
 手を伸ばせば届きそうなくらい、月が近く見えた
 決して届かないと判っていたのに、僕は手を伸ばすことをやめられなかった
「三蔵、こんな時間に散歩ですか?」
「奴らの寝言が煩ェんだよ」
 ジープの座席での野宿の夜、三蔵は時折ひとりで抜け出す。
 座ったままで睡眠が浅いという他にも、人との距離が近過ぎるというのは苦手のようだった。

 樹に寄り掛かった三蔵は、月光に照らされながらマルボロを銜えた。
 紫煙と金糸の髪が、月の滴に染められる。
「深夜に単独行動は危険ですよ」
 隣に座り込むと、三蔵は僅かに迷惑そうな表情を見せた。
「八戒。説教しに来たんだったら、戻って寝てろ。オレは静かに過ごしたい」
「こんな所にひとりで置いて行けませんよ。戻る気はないんですか?」
 三蔵は、返事もなく煙草を灰にして行く。
 僕は三蔵の唇からマルボロを奪い取った。
「八戒、てめ…」
「こんな所に、ひとりきりでいないでください」
「…てめェがいる方が危険なんじゃねェか」
 不機嫌そうに文句を言い続ける唇を塞いで、息も付けなくしてしまう。
 ゆっくりと三蔵の躯を倒す途中に、肩を強く押された。
「おい、人に説教喰らわせた挙げ句に、押し倒す気か!?」
 弾む息のまま、紫玉の瞳が強い光を放つ。
 銀に照らされた作り物めいた造作に、その瞳だけが生き物のようにきらめく。
「あなたが銀の人形のようだから、触れて確かめたくて。
 ちゃんと生きているのか、確認しないと怖くて眠れません」
「ナニ言ってやがる…」

 尚も言い募る三蔵の髪に指を差し入れ、髪をかき上げると白い額を全部出してしまう。
 額の中央の深紅のチャクラすらも、月の光の下では妖しい宝石の様に見える。
 硬質な顔立ちの、そこだけがふっくらとした唇に、僕は歯を当てた。
 地面に縫い止めるように押さえつけ、苦しげに眉が寄せられるまで歯を当てた。
 逃れようとする顔を指に絡めた髪で捉えたまま、丁寧に舌でなぞると、吐息の漏れ出す頃には、三蔵の唇は薄紅いに染まり切る。

 薄い顎を抑えたまま唇を離すと、一瞬僕の舌を追いかけて、三蔵の舌がちろ、と見えた。
 血色を透かす唇に、それはとてもなまめかしく見えた。
「…先刻、言いませんでしたっけ?
 僕も眠れないんです」
「今更何を、ってカンジだな」
 地面に髪を広げた三蔵は、月に青白く照らし出されてはいたけれど、僕を見つめていた。
 僕だけを見つめていた。
 肩を押し返そうとしていた指は、今は衣服にしがみつく様に絡んでいる。
 その指を手に取り、そっと接吻けた。
「たったひとりで眠れずにこんな所へいないでください。
 せめて共に過ごさせてください」
「…てめェは何時だっていいようにしてんじゃねェか」

 こうでもしなければ、あなたは僕のものにはならないじゃないですか
 かき抱いて、唇で懇願しなければ、降服してくれや、しないじゃないですか
 願い乞うて、やっと降りて来てくれる、月の光のようなヒトじゃないですか

 くすり、と苦笑が漏れた。
「…おい。オレの上で笑うとは、いい度胸だな」
「あなたの気を逆立てるつもりはないんですよ。
 そう。誰のものにもならないあなたを、せめて今だけは自分のものだと思いたいだけ。
 こうしている時間だけは、僕を見ていて欲しいと望んでしまう…
 それだけなんですから」
 指に舌を這わせながら言うと、三蔵は少し切ない顔をした。

「今…こうしてるじゃないか」
 誰のものにもならないタマシイの持ち主は、少し切ない顔をした。

 躯を重ねる時だけは、この体温だけを感じてくれているのだから。
 この体温に夢中になってくれるのだから。
 熱っぽい吐息を交わしながら、一緒に瞬間を迎えると、三蔵は苦しげに悦びの声を上げた。
 僕はその姿に、またほの冥い悦びを感じる。

「…三蔵?」
 『オマエと違って、終わってすぐに戻れる様な面の皮の厚さはねェんだ』
 そう言いながら、先刻三蔵はマルボロに火を付けていた。
 同じ樹に寄り掛かり、僕は月を見上げていた。
 ゆっくりと星と共に動く月は、大きく近くに見える。
 月に向かって手を伸ばそうとした時に、三蔵の躯が僕に寄り掛かってきた。
「…三蔵?眠ってるんですか?」
 紫玉の瞳が閉じられ、余計に銀細工めいた貌に、僕の傷付けた唇だけが腫れていた。
 月に、手が届きそうな気がする。

 掌をかざすと、指の間から銀の光がこぼれ落ちた
 月光は僕に落ちると、またゆっくりと月と共に動いて行った
 寄り掛かって来る体温を感じながら、
 僕は滑って逃げて行く光に手を伸ばすことを止められなかった














 終 







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西陣織さんの『遙かなる時空の彼方へ』イラストサイト「宝船」様に
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