刻 
「熱ッ!」
「!」
 野営準備の、ほんの合間だった。

 振り向く僕と、マルボロを指に挟む腕を降ろした三蔵。
 右手の甲に、僅かにかすった火。
 暮れかけの森に、煙草の赤い火が軌跡を描く。

「あ。投げ捨ては…」
「バカ!ンなもん…」
 三蔵が僕の手を取り、火がかすめた辺りを舐めた。
 煙草の火を当ててしまって慌てたのだろう。素の表情は、珍しく歳相応だった。

 薄闇に浮かぶ白い貌、ほの紅い唇から覗く濡れた舌。

「…氷…は無ぇから…水だ。おい、水持って来い」
 僕の手の甲に舌を這わせながら、悟浄に声を掛ける。
「悟浄。大丈夫ですよ。かすったの、殆ど灰だったし。反射的に熱いって言ってしまっただけですから」
「…だあってよ。三蔵サマ、どーする?」
「赤くなって来てんじゃねえか。火傷冷やすのはスピード勝負なんだよ!」
「本当に大丈夫ですから」
 手の甲の薄らとした赤みを見て、また舌で舐めては息を吹きかける。
 僕の手の甲に、尖らせた唇を近付けながら。

「火傷って程のものじゃないし、このくらいなら気孔ですぐに治りますから。でも水持って来て貰えるんだったら、どうせなら今の煙草の火にかけて頂きましょうか」
「あ……」
 投げ捨てた煙草を思い出し、三蔵は僕の手を離した。叢の中でまだ赤い火を持っていた煙草を、躙るように踏み消す。
 踏み消し、また三蔵は振り向く。
「…本当に大丈夫なんですったら」
 僕と悟浄の、苦笑じみた表情に気付いた三蔵は、急に普段の横柄な様子に戻る。
「…ぼーっと突っ立ってんじゃねェよ」
 言い捨てて、歩き去る。

「ホントにでーじょーぶなのかよ?」
「ええ」
 悟浄の言葉に、火傷の痕に掌を重ね、僕は気孔を送る真似ごとをした。
「……火傷したら、三ちゃんにナメて貰えるんだー。いいコト覚えちゃったなー」
 悟浄は、にや、と流し目をくれながら笑い、三蔵の後を追う。

 野営地に座る三蔵の側に、薪を抱えた悟空が走り寄った。
「薪、こんだけあったら足りる?」
 手にしたマルボロが、悟空の駆け込んで来た方の反対側に瞬間ぶれ、三蔵は自分の反射に対して舌打ちをしたようだった。
「な。足りっかな?」
 不機嫌そうな三蔵は、返事もせずに薪を置けと顎で地面を示しす。
「…ナニ怒ってんだよ、三蔵」
「あーあー。三蔵サマはね、八戒に火傷させちゃって少々ナーヴァスになってんのよ」
「悟浄っ!!」
「八戒、怪我したのっ!?大丈夫なのかよ」
 大きな目を更に見瞠きながら、悟空が僕の方に駆け寄って来た。
「おやおや。皆さん心配性ですねえ。ほらね、大丈夫なんですよ、悟空」
 悟空によく見えるように手を伸ばし、握ったり閉じたりを繰り返す。
「…なあんだ、よかったーーー。三蔵、大丈夫だって!もう心配しなくていいから、機嫌直せよな!!」
「オレが何時、誰の、心配をした!?」
「してたじゃん…?」
「コぉノ…!」
 三蔵がハリセンを振り回し、悟浄が笑った。

「……で?マジ、でーじょーぶなん?」
 三蔵と悟空が怒鳴り合いをする横で、僕が悟空に見せたのと反対側の手に目を遣りながら、悟浄が言った。
「…勿論」
 少しだけひりひりする手の甲を、ちらりと見れば薄らと赤く。

 治す気なんか、ない
 三蔵に付けられた、痕
 微かな痛みすら、甘く
 傷痕に這った、紅い舌

 悟浄のジッポが、ゆらりと火を灯した。ハイライトの先に移る、赤い火。
「………助平だよなあ」
「さあ、何のことでしょうね」

 薄らとした赤い痕
 微かな痛みすら

 タマシイニ刻印ヲ、捺シテ……








 終 







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◆ note ◆
突発で10行、20行程度で書くつもりが、中途半端な長さに…
短く書く練習もしなくちゃねえ