「…忘れて踏み割るぞ」
「あなたがベッドから降りなければいいんです」
くたり、と枕に伏せた横顔が胡散臭げに瞬き、マルボロを挟んだままの手首からも力が抜ける。
「…知らねェぞ、傷がついてても」
「傷が付くなら、落ちた時にとっく付いてますから」
金糸の張り付く襟足は、なんだかおいしいもののような香りがする。
三蔵の、頸椎や、白い背中に走る脊椎に、歯をあてたり、舌でなぞったりするのは楽しい。
それと同じくらいに、三蔵の喉笛や頸動脈は、僕の食欲をそそる。
かじり付いてしまいたくなる。
青白く透ける血管に沿って、鬱血させてしまいたい衝動を起こさせる。
三蔵は、僕のその衝動を知っているように、躯を捩る。
首筋や、柔らかな手首の内側や、今まで絶対に陽に当たったことの無いような場所に僕がむしゃぶりつく時に限って、彼はとてつもなく悲しげな、悦びの鳴き声を上げる。
先程目にしたばかりのその魅惑的な姿を思い浮かべながら、今は白い背中にそっと唇を滑らせた。
「…煙草、吸いてェ」
押さえ込んだままの手首が、煙草を小さく揺らした。
壁を見つめたまま、呟き続ける。
「オ・レ・は・タ・バ・コ・が・吸・い・た・い」
快楽を掻き立てるような接吻けでなく、そっと触れるだけの唇では、三蔵の飢えは満たせないのかもしれない。余計に飢えさせることも出来ないのかもしれない。
金色の長い睫毛が、ばさりと瞬く。
またすぐに。
「…煙草…」
「少しぐらい、我慢してくださいね」
背筋の、綺麗で生き生きとした陰影に沿って唇を触れさせながら笑い声で言うと、掠れ気味の声が返って来る。
「我慢出来ねェのが喫煙ってモンだ」
掠れながら、少しずつ小さくなって行く声。
増える瞬き。
僕の唇を背に感じながら、三蔵の体温が拡散されて行く。
「…たばこ…」
半ばまで閉じた瞳は、少しうっとりとしているようにも見え、瞬き自体がゆっくりになり…やがて紫玉は鎖ざされたままになる。
規則的な呼吸が聞こえ、すっかり力の抜けた指先からは煙草はとうに落ちている。それを放り棄てると、まだ汗の香る髪に接吻けた。
Hush-a-bye, hush-a-bye, my baby
あやしつけるような、優しいキスを、
背に。
髪に。
頬に。
目蓋に。
額に。
重ねた躯の熱さのまま、愛撫の続きのままでなければ、決してこれ程までに許してくれないあなたに。掌の替わりに、僕のかじり付きたい欲望を今だけはひそめた唇で、優しさを伝えようと。
泣きじゃくらせないで。 乱さないで。 安らかな吐息を吐かせたくて。
Rock-a-bye, rock-a-bye, my baby
「モノクル…本当に踏み割ったら、きっと大騒ぎするんでしょうね。明日の朝」
彼を起こしたくなくて、僕も静かに横たわる。
「…煙草も、普段より多く吸おうとするんでしょうね。我慢させた分」
最後に金糸の髪を指に巻き付け、眠りに就く時だけは素直な口元を眺めた。
Hush-a-bye, baby, my baby
おやすみ きれいな僕の …