落華 
 桜の下で女がひとり、舞を舞っていた。

 たおやかな腕が動くと、身に纏わりついた薄布が、空気を孕んで従った。
 流れる様な所作とは裏腹の、低く抑えた腰と滑らかな膝の動きが、最小限の動きで最大の効果を生み出す。
 見るものを惑わせるような、儚い艶。
 柔らかな薄布が、ほのかに染まった色合いの残像を残した。

「誰に見せる舞だ?」

 三蔵も、桜の下にひとり佇んでいた。

「誰に見せる舞でもなく、汝が為だけの舞でございます」

 女は、色合いを浮かべぬ声で言った。

「あなたが愛でてくださるならば、あなたの為に舞いましょう」

 風に散る桜の中、薄衣がたなびいた。
 三蔵は眉を顰めた。

「舞とは本来、見る者あってのものだろう。見る者へ与える効果を計っての、動きだろう」

 女の舞は、充分に観客を惹き付ける技量を感じさせる。

「計る気持ちが見え透いていては、それでは興も冷めましょうか。あなたを虜にするは、叶わぬことか」

 無表情だった女が、三蔵に向かって視線を流した。

「やれ、口惜しや、口惜しや……」

 三蔵に触れんばかりに近付き、紅に染めた唇を噛んで見せた。
 女の伸ばした繊手と薄布が、三蔵の躯に絡もうとした。
 三蔵は迷わず女に銃を放った。
 薄布が、弾けるように桜の花弁に変化した。
 三蔵の周囲が桜に染まった。
 舞い散る桜に囲まれて、悔しげな女の高笑いだけが続いた。

「やれ、口惜しや、口惜しや……。この春はもう、諦めねばならぬか。口惜しや」

 高笑いがやがて消え、三蔵はひとり取り残された自分に気が付いた。
 足下には、敷き積もった桜の花弁に見え隠れする、されこうべ。
 ごろごろと、真っ白に晒されて転がる。

「この春は、と来やがったか。男が喰いたきゃ、来年また頑張るんだな」

 肩に積もった桜の花弁を、鬱陶しげに払い落として三蔵は言った。
 残り少なくなった花を散らして、桜が風に身震いをした。
 遠くから、名を呼ぶ悟空の声が洩れ聞こえ、三蔵はそちらの方向へ歩き出した。

『冷たいお方』

 拗ねた声が聞こえた気がして、三蔵はぴくりと眉を上げた。
 悪いが、風情の判らん朴念仁なんでな
 声に出しかけ、却って女を喜ばせそうだと、口をつぐんだ。

 振り向きもしない三蔵の背後で、桜がまた、身を震わせた。
 心底悔しげに、身を震わせた。








 fin 




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◆ note ◆
桜の精は、きっと女の人だよなあ、と
三蔵「は」喰われそうにはないなあ、とか
…約一名、喰われそうな方いるかも?