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MONOPOLY
こんなにも、強い感情を
僕は他に知らない
宵闇に白く浮かび上がった背中が、また汗を帯びた。
熱気を帯びた息が漏れ、真珠の歯がそれを塞き止めようとする。
堅く閉ざされていた目蓋が震えた。
「…長ェんだ・よ…ッ。いい加減に…」
僕を睨もうと捻る頸が、その青白い血管が、また欲望をそそるとも知らずに。
顎を捉えて、薄く開いた唇に指を食ませた。苦しげに力を込められるのを無視して要求すると、諦めた貌で舌を這わせる。
教えられた通りのことを、三蔵は丁寧にこなす。
乱れた金糸が額にも首筋にも貼り付いて、そこかしこへ唇を落とすと、三蔵は快さそうに眉根を寄せた。舌遣いが、先刻よりも少し熱心になった。
暫くは、時間のことなど忘れてしまうだろう。
自分が誰だかも、忘れてしまうだろう。
忘レサセルコトガ 僕ニ 本当ニ 出来テイルノカ ドウカ
躯を支える三蔵の膝が、限界を超えてがくがくと震え出した。口を塞がれて苦情も言えぬまま、脱力しかけて腕を折る。
機嫌のいい時なら、甘噛みで訴えることもあるのに。
それでも舌を這わせ続ける三蔵が、僕を責めているようで。
無理矢理躯を引き起こして、僕の上に重心を落とさせる。
躯ごと抱え込んだ腕を彼の中心に滑らせると、背中が撓って汗の香りがした。耳元で囁くと、三蔵は僕の掌の動きに併せて唇も使い始める。
自分が施すのか、施されているのか。そんな判断も投げ捨てさせたくて。狂わせたくて。
すぼめた唇が濡れる。鼻にかかる訴えも、甘く、甘く濡れる。
自分の立てる膝と、僕の脚に絡み付きながら爪を立てた。振り向く目元は紅に染まったまま、先程の力はない。素直に自分の欲求を伝えて来る。
僕は思い出したように優しい気持ちになった。
優しい気持ちのまま、解放へと導く。三蔵は僕に綺麗な顔を見せながら、僕の指を強く噛んだ。揺さぶられながら、また強く強く噛んだ。
無造作にむしり取ったシーツを頭から被って、三蔵は備え付けの冷蔵庫を勢い良く開けた。ミネラルウォーターのボトルに口を付けながら、椅子に座り脚を投げ出す。シーツの隙間から覗く仰け反る首から鳩尾に、水が滴って開けっ放しの冷蔵庫のランプに浮かんだ。
「三蔵。僕にもください」
ジーンズを手に取った僕が浴室へ向かいながら言うと、キャップも閉めないままボトルを投げて寄越す。
緩い放物線が、水を零しながら描かれた。
宙で受け取る僕の手が、濡れる。床に落ちた滴が、僕と三蔵の足下を濡らす。
僕がミネラルウォーターを飲む横を、三蔵が床の水たまりを避けながら通った。そのままベッドに無言で伏す。
「…怒ってます?」
「別に。疲れただけだ」
ボトルを冷蔵庫の上に置き、ドアを閉めながら聞いた。三蔵は枕に顔を埋めたまま、くぐもった声を返す。
「長かったから?」
「……」
「乱れさせちゃったからですか?」
三蔵が枕から眼だけを上げて睨み付けた。
「じゃ、やっぱり怒らせちゃってます?…でも、僕に?それとも自分に?」
「怒ってねェって言ってんだろーが」
「僕には怒ってないって、…乱れちゃった自分のことを怒ることもないでしょうに」
ぐったりと枕に頬を付け、目蓋を閉じてしまった。
「…てめェ、終わったらサッサと寝ろよ」
「…本当にサッサと寝ちゃったら、多分あなただけ延々自己嫌悪で起きてるような気がするんですけどねえ…」
聞こえないフリをする三蔵からシーツをはぎ取ると、抵抗する間も与えずに抱え上げた。
「バス、一緒に使いましょっか?」
「てめ!冗談じゃねェぞ!」
「何にもしませんから」
「前にもそう言って……」
「そう言って?」
以前、コトの残滓を洗い流す僕の掌に、簡単に熱が蘇ってしまったことがあるのを思い出したのだろう。
何時のことだったろうか、双丘から腿を伝う体液をシャワーで流し去りながら、浄める僕の指は三蔵を煽った。薄っぺらい明かりの下、どこにも隠れ場所の無いバスルームでそのまま行為に及んだ後、三蔵は黙り込んでしまっていた。
「僕がいつまでもあなたの匂いさせてるの、嫌がるから、いつも先にバス使ってますけど…。部屋に戻って、僕の匂い残したまんまのあなたを見るのって、どういう気持ちか判ります?あなたが嫌がるから中にもあんまり出さないけど、どんなに澄ました顔してたって、抱かれたばっかりの匂いなんですよね」
三蔵の頬が一瞬で紅く染まり、僕はくすくすと笑いだした。
「多分あなたが自分で思ってるより、うんと扇情的ですよ…」
抱き上げた首筋に唇を押し当てて強く吸うと、三蔵の呼吸が乱れた。
「怒るんだったら、僕に怒ればいい。あなたを乱したくってしょうがないのは僕なんですから」
三蔵が恥ずかしがらずに済むように、本当に手早く、綺麗にしてあげた。大きなタオルに包み込もうとすると、三蔵は必要以上に強く自分の髪をこすった。
「髪も肌も傷めちゃいますよ」
僕はジーンズに脚を通して、肩にタオルを引っ掛けた。そのまま三蔵の手から奪ったタオルで、丁寧に髪を拭く。
「…いやらしい触り方、すんじゃねェぞ…」
「自分が感じやすいって自覚、出ました?」
「貴様…ヒトのこと、いつ迄も自分のペースに乗せて喜んでんじゃねーよ」
「…コトの前後に『貴様』はないでしょう、『貴様』は…」
僕は諦めの成分の混じり込んだため息を吐いた。
まだ乾ききらない髪のままで、僕たちは横になった。
素肌を完全にシーツに包み込んで抱きしめると、三蔵は深い吐息をついた。僕はシーツ越しに三蔵にそっと接吻ける。
「…おい。どうして毎回違うんだ?」
「何がです?」
眠りに落ちるだけの状態で発せられた言葉を聞き返した。
「ヤり方」
「は?」
「あっさり済ませたり、延々続いたりしてんじゃねーか」
「はあ…」
「ペースが掴めん」
そう簡単に掴まれて堪るものかと、苦笑する。
「色んな顔が見たいから…ですかね?あなたのこと、乱れさせたくて、うんとうんと乱れさせたくって。誰も見たことのないくらいに、滅茶苦茶になったあなたを見たくて。同じくらい、うんと優しくしたくなって…って」
「…それじゃエスカレートするばっかじゃねェか…」
冗談じゃねェ、と空に向かって呟く。
「あなたに関しては、余裕ありませんから」
「じゃあ…」
三蔵の言葉に、僅かに間が空いた。
「…女、にも、こうだったのか…?」
一瞬、僕も詰まった。
「…さ…あ…?いえ…花喃とは、こうじゃなかった、と。こんなに…」
僕は自分の続きの言葉を、言えなかった。
辛くなかった、と
花喃と抱き合うことは、幸せだった。それは、お互いを判り切った、自分の分身と抱き合うことだったから。自分自身に情愛を傾けて、自分自身を慈しむような。
ぬるま湯の様な穏やかな情交だった。
ただ、ふたりが共にあることを確認し合う為だけの。余計に自分と彼女を重ね合わせて同化して行く為だけの。危うさから眼を背けて、永久を約束し合うような。
「こんなに…あなたを自分だけのものにしたくて躍起になるような…そんな抱き方じゃなかった。抱く度に変わるあなたに、余計に自分の知らないあなたを感じて焦るような、そんな抱き方じゃなかった」
シーツ越しの三蔵は身じろぎもせず、僕の言葉が届いているのかも判らない。
「腕の中に閉じ込めたくて、それも出来なくて。今抱いてても、いつまでこうしていられるのかも判らないで。束の間の逢瀬に必死にしがみついて、僕の痕を刻み込みたくて、時間が過ぎるのが怖くて、あなたが正気に返る瞬間を少しでも先延ばししたくて…」
「気違いじみてるな」
「あなたに狂ってますから」
「醜い執着だな」
「際限ありませんね」
「…オレは約束はしない」
「ええ。あなたは言葉で誤魔化したりしない」
「オレは『今』しかやれない。オレに痕跡を残したければ、今のオレを喰らい尽くせ。刻み込め。どんな時の経過にも消えないくらいに深く」
「多分、今までで一番誠実な言葉ですね…」
長い時間のことを考える。
あなたに逢う前と。
あなたと共に過ごした時と。
これからの時間と。
それからの時間を。
時が無意味な程の、深い深い烙印が、独占欲の強さで僕の心臓に捺された。
「…コレ、は、いつも変わんねェんだな」
「どれ、ですか?」
三蔵はシーツから伸ばした腕を、僕の首に絡めた。僕も三蔵に回した腕を強くする。
「乱して狂わせたくて。でも安らかに眠っても欲しくて」
「欲張りなヤツ…」
三蔵の体温が、睡眠に近付いた。
「コレが無ェと、ぐっすり寝れなくなっちまってんだよ。無責任なヤツ…」
どれだけ深くに自分を刻み込めたか、判らぬままに僕は微笑った。
烙印が重ねられるごとに深くなる業を、果たしてこの腕の中の人が知っているのかと思い、微笑いながら眠りについた。
◆
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終
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◆ note ◆
カウンター9999を踏んでくださったチュウマさんへv
もうちょっとキレイ目に書く予定だったのが…なんだかあれ?あれ?なカンジ
期待はずれだったら、すいませんです〜〜〜
あまあまはどうしたんだ、よしきー
書き方忘れたのかーーー
なんかめっさ、アオいしなあ(涙)
ええと、同時期に青春時代を過ごしたチュウマさんへ
ツボからあんまり離れていないことを祈りつつ、乱れちゃった三蔵様を捧げます
9999ヒット、ありがとう